第2話−一月前






 話は一ヶ月前に遡る。
「聞いたか!オルテガの息子が旅に出ることが正式に決定したらしいぞ!」
 勢いよく開け放たれた扉と共に発せられた情報にその場にいた全員が各々の作業を一時中断しそちらを向いた。 次いで皆はほぼ一斉に情報をもたらした背の高い男を笑い飛ばした。
「またガセネタでも運んできたのかエイグ!」
 酒瓶を手に顔を真っ赤にした男の一人が言う。
「ガセじゃねえよ!てか俺がいつガセネタ運んで来たってんだ!!」
「面白いことを言うな。お前の運んでくるネタの半分はガセじゃねえか。」
「それは違うぞお前等!」
 また別の男が野次を飛ばすのを聞き、他の男がエイグと呼ばれる男のフォローに回った。
「こいつの運んでくる情報に嘘はねえ。背びれや尾ひれは付きまわってるけどなぁ!」
 またどっと皆一斉に笑い声が上がった。
「くそっ!笑いたきゃ笑え。俺は情報収集より洞窟探索の方が得意なんだ!だが今回は正真正銘本物だぞ。お前なら知ってるよなジェイド!」
「知らねぇな。俺はつい昨日までレーベに居たんだ。」
 リーダー格の男に尋ねればそっけない一言が返される。それで三度笑い飛ばされた男の背後から声が響いた。
「…入口で止まるな、邪魔だ。」
 振り返れば銀髪の少年がその金の瞳で無表情に此方を見上げている。その少年を見てエイグはパッと目を輝かせた。
「おぉ!シキ。お前なら知ってるよな。オルテガの息子が旅立つって!!」
「ああ。」
 シキと呼ばれた少年はなんともなしに頷いた。
 その瞬間、たった今まで野次を入れ笑い飛ばしていた者達がしんと一斉に押し黙った。
「…マジかよ。」
「シキが言うなら間違いないな。」
「…お前ら」
 エイグが恨めしげに睨み付けるがそんなことは誰も気にしない。
「それで、オルテガの息子が旅立つって、話はそれだけなのか?」
「ああ、それでだな。」
 酒瓶を片手にした誰かがそう尋ねるとエイグは先ほどの表情はどこへやらぱっと得意気な表情を浮かべて答えた。
「そいつが、此処に来るんだと。仲間を探しに。」
 その言葉にまたしてもその場が静まり返った。酒を煽っていた男達も一気に酔いを醒ましてエイグに注目する。
「マジ?」
「大マジ。」
 男達の一人が盛大な溜息を溢す。
「俺は嫌だぜ。命は惜しい。」
「俺もだ。」
「俺もお断りだね。毎日酒が飲めなくなるのはごめんだ。」
 次々に上がる拒絶の声にエイグは額を押さえ嘆息した。
「お前等…仮にもここは冒険者ギルドだろう……」
「まあ、しゃあねえわな。お前みたいな他の町のギルドにも身を置いてる奴は別として 六年前の鎖国以来ここにいる連中はまともな冒険なんざしてねえからな。」
「そういうお前はどうなんだよ、ジェイド…?」
 じと眼で見やるエイグに鼻で笑い飛ばしてジェイドは答えた。
「俺は別に構わんよ、勇者殿がお望みならな。だが――」

「駄目。」
 ジェイドの言葉を遮って一人の少女が声を上げた。
 決して大きくはない、しかしよく通ったその声に一同は少女へと目を向けた。背中にかかる程度の髪を二つに結んだ金髪金目の少女だ。
「ティル……」
 男たちの一人が少女を呼ぶが少女はそれに見向きもくれず扉の前に立つシキへと鋭い眼光を向けた。
 つかつかとシキのもとへと歩を進め、少女――ティルは自身と同じ色をした瞳をグッと睨みあげた。
「…聞きたいことがある。」
「……」
 シキの返答を待たずティルは彼と擦違い扉の外へと向かっていった。それに遅れること数拍。シキは軽く息を吐くとティルに続いてその場を後にした。 後には云い様のない気まずい沈黙だけが残った。
「…だが、どうせ行くのはあいつらだろうがな。」
 皆が声を上げるタイミングを見計らい押し黙る中、ジェイドが再び口を開いた。その眼は真直ぐに先ほど去った少年少女へと向けられていた。

「さっきの話…」
 ギルドを去り、通りを暫く歩いた後、ティルはおもむろに口を開いた。だが、相変わらず歩調は緩めずシキの方を見ようとはしない。
「いつから知っていた…?」
「正式に旅立ちを許されたのは今日の話だ。」
 ティルからの質問を予測していたのであろう。シキは間をおかず返した。
「その前は?」
 此方もそれを予測していたのかティルは即座に切り返した。
「……目下で旅立ちは間近だろうという噂がされていたのは、随分前から知っていた。」
「――っ どうしてっ!」
 とうとうティルは振り向いてシキの方を見た。
「……」
 睨むようにして見つめるティルの表情にシキはどこか諦めたような嘆息を零した。
「…あくまでも噂でしかなかったからな。さっきも言ったが正式にそれが決定したのは今日の話だ。」
 正式な発表があってから話すつもりであったと告げるシキにティルは声を低くして訊ねた。
「話さないつもりだったってことはないよね?」
「……ああ。」
 そのつもりが全くなかったわけではないが、シキはとりあえずは頷いた。だが嘘は言っていない。 今日話すつもりであったのは本当だし、そうでなくとも、そもそもこのような大事を一月も隠し通せるわけがないので 余所からその話を聞き反感を買われるくらいなら早いうちに自分から話すつもりでいたのだから。初日にして余所から話を聞きつけ反感を買われるとは思ってもいなかったが・・・
「なら、いい。…疑ってごめん。」
 ティルはシキから視線を外した。そしてギルドに戻ろうと足を動かそうとしたその時、二人は視線を感じ、素早くその方向を見やった。
「―――あ、」
 視線の先にいた人物は、二人の顔を見、驚きに身を固めていた。その人物を認め、ティルは目を見開き、シキは小さく舌打ちした。
「あなた達は……」
 長い黒髪を一つにし三つ編みにして束ねた黒目の女性。勇者オルテガの妻として知られるその人がそこにいた。

「いつから、アリアハンに?」
 場所を宿屋の食堂に移し、女性―アリアとティルとシキは向かい合って座っていた。
「…二年ほど、前からです。」
 アリアの問いかけにティルは若干遠慮がちに答えた。
「そう……」
 それを聞いたアリアはやや顔を俯かせ苦笑を浮かべた。
「体力はともかく、感覚はまだまだ鈍らせていないつもりでいたのだけれど…、私も随分と鈍ったわね。同じ町にいて、そんなに長い間気付かなかったなんて…… それとも、あなた達が隠れるのが上手かったのかしら。」
「すいません…」
 項垂れて謝るティルにアリアは優しい笑みを見せた。
「気にしないでいいのよ。別に怒っているわけではないもの。ただ、あなた達を見た時は本当に驚いたけど。」
「……」
「会えて嬉しいわ。本当に。」
 まるで我が子に向けるかのような優しい微笑みに、二人は縫いつけられるかのようにアリアを見た。
 それから暫く、突如アリアの表情が今までとは違う真剣なものへと変わった。
「ところで、」
 質問の内容を察し、二人の目つきが変わった。
「あなた達がアリアハンに来たのは――」
 それ以上言葉を続ける必要はなかった。真っ直ぐにアリアの瞳を見据えて頷く二人に、アリアは何とも云い難い微笑を浮かべて見せた。
「そう…」
 アリアは、一度目を伏せ大きく息を吐き出すと、二人を見据え、また優しい笑みを見せた。
「怪我をするなというのは無理な話だけど…気を付けて。あなた達の身を案じる人がいることを忘れないで。…それから、」

「あの子のこと、よろしくね。」
 そう言った時の彼女の表情は正に母親のそれであった。










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