朝、とある町の宿の一室にて、二人の少年がそれぞれの荷物の整理を進めていた。
 二人は互いに声を掛けることもなく黙々と作業を続けていたが、やがてそのうちの一人、黒髪の少年―ユウが痺れを切らしたかのように口を開いた。
「…ねえ、シキ」
 名を呼ばれ、銀髪の少年―シキはユウを一瞥したが、またすぐに視線を手元へと戻した。
「なんだ?」
 それでもしっかりと返事を返したシキを見据えてユウはおもむろに告げる。
「えっと、前から気になってたんだけど、」
 そこでいったん言葉を切ると、ユウは、今度は視線をシキの手元、彼の鞄へと向けた。
「その鞄、どうやったらそんなに入るの?」
 シキの鞄、というのは、ベルトに取り付けるタイプの小さなポーチである。薬草や調理用のナイフ等を入れる程度であれば十分に事足りる大きさではあるが、シキの持つ道具の山は明らかに鞄の収納量を超えている。
 それなのに、その道具の山は、いつも綺麗に小さな鞄の中に収まっていくのだ。それを成し遂げるシキの手腕はもはや見事としか言い様がない。
「…俺としては、お前のその袋の方が不思議だと思うが。」
 シキはユウの問いかけには答えることなく――というより、シキ自身はあまり意識せずそれを行っているので単に答える術を持っていないだけであったりする――そう切り返した。
「これ?」
 ユウは手に持った袋を軽く持ち上げて見せた。一見何の変哲もないただの道具袋だが、その実態はかなり異質である。
「これは、母さんがくれたものだから。」
 そう言いながらユウは、着替えや旅の途中で手に入れた武器や防具や装飾品を、持ち歩くのに程よい程度の大きさのその袋の中に、次々と入れていく。
 どんな大きな荷物でも、その袋は簡単に受け入れ、また、次の荷物も容易に飲み込んでいく。
「なんか、賢者一族直伝の魔道具らしいよ。」
 ユウの母、アリアは三大賢者一族の一つ、ダーマの一族の出身であるから、そういった技を熟知していても当然である。
「確か、袋の中が異空間になってるらしくて、どんなにたくさんの荷物でも入れられるって言ってた。」
 その原理がわかったところで、袋の口よりも大きな荷物をどうやって中に入れているのかということや、的確に欲しいものを取り出せる仕組みについてなど、気になることは多々あったのだが、使っている本人が気にしていない且つ、原理を知らなさそうな事を聞いても仕方がない。
 シキは「ふうん」と興味が失せたかのように相槌を打つと、視線を戻し作業を再開した。
「あ、シキ。着替えとか食料とか入れとくよ。」
「ああ。頼む。」
 たわいもない会話と荷物の整理が終わると、二人は揃って部屋を出た。
 今日も新しい一日が始まる。




 ■




 皆で朝食を済ませた後、町の外れで剣の修行を行っていたユウが町の中心部まで戻ってきたのは昼前のことであった。
 ユウは、部屋を借りている宿屋には直行せず、一度武器防具、道具屋の連なる連合商店に立ち寄り、そこで見慣れた赤いポニーテールを見つけた。
「レイ!」
 名を呼ばれ、彼女は道具屋の店主へと向けていた顔を、きょとんとした表情を浮かべてユウの方へと向けて、そうしてユウの姿を認めると、彼女は内に時折赤くも見える黒瞳を持った水のように青い目を綻ばせた。
「ユウ、どうしたの珍しいじゃない。」
 皆で使う道具の補充は、旅中の他の行動と同じように当番制になっていて、レイは今日の当番としてここにいる。
 当番以外の日にも頻繁に店を訪れるのは、共同で使用している食料や薬草以外にも様々な道具を持ち歩くシキと、店に行くことが好きなのか大抵その日の当番に着いて行き、その店の品々を見渡しているレイの二人で、ユウやティルは目的がない限り店を訪れることはない。
「うん、ちょっとね。レイはもう買い物は終わったの?」
 ユウが尋ねるとレイは若干表情を崩し、首を振った。
「交渉中よ!」
「へっ…!?」
 レイは、目を丸くするユウから視線をカウンターの向こうの店主へと戻すと、店主との対話を再開した。
「ねえ、もう少しなんとかならないかしら。私たちも旅の身だから、いくらなんでも薬草一つにこの値段を掛けるのは……」
「う〜ん、こっちの商売だからな。これ以上は……」
 ユウはレイと道具屋の主とのやり取りを暫くの間唖然として見送っていたが、やがてはっと我に返ると、取り敢えず自分の目的を果たそうと、二人のやり取りを気に留めつつも、武器屋の店主に声をかけた。
「あの、手入れ用の砥石が欲しいんですけど。」
「はいよ!ちょっとまってな。」
 それからほどなく、ユウは代金を支払い目的のものを手にすると、再びレイたちの方を見遣った。
 未だに値切り合戦は続いているのが見て取れ、ユウは軽く溜息を吐いた。と、
「あの姉ちゃんは兄ちゃんの知り合いか?」
 武器屋の主にそう尋ねられ、ユウは苦笑を浮かべて頷いた。
「あの娘は何者だ?随分長い事ああしてるが、どうもこっちにも利益が残るギリギリの値段で交渉を続けてるようだぜ。」
「はあ…」
 感心する武器屋の主、その隣を見れば防具屋の主もそれに同感と大きく頷いている。
 そんな彼らの様子に反して、ますます居心地の悪くなって行くユウは、とにかくレイと道具屋との値切り合戦が早く終わることばかりを祈るのであった。




 ■




 朱金に輝く夕陽を前に置き、ユウはとっさに上段で防御の構えをとった。
 逆光によって暗くなった影から繰り出された蹴り技は、重力を伴って予想以上に重い。
「くっ…!」
 腕に走る痺れに顔を顰めてバックステップで距離を開けると、その間に相手は軽やかに着地を決め、一瞬、体中の関節を屈折させて縮こまったかと思うと、そこからバネのように体を伸展させて地を蹴った。
 瞬く間に距離が縮められ、ユウは寸手のところでそれを躱して体制を立て直す。
 頬を伝う汗を拭い、荒れた息を整えながら相手を見やる。ユウの体制が整うのを待っているのであろう、まっすぐとした立ち姿は涼しいもので、汗一つ滲むことはない。
(やっぱり、強い)
 ユウはアリアハンで剣術においては同年代の者で右に出る者はいない程の実力を持っていたが、それは所詮人間同士の訓練での話である。実戦さながらの修行をしてきたつもりでも、実際に実戦で実力を積んできた者にはかなわない。実戦での経験不足から、型にはまらない相手の動きに合わせて行動することが出来ないのだ。
 おまけに相手はスピード重視の武闘家ときている。とにかく手数が多い。
 今までスピード重視の人間と戦ったことのないユウは、素早い動きについて行くことができず、必然的に防戦一方となってしまっている。
 この打ち合いが始まってから今まで、ユウが攻めに転じられたことは一度もない。流石にこのままで終わるのは拙い。
 思考を繰り広げつつ、木刀を構えなおすと、間髪いれずに相手が飛び込んでくる。
「――っ!」
 繰り出される拳を寸のところで躱し、反射的に飛び退こうとする足を理性で抑え込み、しっかりと地を踏みしめると振り向きざまに木刀を振るった。
ガッ――
 ユウの手を離れた木刀がヒュンヒュンと音を立てて宙を舞う。
 金の髪を日の光によって朱に染めた彼女は、高く振り上げた足を下ろし、溜めていた息を大きく吐き出し微笑んだ。ユウもそれにつられて苦笑を浮かべる。
「ははっ…流石だね、ティル。」
「ありがと。」
 にっこりと笑うティルの様子をまじまじと見るが、やはり彼女はほとんど息を荒らした様子もなく平然としている。
 遥か後方に落ちた木刀を拾い上げながら、ユウは深々と息を吐いた。
「はぁ…まだまだだな。」
 勝敗にこだわるつもりはないが、こうもあっさり負けてしまうとやはり悔しいものである。
「ユウ、どうかした?」
「ううん、なんでもない。」
 どうやら先ほどの呟きは聞こえていなかったらしい。若干首を傾け歩み寄るティルを振り返り、ユウは微笑を浮かべた。
「そろそろ戻ろうか。日も暮れるし。」
 久々の穏やかな休息の一日は、少しずつ終わりに近付いている。



 明日からはまた、旅が始まる。  




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