「お母様の…バカァーーー!!!!」 夕焼け色の空の下、甲高い少女の叫び声が辺り一面に響き渡った。 「おとなしく此処にいなさいですって!? そんなこと出来るわけないじゃない!!」 長い赤毛を振り乱しながら怒りの形相を浮かべた少女がつかつかと長い廊下を進んで行く。早足に進む少女とすれ違った者たちが次々と少女に向けて頭を下げるが少女はそれを全く気にしない。 「私には何も出来ないですって!? そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!!」 そうして少女は、とある一室に扉を乱暴に押し開けて立ち入り素早く内側から鍵を掛けた。 少女は部屋の片隅に置かれた豪華な衣類用のタンスに近づき、その中から大きな鞄と小さく畳まれたそのタンスには不釣り合いなあまり質の良くない衣類を取り出すと早急に着替えを開始した。その間も少女の口が閉じることはない。 「世界中の人たちが魔族のせいで苦しんでいるのよ! 私だけ、こんなところでのんびり過ごしていて良いわけ、ないじゃない…!」 そう言い放った少女の表情に迷いは全く見られず、少女はその決意を秘めた表情で窓を開け放ち窓枠に手を掛けた。 そのまま窓枠を跨ぎ半分ほど身を乗り出したところで少女は一度動きを止めて部屋を振り返った。 「…行ってきます。」 そう告げた直後、少女は完全に窓の外へと飛び出すとその場から忽然と姿を消した。 少女の青い瞳の中には決意を秘めた炎の色が浮かんでいた。 「あのさ、本当に良かったの?」 夕日に紅く染まった森の中でユウは気遣うような表情で旅の同行者となった二人を見やった。それに対して尋ねられたうちの一人であるティルはそれに対してキョトンとして首を傾けた。 「…? なにが?」 全く見当もつかないといったその様子に呆気にとられつつもユウは返した。 「だから、ルイーダーの酒場に戻らなくても良かったのかって…酒場の人たちと挨拶済ませてないんでしょ?」 ナジミ老から盗賊の鍵を渡された後、ティルとシキはもと来た道を戻ろうとするユウを引き止めナジミの塔の地下から直接レーベの村の近辺へと出る通路を使おうという提案を出した。 ユウ自身はアリアハンで母アリアや幼馴染のラスティに対して別れの挨拶を済ませていたのでそれに承諾したが、当の本人達の経緯からして所属している冒険者ギルドの面々に挨拶を済ませているとは考えにくい。 そう思ったユウはその場で即座に尋ねたのだが「いいんだよ。」と軽くいなされてしまったのだ。そして今、塔の地下通路を抜けレーベの村までもう少しという森の中でユウは再び尋ねたのだ。 「ああ、」 ティルは漸く理解したように一度瞬くと微笑を浮かべて首を振った。 「いいんだよ。もともと律儀に挨拶を交わすような仲じゃあないし、行ってもさっさと行けって言って追い返されるだけだろうしね。」 「残ってたのがあの面子じゃあ、今頃誰もいないかもしれないしな。」 口々にそう告げる二人の言葉を聞いてなお心配そうに見つめるユウにティルはくすりと笑みを濃くして言った。 「まあ、帰ってきたらお礼くらいは言っておくよ。行こう。早くしないと日が暮れちゃうよ。」 「あっ、待って!」 森を抜ければ村は既に目前に迫っている。駈け出したティルに慌てて追い付こうとするユウ。それを見てシキは軽く息を吐くとゆっくりと二人の後を追い進み始めた。 シキとティルにとって、レーベの村は初めて訪れる場所ではない。探索の途中に立ち寄ったりギルドで引き受けた仕事で立ち寄ったりと頻繁にこの村に訪れている。 その見慣れた村の入り口付近でそこはかとなく違和感を感じシキは立ち止った。 「シキ? どうかしたの?」 傍にいたユウがそれに気付き首を傾け尋ねる。やや前方を歩いていたティルもその声に立ち止まり振り返った。 「いや…魔力が……」 「魔力?」 その言葉を聞きユウはハッとなった。辺りに微弱な魔力が漂っている。その魔力の種類にユウは覚えがあった。移動呪文だ。 だが、移動先に定めた場所に収縮するはずの魔力が一向にそうなる気配はない。 「どういう…」 と、その時、漸く漂っていた魔力が収縮を見せた。だが、その位置は・・・ 「上っ!?」 ユウが素っ頓狂な声を上げ、三人は反射的に魔力が収縮を始めたその場所を見上げた。 一拍の間のあと魔力が弾け、そこには―― 「なっ!」 「えっ!?」 「…っ!」 長い赤毛を一つに結わえた少女が、忽然と現れた。 少女が現れた位置は奇しくもシキの真上。反射的に退こうとしたシキはしかし、明らかに着地態勢のなっていない少女の様子を見て取って踏みとどまった。 そう、生身の人間が空中に留まることなど出来る筈がないのだ。 当然、それはこの少女も例外ではなく、 「きゃあぁぁ!!」 「ぐっ――」 落ちた。あえて留まったシキをも巻き込んで。 「っ、いたた…まさかこんな高いところに出るなんて……」 「……」 「やっぱり無茶だったかしら…何年も前の記憶を頼りにするなんて…」 「……」 「でも、ここでいいのよね。レーベの村。」 「いいから早くどいてくれ!」 「えっ?」 自分の下から聞こえた呻くような声に少女はゆっくりと下を向いた。 (銀色の……髪?……!!) 「きゃあっ!!ごめんなさい!!」 暫くの思考の末、漸く自分の状況を理解した少女は慌ててその場から飛び退き大きく振り被って頭を下げた。 シキはそれを認めると立ち上がり気にした風もなく徐に服に付いた土埃を落とした。 「あの、怪我はない、ですか?!」 「ああ。」 オロオロとした様子の少女を余所にシキは落ち着き払った様子で頷いた。受け止めることは出来なかったものの辛うじて受け身だけはとれていたようだ。 「そっちは?」 尋ね返され少女は目を丸くした。 「え、ええ。大丈夫…」 「ならいい。」 淡々とそう告げるシキ。表情を変えぬそのの様子に感情が読めず恐る恐る彼の様子を探っていた少女はその言葉に虚を突かれ瞬いた後、再び頭を下げた。 「あの、本当に、ごめんなさい。」 「ああ。それじゃあな。」 シキはあっさりと少女にそう告げるとティルに目配せし、ユウに「行こう」と一言声を掛け、何事もなかったかのように村の中へと進み始めた。 しかし、数歩進んだところで立ち止まると振り返り、視線を少女に合わせた。 「直に日が暮れる。当てがあるにしろ宿に向かうにしろあんたも急いだ方がいいんじゃないか。」 「えっ、ええ。」 呆然と立ち尽くしていた少女は、その言葉にハッと我に返ると頷いた。その時には既に、シキは視線を前へと戻しその場から遠ざかろうとしているところであったが、少女は彼の言葉を脳内で反芻し逡巡した。 (『あんたも』急いだ方がいい……!!) 「待って!!」 声を大きくし少女が呼び止めれば三人は同時に立ち止まり振り返った。まだ用があるのかと不思議そうにこちらを見つめる彼らに、少女は尋ねた。 「あなたたち、旅人なの?」 「そうだけど、それがなにか?」 すぐさまティルが肯定の言葉を返し尋ね返す。 「聞きたいことがあるの。」 「なに?」 答えられることならば。と付け加えティルは少女に向き直った。それを待って少女は大きく息を吸い込み、告げた。 「アリアハンから旅立つという勇者について、教えてほしいの。」 「へっ? …僕?」 ユウがキョトンとして自身を指差すと、少女は大げさなまでに目を見開いた。 back 1st top next ようやく5話。前の話と比べると少し短いけどキリがいいのでいったん切ります。次でアリアハン編ラストです。 |