第1話−旅立つ理由






 アリアハン―この国はかつて世界中の国々を従え、多くの勇者を誕生させたといわれている。
 300年前に古の勇者が封印したといわれている魔王が復活した後、 1人の勇者がこのアリアハンから旅立ったが、その男は魔王のもとにたどり着く事なく、 ネクロゴンドにある火山で魔王の配下の魔族のものと戦い共に生き絶えたといわれている。
 その後、アリアハンは自国と他国とを結ぶ旅の扉を封印し、鎖国状態となった。





  1.旅立ち



 アリアハン城下町の一角、宿屋の裏手で剣を交える二つの影がある。
 一つは15、6歳位の黒髪の少年のもので髪と同じ漆黒の瞳で真っ直ぐに相手を見据えている。 もう一つの影の持ち主は少年よりも幾分か年上の金髪碧眼の青年でアリアハン王国直属の兵団の鎧を纏っている。
 二人は長い間打ち合いを続けているのか息遣いは荒く、春の穏やかな陽気であるにもかかわらずびっしょりと汗を掻いている。
 二人は一度距離をとり、静止し、暫く互いに視線を交し合った後、
「はっ」
 黒髪の少年が先に動いた。
 金髪の青年が少年が振り下ろした剣を受け止めるとその動きを読んでいた少年はすぐさま剣を一旦引き戻し二撃目に転じた。
キィイィン
 あたりに金属音が響き渡り、青年の手にしていた剣が宙を舞った。
「うわっ!」
 剣を弾かれた反動でバランスを崩した青年が尻餅をつくと少年は「あっ!」と声を上げた。
「ご、ごめん。大丈夫、ラスティ?」
 戦闘中の強い眼差しとは裏腹に慌てた様子で助け起こそうと手を伸ばす少年に青年―ラスティは微笑みを見せた。
「ああ。…相変わらず強いなぁ…親父が一本とられるわけだぜ…」
 ラスティの家は代々アリアハン王に使える兵士の家系でその中から多くの兵士長を輩出している。 ラスティの父ムトもその一人で現在の兵士長が彼である。そして、ラスティやユウ、城に勤める多くの兵士達にとっては剣の師にあたる人物でもある。
 ユウは先日初めて真剣勝負でムトに勝利を収めたのだ。因みにユウよりも四歳年上のラスティも城に勤める殆どの兵士達も未だ彼に勝利したことはない。
「そっ、そんなことないよ…あれは、たまたま運が良かっただけで…」
 慌てふためく少年の様子が可笑しくてラスティはもう少しからかいたい衝動を抑えながら真剣に言葉を紡いだ。
「なに言ってるんだよ。親父も言ってただろ。ユウ、お前はオルテガの剣術の才を受け継いでいる。って。」
「…似てないよラスティ。」
「うるせぇ。」
 少年の名はユウ=ディクト。一見何の変哲もないこの少年がアリアハンの、いや世界の新たな希望となるべく人物なのである。

 ユウの父、オルテガ=ディクトは過去に世界中で様々な功績を上げ『アリアハンの勇者』と称えられた人物である。
 その後、苦楽を共にした旅の仲間の一人で、三大賢者一族と呼ばれる賢者一族の中で唯一その所在が知れているダーマ一族の賢者であるアリア=ファクト=ダーマと結ばれ、 彼女との間に二人の子を授かり幸せな時を送っていたが、六年前、魔王が復活した際、その討伐のために再びアリアハンを旅立ち魔王の配下の魔族との戦いの末亡き者となったと云われている。
 ユウはその勇者オルテガの血を引く二人目の子供。いずれは父のような立派な戦士にと人々の期待を一身に受け育ってきた。
 そして、その期待に答える時は目前に差し迫ってきていた。

「いよいよだな。」
「うん。」
 地べたに腰掛け真剣な眼差しで語りかけたラスティにユウはゆっくりと頷いた。
「明日の朝、王様に旅立ちの許しを貰ってルイーダーの酒場で仲間になってくれる人を探して、旅に出る。」
「お前は、それでいいのか?」
 ラスティはユウが旅立つと知ってから、もう何度もこの質問を繰り返している。
 兄貴分として幼い頃からユウを見てきたラスティはユウの性格についてよく理解している。 彼はとても素直で優しいのだ。幼い頃、大人たちに内緒で町の外に出て数匹の魔物に遭遇した時、ラスティに倒された魔物を見て可哀想だと言っていた事をラスティは今でも鮮明に覚えている。 今では流石にそんなことを言わなくなったが、それでもユウが襲ってくる魔物を最小限の攻撃で気絶させたり逃がしたりしていることをラスティは知っている。 そして、それが叶わず相手の命を奪ってしまったときに、この少年がひそかに心痛めていることも。
 優しすぎるこの少年が魔王討伐のため、魔族と闘う旅に出ることが、ラスティは心配なのだ。
 そしてもう一つ。彼がユウの旅立ちをあまりよく思っていない理由がある。
 ユウには一人、姉がいるのだ。初め、オルテガの後継として期待を受けていたのは二つ歳の離れた姉の側であった。
 彼女はユウと同じく父から剣の才能を受け継いだだけでなく、母からも魔法の才能を受け継いでいた。 それにどちらかというと人見知りがちで引っ込み思案なユウとは裏腹に初対面の人間にも分け隔てなく接し堂々と人前に立つとても頼りがいのある人物であった。
 もちろん、それだけが彼女の全てでないことを傍にいたユウやラスティは知っているけれど。
 彼女は町の人間に対していや、母のアリアや弟のユウに対しても心の奥底に秘めた本音を打ち明かすことはなかった。
 ユウが正直者で嘘のつけない性格であるのに対し、彼女は笑顔の裏に本心を隠す。そんな正確をしていたのだ。
 結局、彼女は三年前、ダーマに修行に出たきり失踪した。
 母に宛て、『旅に出ます。ごめんなさい。』と短い手紙を送ったきり連絡も取れず、今何処にいるのか消息は全く分かっていない。
 人々は失望した。そして次なる矛先をユウへと向けたのだ。
 ラスティはユウに彼女のような重荷を背負わせたくないのだ。それでユウの旅立ちには反対していたのだが、この少年は自分の意思で旅立つことを決めてしまった。
 ラスティは以前、ユウに旅立つ理由を聞いてみたことがある。その時、ユウは真剣な目を向けてこう言った。

『見てみたいんだ。
 古の勇者の時代よりも遥か昔にあったという、種族と種族の間に争いのない世界を…』

 この時に見た、あまり気の強いとはいえない幼馴染の普段滅多に見せない強い眼差しにラスティは彼が旅立つことに対して何も言うことが出来なくなった。
 それを知ってか知らずかユウはその時と同じ堂々とした物言いで告げた。 「うん。今日で、此処に来るのは最後だ。」
 町とその外側とを隔てる城壁に面した宿屋の裏手の空き地。二人はいつも此処で剣の修行をしてきた。 大通りとは離れたこの場所は人目に付きにくいので誰にも邪魔をされることがない。それにラスティが警備している南門は此処から直ぐの場所なので仕事の合間や後に来るにはちょうどいい場所なのだ。
 二人が此処にいることは二人の家族や親しい人間以外は殆ど誰も知らない。二人にとって此処は秘密基地のような場所であった。
「そっか。」
 ラスティは一瞬寂しそうな苦笑を浮かべた。が、次の瞬間その表情を微笑に変える。
「じゃあさ、これ、持っていけよ。」
 そう言って差し出したのは彼が腰に下げていた剣だ。
「これは、ラスティが入団した時に――」
「そう。鋼の剣だ。お前の使ってる銅の剣より切れ味は数段いい。」
「でも…」
 躊躇うユウの前にラスティは剣を突きつけ笑みを浮かべる。
「旅立つ弟分に選別くらいはさせろよな。」
「う、うん。」
 ユウは躊躇いがちに剣を受けとり一呼吸置いてラスティを見た。
「ありがとう。」
「おう!アリアハンの事は俺達に任せてろ!お前は自分のやりたい事をやってくればいい。必ず戻って来いよ。」
「うん。」
 ラスティの言葉にユウは微笑を浮かべて頷いた。
「さあて、帰るか。」
 あくまでも何時も通りラスティは告げた。
「うん。」
 ユウも何時も通りに返し立ち上がり、そうして二人は普段となんら変わらぬ帰路についた。  




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