第3話−ルイーダーの酒場






 旅立ちの日、朝。
 真新しい旅人の服を着込み、マントを羽織り、腰に剣を差した出で立ちで、ユウは自宅の門前で母アリアと向き合っていた。
「それじゃあ、行ってくるよ。」
「ええ。気を付けていってらっしゃい。」
 鞄を掛け直し、笑顔で告げる息子にこちらも笑顔で応じ、アリアは手にしていたものを差し出した。
「これは…?」
 ユウはそれを受け取り目の位置まで掲げてまじまじと見る。額に当たる位置に青い宝石がはめ込まれた質素な冠だ。
「誕生日のお祝いと旅の無事を祈って……守護の呪文を掛けておいたから下手な防具より役に立つはずよ。さあ、着けてみせて。」
 母の言葉に頷いて、ユウは冠を被って見せた。それはぴたりと額の部分にはまり、嘘のように良く馴染んだ。
「ありがとう。母さん。」
「ええ。良く似合ってるわ。」
 母の笑顔につられ一度にこりと笑うと、ユウは一度大きく深呼吸した。
「じゃあ、そろそろ…」
「いつでも帰ってくるのよ。ここはあなたの家なんですからね。」
 母の言葉に大きく頷くと、ユウは背を向け歩きだし、すぐに顔だけ振り返り、片腕を大きく挙げた。アリアもそれに応え手を振って見せる。
「行ってきます!」


 ルイーダーの酒場。アリアハン城下町の外れに在るこの大陸唯一の冒険者ギルドのある店の名である。
 以前は腕の立つ冒険者が集まる場として知られていたが、六年前の鎖国以来、 他大陸のギルドとも接点のある実力者たちの殆どがそちらへと流れてしまい、現在では少数の実力者を除いては最早冒険者とは名ばかりの飲んだくれや経験の乏しい新米冒険者しか残っておらず、ギルドとしては殆ど機能していない。 ――とはいえ、鎖国によって冒険できる範囲が極端に狭まってしまったことに原因があるので本人たちばかりに非があるとは言い難いのだが――現在では専ら酒場としての側面の方が有名で、 登録している冒険者の中には気性の荒いものも多いことから、この建物自体に近づきたくないという住人もいるほどである。
 しかし少数とはいえ腕の立つ者もいるのは確かで、一月前旅立ちの許しを得るために面会した王が、旅立ちを許可するためにユウに明示した条件が、このルイーダーの酒場で一人以上、力となってくれる冒険者を探し出し仲間にすることであった。
 何故王がそのような条件を出したかというと、それはユウの父オルテガが一人で旅立ち命を落としたことに由来する。 生前、公私ともにオルテガと親しい仲であったアリアハン王は彼の息子で新たな希望であるユウがオルテガの二の舞になることがないようにとの思いからこのような条件を明示したのだ。

 そういった理由でユウは現在ルイーダーの酒場の前に来ていた。中に入ろうとしてやや緊張した面持ちで店の扉を開けようとして、ユウはふと違和感を感じ動きを止めた。
 少しの間その違和感に首を傾けていたユウは唐突にその理由に気付き首を傾けた。
 静か。なのだ。
 いつも多くの冒険者たちが集まり、傍の通りを通るだけで分かるほどの賑いを見せているはずのこの店から、今は笑い声の一つも聞こえてこない。
 違和感の正体に思い当った途端、ますます謎が深まりユウは暫くその場で思案したが、いつまでもこうしていても仕方がないと、意を決し目の前の扉を押しあけた。
 まず人気のないがらんとした薄暗い店の様子が目に入りユウはますます不思議に思い眉を寄せた。今日、彼が此処に来ることは王から知らせが来ているはずなので、休みということは無い筈なのだが、
 そう考えを巡らせていた時、ユウの視界にはたと人影が映った。見るとカウンターの傍に数人が集まり言葉を交わしている。
 ユウがそれに気が付いたのとほぼ同時にその中の一人が狙ったかのようにユウへと向きなおった。
「よお、いらっしゃい。勇者殿。」
 背の高い銀髪の青年がどこか演技がかった口調でそう告げた。

「俺はエイグ。そっちのでっかいのがジェイドで無愛想そうな女がマスティナ。青髪のがシアルだ。」
 エイグと名乗った青年は、ユウを手近な椅子に座らせると巨漢の男、赤茶色の髪の女、十字の付いた服を着込んだ女を順に指し紹介する。 その紹介に合わせ、ジェイドとシアルはユウに対して軽く会釈するが、マスティナはユウを一瞥するとまるで興味を失ったかのようにすぐに視線を外した。
「んで、見れば分かるだろうが、ジェイドは戦士、マスティナは魔法使い、シアルは僧侶だ。」
「えっと、貴方は?」
 言葉の通り、見た目から容易に想像できる三人の職業を告げた後、話に区切りをつけようとしたエイグにユウは質問を投げかけた。
「そいつは盗賊だよ。頼りになるかどうかはともかくとしてな。」
 それに答えたのはジェイドだった。エイグがそれに対して小さく不満を口にするが、その言葉は誰かに反応を向けられることもなく消え去った。
「それで、お前の名は?」
 ジェイドに訊かれ、ユウは自分がまだ名乗っていなかったことを思い出した。
「あ、ユウです。よろしくお願いします。」
 慌てて名乗り、頭を下げるユウに、ジェイドは何やら困ったような表情を浮かべて見せた。
「ユウ、か。すまんが少し頼まれてくれんか?」
「えっ…?」
 ジェイドの言葉にユウは首を傾けまじまじと彼を見た。
「実は、ちょっとした問題があってな。」
 そう言うとジェイドは視線をシアルへと送った。シアルはそれに深々と嘆息すると恨めし気な視線を返した。
「…何故そこで私に役目を回すのかしら?」
「俺たちで説明しなくちゃならなくなったのはもとはと言えばお前のせいだろうが。」
「……」
 シアルは鋭くした瞳でジェイドを睨みつけるが、その威圧のある瞳をジェイドが意に介する様子はない。
 会話の内容が分からず疑問符を浮かべるユウにエイグは苦笑を浮かべ店の扉へと視線を向けた。
「あー…店に入るとき、今日はやけに静かだとか、そういうこと考えなかったか?」
「えっ? はい。」
 突然の問いに訳がわからないながらもユウは頷く。
「その原因を作りだしたのがこいつ。シアルなんだよ。」
「はぁ……」
 店に来た時に感じた疑問にようやっと答を得たユウだが、結局それで疑問のすべてが解決されることはなかった。 見た目からしてそれほど力――ジェイドに向けて飛ばしている眼力は相当なものだが――があるようには見えない彼女がどうやってそれを成し得たのか。 とか、そういった疑問を口にする前に、何やら決着がついたらしいシアルが小さな嘆息と共に口を開いたからである。

「貴方、旅の仲間になる人間の選び方は任せると言ったそうね。」
 おそらくは一月前、このルイーダーの酒場で仲間を探すようにと国王に告げられた時に、旅立ちの日と共に伝えておいてほしいと王に頼んだ言葉のことを言っているのだろう。
「はい。」
 選べと言われても、初対面でその人物の人となりを見極めることなど出来ないし、何より強制はしたくない。そう思いユウはそう告げたのだ。
「それで二人、それも此処のギルドの中で一二を争う実力者の二人が貴方と共に行きたいと志願したのだけれど、」
 そこでシアルは一度言葉を区切り三度目の嘆息を見せる。淡々とした物言いといい、僧侶という割には意外と冷めた性格のようだ。
「面倒な御仁に連れて行かれたそうよ。」
 シアルは呆れたような表情で明後日の方を向き、そう告げた。

 










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 さっと流すはずがなかなか終わらないルイーダーの酒場の場面。脇役冒険者達が出張りっぱなしです。
 予定ではティルシキの出番まで持って行くつもりでしたが長くなりそうなのでここで切ります。次で合流させます。
 シアルが何をしたのかは本編には全く関係がないことなのでいずれブログか拍手にて。








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