第4話−ナジミの塔の老人






 壁にもたれかかり腕を組み、シキはじっと部屋の中央付近に座る老人の姿を睨むようにして見つめていた。
 老人の、机を挟んだ向かい側には彼の相棒であるティルが首から下げた赤い石を手元でころころと転がし暇を弄んでいるが、その意識は一瞬の隙もなく老人の方へと向かっている。
 三人の間に会話はない。
 老人は二人のことなど意にも解さぬ様子で、眠るようにして瞑想を続けており、二人はただじっと老人が何か別の行動を開始する時を待っているのである。
 そうして長い時間が過ぎた。
「……まったく」
 二人の放つ威圧的な雰囲気に耐えかねたのかそれともただ単に漸く話をするつもりになったのか、老人は深々と溜息をつきながらそう切り出した。
「短気な奴らじゃ。しばし待てと先ほどから言っておるじゃろうが。」
「短期で結構。こっちには時間がないんだ。いいからさっさと要件を済ませろ。」
 そんな老人に鋭い眼光を向けてシキは言い放った。手を止め老人に眼を向けたティルの表情からも同じようなことを考えているのであろうことが容易に窺える。 そんな二人を見比べて、老人は再び息を吐くと二人を見据えて言い放った。
「お前さんたち、儂がなんと呼ばれているか知らぬとは言わせんぞ。」
 老人の纏う空気がガラリと変わったことにティルはごくりと息を飲んだ。
 ナジミの塔の老魔法使い。通称、『ナジミ老』。それがこの老人の呼び名である。
 ここアリアハン大陸で活動する冒険者や兵士たちの中ではそこそこ有名な人物で、何時からこの塔に住み着いているのか、魔法使いとして本当の実力は如何程のものなのか等なぞの多い人物である。
 そして、この老人が名を広めた最大の理由は、
「安心せい。儂の夢はよう当たる。まあ、お前さんたちには信用ならんかもしれんがな。」
 その夢によって数々の未来を視、様々な助言や忠告を送る予言者であるということである。
「そんなことは……」
 ナジミ老の最後に続いた言葉を否定しようとして、その途中でふとナジミ老が視線をどこか別の場所に移したのに気付いてティルは言葉を切った。
「ふむ…」
 ナジミ老は視線を下に下げ、虚空を見つめたまま髭に隠れた口元を釣り上げた。
「来たようじゃな。」


 ナジミの塔に住む魔法使いの老人がアリアハン城下町、ルイーダーの酒場に現れたのは数日前の話らしい。
 普段塔に籠りっきりのナジミ老が突如現れたことに驚く冒険者の面々を差し置いて、彼はユウと共に旅立つことを志願していた二人連れの冒険者を有無を言わさぬ様子で連れて行ったのだという。
 二人は翌日、何食わぬ顔で戻ってきたというが、その時、二人のうちの一人が溜息を吐きながら言ったという。
 曰く、旅立ち当日の朝にもう一度来い。と。
 直に済むという言葉を信じたことと、予言者の言葉を無下には出来ないということで、二人は朝一番で最短のルートを使いナジミの塔の老人のところに向かったが、結局未だ帰ってくる気配はない。
 と、これがちょっとした問題というものの経緯であるらしい。

 歩き慣れぬ薄暗い洞窟の中をユウは一人慎重に進んでいた。なぜ旅立ち初日でいきなり一人で洞窟の中を探索する破目になったのかというと、その理由はルイーダーの酒場での一件にある。

『で、お前にその二人を迎えに行ってやってほしい。ってわけだ。』
 シアルが経緯の説明を終えるのと同時にエイグはそう切り出したのだ。
『でも、僕が行ってもそのお爺さんの用が済んでなかったら意味無いんじゃ…』
『いくらなんでもお前さんが行けばあいつ等も爺さんのことを振り切れるだろうよ。』
 ユウの言葉をジェイドは即座に否定した。その言葉にマスティナも頷いてみせる。
『爺さん相手だからって気を遣うあいつ等が悪いのよ。その気になればあんな爺さん無視して戻ってくること位簡単でしょうに。』
『まあ、そういう訳だからさ。頼むよ。』
『えっと…わかりました。』
 パンッと勢いよく手を合せ頭を下げたエイグにユウは戸惑いながらもあっさりと承諾の声を返したのだ。

 その後酒場の面々にナジミの塔への道筋と塔へと続く岬の洞窟の簡単な地図を渡されて今に至るというわけである。
「ふぅ…」
 薄暗く足場の悪い洞窟から水音の響く地下通路を経て明るい日の入るフロアへと出て、ユウは一度小さく息を吐き再び歩き始めた。

「来たようじゃな。」
 揚々とそう告げたナジミ老人に「誰が」なり「何が」なりとは尋ねはせずに替わりにその意を込めた視線をティルは老人へと送った。
「ホッホッホッ。だから言うたじゃろう。」
 老人は愉快そうに笑い声を上げながら階下へと続く階段へと向けていた視線をティルへと戻し、告げた。
「儂の夢はよう当たると。 お前さんたちの待ち人が来たようじゃぞ。」
 その言葉にティルはハッと目を見開いた。壁際に立ったシキも一瞬目を鋭くし、言葉の真偽を確かめるかのようにナジミ老が見ていた階段の方へと視線を向けたが、 次の瞬間溜息を一つ吐きながらナジミ老へと視線を戻した。
「当たるも何も、あんたが俺たちを呼び出さなければこんなことにはならなかったと思うが?」
「何を言う。儂は夢を見て必要だと判断したからお前たちをここに呼びつけたのじゃ。」
 わざとらしく釣り上げられた語尾を全く意にも返さぬ様子であっさりとそう返した老人にシキは小さく舌打ちした。 数日前から悟っていたことではあったが、まったく、この老人には何を言っても通じないらしい。
 黒髪の少年が三人の居るこの部屋へと辿り着くのは一刻ほど後のことであった。


 最上階へと辿り着いたユウは一斉に向けられた三対の視線にたじろいだ。
「えっと…」
「お前が『勇者』か?」
 戸惑うユウを差し置いてシキはそう繰り出した。
「いっ、一応……」
「如何して此処に?」
 遠慮がちに答えるユウにティルは矢継早にそう尋ねた。そこにはただ純粋な疑問の表情だけが浮かんでいる。
「えっ? ああ、ルイーダーの酒場でエイグさんたちに…」
「もういい。解った。……あいつら、余計なことを…」
 シキは、ユウの言葉を遮るとそうぼそりと呟いた。そんなシキを横目に見ながら苦笑を浮かべるティルと戸惑うユウ。 そんな三人の間に奇妙な沈黙が訪れたのを待ってか、ユウが現れてから今まで口を開くことがなかったもう一人の人物が口を開いた。
「お前さんたち、そろそろいいかの?」
 ナジミ老人の言葉にユウは慌てて謝罪の言葉を述べて姿勢を正し、ティルは嘆息を溢してから前へと向きなおり、シキは相変わらず無表情なまま視線だけを老人へと送った。 そんな様子を見て、ナジミ老人はシキとティルを指してやれやれとわざとらしく溜息を吐いた。
「お前さんたち、少しはオルテガの息子を見習ってはどうじゃ。見ろ、あの礼儀正しい姿勢を。」
「いいからさっさと終わらせてくれ。」
 シキの突っ込みが空しく宙へと消えていった。

「まずは名を聞こう。オルテガの息子よ。」
「ユウです。ユウ=ディクト。」
「そうか。ではユウよ。儂はお前さんにこれを渡す夢を見ておった。じゃからお前さんにこれを託す。」
 そう言ってナジミ老人は懐からおもむろにあるものを取り出した。
「それって確かこの前の…」
「何が託すだ。もともと俺たちに捕まえさせたバコタから掠め取ったものだろうが。」
 取り出されたそれを見て口を挟む二人を完全に無視してナジミ老はそれをユウへと手渡した。掌に載せられたそれを見てユウは首を傾けた。
「鍵?」
 それは木製の簡易的な鍵で、ある程度鍵穴に合わせて型を変えられる仕組みになっていることは素人のユウにも窺える。しかしそれを渡すことに何の意味があるのかは解らない。
「直に役に立つはずじゃ。大事に持っておるのじゃぞ。」
「はあ。」
 生返事を返すユウに、しかし老人はそれで満足したのか皺の深い顔に笑顔を浮かべてこう続けた。
「これで儂の役目は終いじゃ。儂は夢の続きでも見ることにしよう。お前さんたち、もう行ってもよいぞ。」
「えっ!?」
「気にするだけ無駄だよ。その人、いつもそんなだから。」
 戸惑いを隠さぬユウに、もう怒る気も失せたといった様子で額に手を当て苦笑を浮かべてティルが告げた。 そんなティルに返答を返そうとして、ユウはハッとなってティルを指した。
「えっと…君は……?」
 そこでティルは初めて自分がまだ名乗っていなかったことに気付き苦笑を強めた。そして自分の胸のあたりに手を当て、
「私はティル。あっちはシキ。 ジェイド達から話を聞いて来てくれたってことは私たちを一緒に連れて行ってくれるっていうことでいいのかな?」
 ティルの問いかけにユウは大きく頷いた。
「うん。よろしく。ティル、シキ。」
「こちらこそ。」
 ユウが差し出した手をティルは強く握り返した。  










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 あれ…?レイの登場シーンまで行くはずだったのに…(言いたいことはそれだけか;)








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