春風2






初めて貴女を見たとき、
なんて冷たい眼をした人だろうと僕は思いました。


寂しいような悲しいような、
氷のようなその瞳は、
外の世界を隔て、一線を引き、誰も寄せ付けようとはしていない。


貴女のことを何も知らなかったあの時の僕は、
本当にこの人があの優しかったポカパマズさんの娘かと、そう思いました。



 ユイはその日、すこぶる期限が悪かった。
 せっかく順調に進んでいた剣の修行を邪魔されたせいだ。
 とはいえ、呼び出された以上それを断るわけにもいかず、ユイは渋々ながらそれを承諾し、剣の修行を切り上げた。
 そして不機嫌さなど一切表に出すこともなくユイは祖父である大神官のもとへと向かっていた。

 ユイはアリアハンの勇者オルテガとダーマの賢者アリアとの間に産まれた娘で、 亡き父の後を継ぎ勇者として旅立つために半年ほど前、15歳の誕生日を迎えたその日から、母の故郷であるこのダーマ神殿で剣と魔法の修行を続けている。
 そんな彼女の性格を神官たちに問えば、彼等は皆口をそろえてこう返すだろう。「修行にも勉強にも熱心で、正義感も強く人当たりも良い。流石はオルテガ様とアリア様の娘だ。」と。
 しかし、それが必ずしも正しいというわけではないことを、この後、ある少年は知ることとなる。


 大神官の私室の前に辿り着くと、ユイはその扉をやや荒っぽく叩いた。
「お爺さま、ユイです。」
 私室へと招かれた段階で、ユイは祖父が大神官として彼女を呼んだわけではないということを察していた。 それゆえに、ユイは失礼でない程度に若干砕けた態度で祖父へと語りかけた。
「入りなさい。」
 程なくして返った返答はやはり穏やかなもので、ユイの態度が失礼に当たらないことを示していた。
 その返答を聞き、ユイは無遠慮に扉を開けた。
 そして、祖父の隣に立つ、自身と殆ど歳の変わらない少年を見て、ユイは軽く眼を見開いた。
(珍しい。)
 祖父が身内以外の人間を私室へと通すのは大変珍しいことなので、ユイはただ単純にそう思った。
 そしてユイはその少年をまじまじと見た。赤茶色の癖のない髪と穏やかな微笑みが特徴的な少年で、 ダーマ神殿のものとは違う神官服を纏っている。
(旅の僧侶かしら。)
 ユイが少年を見、そう考えていたその時、祖父が口を開いた。
「ユイよ。此方はエル殿といってな、ムオルの村から来られたそうじゃ。」
「ムオル…」
 ユイは口の中でその言葉を反芻した。
 ムオル。此処ダーマ神殿から北東に位置するさいはてと呼ばれる大陸最東端に位置する村の名だ。
 村からは最も近い宿場町にも2〜3週間ほどかかり、おまけに村周辺には強い魔物も多数出現するために村人達は村の中だけで生計を立て 村の外に出ることは滅多にない。とユイは神官たちから聞いたことがある。
(珍しい。)
 ユイは再びそう思った。
「エル殿はムオルの村のの神父殿の使いでこのダーマを訪れたそうなのだがな、そこでお前の噂を聞いて、どうしても伝えたいことがあるのだという。それでお前を呼んだのじゃ。」
 その祖父の言葉に続き、エルは深々と頭を下げた。
「初めまして。」
 礼を終え、人当たりの良い万人受けする笑みを浮かべてエルは言った。

「貴女が、オルテガさんの娘さんなのですね。」

 『オルテガの娘』ユイが最も嫌いなその言葉は、おはようや今日はといった挨拶言葉やありがとう、ごめんなさい。の次位に彼女がよく聞く言葉でもある。
 それゆえにユイは、その言葉に対して作り笑顔で当たり障りなく対応できる程度には免疫をつくっていたはずだった。 しかし、いつもは軽くあしらえるはずのその言葉が今日はやけに癇に障った。
「そうだけど、それが何か?」
 ユイは不機嫌さの滲み出る無表情でそう返した。


なぜ、言われなれたはずの『オルテガの娘』という言葉が、いつものように微笑みも作れなくなるほどに癇に障ったのか、
あの時は、
同年代の貴方にまでオルテガの娘としてしか見られていない。
そう思ったせいだと思った。


でも、もしかしたら、
あたしは単に「オルテガさん」と親しそうに父の名を呼ぶ貴方のことが、
羨ましかった。それだけなのかもしれない。  



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  第二話更新。お待たせしました。
  ちょっと短めですがキリがいいので一旦此処で切ります。








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