真っ直ぐに構えた杖の先に魔力を注ぎながらレイは詠唱を続ける。 「――ヒャド!」 解き放たれた魔力は、しかし求めた効果を発揮する前に霧散して消えていった。 「……はぁ」 落胆の息を吐き、レイは視線に気付いて顔を上げた。 「シキ。」 「なにしてるんだよ。」 レイは杖を軽く持ち上げシキへと向ける。 「見れば分かるでしょ。魔法の練習よ。」 「…の割には成果がないようだが……」 的のつもりで立てられた木の枝には焦げ目や傷の一つもついてはいない。 「どうせわたしは炎系呪文しか使えませんよ。火の呪文だって最近使えるようになったばっかりだし。」 レイはムッとして言い捨てる。 「…氷系呪文か?」 「ええ。呪文構成は解っているんだけど、なかなか上手くいかなくて…」 魔法使いの使用する攻撃呪文は、一番大まかな分け方で分類すると、炎系呪文と氷系呪文の二つに分類することが出来る。 文字通り炎を主とした呪文か氷を主とした呪文かという分類であるが、炎系呪文の基礎となるメラ等の属する火炎呪文、 その火炎呪文よりも広い範囲に影響を与えることの出来る閃光呪文―ギラ等がここに属する―、 爆発を引き起こし周囲広範囲に亘って熱と爆風を巻き起こす爆破呪文と呼ばれるイオ等、炎系呪文の方が圧倒的に数が多い。 対して氷系呪文は、冷気呪文と呼ばれるヒャド等のものしか無いものの、炎系の呪文よりも応用が利きやすい。 数が多くバリエーションも多い炎系呪文か、応用の利かせやすい氷系呪文か、どちらを使うかはその魔法使いの相性や好みによって違ってくる。 「イシスの主流は炎系呪文だろ。」 イシスの魔法使いは王族を含め殆どのものが炎系呪文を得意とする。 その為イシス出身の魔法使いの多くは氷系呪文の習得よりも炎系呪文の技を磨くことを優先するのだ。 「そうだけど…この先少しでも多くの呪文が使えるに越した事はないじゃない。」 「…ふうん。」 シキはなんでもなかったかのように歩き始め、レイとすれ違い数歩進んだところで立ち止まった。 「…目を閉じて、頭の中で呪文が完成した時の具体的な形をイメージするんだ。」 「えっ?」 驚き振り返るレイを一瞥しシキは言葉を続ける。 「ゆっくりでいい。そのイメージに合わせるように構成を練ってそれが完成したと思ったタイミングでそれを解き放て。 失敗した時のことは考えるな。成功させることだけを考えて、呪文を唱えることだけに全神経を集中させる。あとはお前の実力次第だ。」 「ちょっと待って!!」 早口に言い終え立ち去ろうとするシキをレイは思わず呼び止めた。 「なんだ?」 「どうして…」 どうしてそんなことを知っているの?レイはそう聞こうとして途中で言葉を止めた。 聞くのは多分ルール違反だ。 自分は身分を隠してこの旅に同行を求めたのだから自分が知りたいからといってそれを聞き出すようなことをしてはいけない。 「え、詠唱は…いらないの…?」 そう思い咄嗟にシキに投げかけたのは全く違う質問だった。 不自然に上ずった声で訊ねた質問に、シキは真面目に答えた。 「呪文の構成を組み立てるときにあった方が立てやすいと思うなら使えばいい。」 今度こそこの場を去ろうとするシキをレイは再び呼び止めた。 「見てて。」 レイは強い眼差しをシキに向けた。シキは少しの間その瞳を見つめていたがやがて小さく頷くとレイの傍に立ち止まった。 レイはそれを認めると的に見立てた木の棒に向き直り両腕を翳した。そしてゆっくりと瞳を閉じて呪文の構成を練ることだけに深く集中する。 長いような短いような不思議な時間感覚がレイを支配する。 (いまっ!) 構成が完成しそう直感で感じたその瞬間にレイは勢い良く完成した構成を解き放った。 「ヒャド!」 失敗するのではないかという不安は何故か今度は感じなかった。 「でき…た…」 氷柱となった的を見てレイは呆然として声を漏らした。 そのまま暫く呆然としていたレイはハッと我に返るとシキに礼を言おうと振り返った。 そうして声を上げようとして、レイは目を見開いた。 いつものような無表情、しかしどこかもの悲しげな様子でシキは氷柱を見つめていた。 その瞳に映るのは今此処ではないべつの場所・・・ (ねぇ、何処を見ているの?) そう尋ねるのも多分、ルール違反。 暗黙の了解に抗わず、レイは口を噤んで嘆息した。 「…ありがと。」 尋ねるかわりに礼を述べ、彼を現実へと引き戻す。 「あぁ、頑張れよ。」 そう言って今度こそ立ち去るシキの背中をレイはぼんやりと見詰めていた。 その瞳に映るものが何か、知りたいと願いつつ、今の関係を崩すのが怖くて尋ねられない。 臆病な自分に辟易し、レイは拳を強く握った。 1st top 多分バハラタ編辺りで没ったものを発掘、掲載。 たしかポルトガ王との謁見後〜翌日出立までの間の出来事として書いたのだと思うのですが 没にした部分なのでぶつ切りです。 レイの魔法の覚え方がゲームの仕様とは異なっているのでその辺りの辻褄合わせがメインの話。 炎系・氷系の魔法使いに分類される云々は4のマーニャとブライを参考にしてます。 ただ、分けるだけだと氷系の方が数的に圧倒的に不利なので応用が利き易いという設定をプラスしました。 |