第6話−魔法の玉






「私はレイ。アリアハンから勇者が旅立つという噂を聞いて、大陸から来たの。お願い、私も一緒に連れて行って!!」
 頭を下げられユウは困惑した様子でまじまじとレイと名乗る少女を見た。次いで助けを求めるようにして視線をティルとシキの方へと移すと、片やユウと同じく困惑したように苦笑を浮かべ、片や表情を変えることなく頭を下げた少女へと視線を向けている。
「えっと…」
 とにかくなにか言わなければと口を開くが、何の考えもなく開いたその口はそれ以上の言葉を続けられない。そして、
「ユウ」
 名を呼ばれ弾かれたようにそちらを見ればそこには先程と同じ苦笑を浮かべたティルの姿。ティルは一度視線をユウとレイとの間を行き来させ、一言。
「まかせる。」
 そのたった一言で、二人に意見を仰ぐという選択はあっけなく潰えた。
「駄目、ですか?」
「だめ、というか……」
 上目づかいに尋ねられユウは言葉を詰まらせた。
 特に断る理由があるわけではない。旅には仲間を連れて行けと王に言われていたが、人数に制限があったわけではないし、先に仲間になった二人もどうするのかはユウに任せると言っている。 問題は何処をどう見てもこの少女が戦う力を持っているようには見えないことである。普通の旅であればともかく魔王討伐などという危険な旅に武器の一つも持っていないような少女を連れて行くわけには行かなかった。
「その、すごく危険な旅になる、と思う。」
「構わないわ。」
 間髪入れずに彼女は返した。そして真剣な眼差しでじっとユウを見つめる。
「どんなに危険でも構わない。だからお願い。人に任せて自分は何もしないのは絶対に嫌なの!」
 ユウはそんな彼女に決して消えることのない燃える炎のような意志を見たような気がした。そして、そのような強い意志を見せられては、ユウの取るべき行動は決まっていた。
「わかった。」
 頷き、スッと右手を少女の前に差し出す。
「僕はユウ。よろしく、レイ。」
 レイはぱっと表情を綻ばせユウの手を握り返した。


 翌日、レイという新たな仲間を加えた一行はシキの案内の元に村の端に建つとある民家を訪れていた。
「シキ、ここは?」
 迷いなくその扉に手をかけるシキに当然の疑問を投げかけると彼は振り返ることもせず答えた。
「ギルドの最年長の爺さんの住む家だ。誘いの洞窟の封印を解く方法の研究をしているらしい。」
「…それって、もしかして魔法の玉のこと?」
 なにやら顔を引き攣らせて尋ねるユウにシキはさらりと頷いた。
 誘いの洞窟はアリアハンの東部に古代からある洞窟であり、その最深部にはこの大陸と他大陸とを結ぶ『旅の扉』というものが存在している。 他国との間を海で大きく隔てられたアリアハン大陸の住民や冒険者にとってこの旅の扉は重要な移動手段であったのだが、五年前鎖国が始った折に、洞窟の入り口付近に厚い石壁を造ることによって封印されてしまったのだ。
 この危険な時代に殆ど町から出ることのない人々にとって、それは日常生活に支障をきたすような大きな問題には成り得なかった。 それどころか旅の扉が封印されたことにより他大陸から魔物の侵略を恐れる必要がなくなったと喜びの声をあげる者もいたほどだ。しかし、世界に夢を持つ若者や冒険者たちにとってその石壁は他の地へと旅立つ手段を失わせる邪魔なものでしかなかった。 (ユウにとってもその石壁を突破し、旅の扉へ到達することは旅の第一関門である。) そこでその石壁を壊すための手段の研究が始まった。そしてその中で最も有名且つ成功率が高いと言われているのが『魔法の玉』と呼ばれる爆弾を使用する方法である。
 だが、この方法、かなりの危険を伴うことでも有名である。 魔法の玉と言えば聞こえはいいが結局のところその実態は爆弾である。それも石壁を破壊するほどの破壊力を有する代物である。 他大陸へ渡ることを夢見てこの魔法の玉の製作に手を出し、大怪我を負った人間も少なくはない。アリアハン城下町ではつい先日も魔法の玉の作成に失敗し大怪我を負った者がいるという噂が流れていたほどだ。 それに、魔法の玉を無事に完成させた人物がいるなどという話は聞いたことがない。そのことを知っているが故に、ユウは不安げに尋ねる。
「…大丈夫なの?」
「旅立つ際は立ち寄れと、ルイーダーの酒場に伝言を送ってきた位だ。魔法の玉に関しては信用できる。問題があるとすれば……」
 言いつつシキは扉を開け放つ・・・ことは出来なかった。
 扉はガッと鈍い音をたて若干の振動を見せるのみで開くことはない。それを認めるとシキは軽く息を吐き、後ろではティルが苦笑を浮かべ肩を竦める。
「ナジミの爺さんとここの爺さんが結託してる可能性があることだ。」
 どこか諦めの籠った語調は彼がこの老人たちに今までに掛けられた苦労の数々を物語っているようで、ユウは乾いた笑みを浮かべつつ彼らに促されナジミ老から渡された盗賊の鍵を取り出した。

「うん?なんじゃお前たちは…」
「お久しぶりです。」
「なんじゃ、嬢ちゃんたちであったか。突然来るとは何かあったのか?」
 老人は突如現れた不法侵入者に警戒心を込めた視線を向けたが微笑で挨拶を告げるティルを見るとすぐにその警戒を解いた。
「マスティナから伝言を受けて、魔法の玉を受け取りに来ました。」
「…そうか、とうとう来よったか。」
 ティルが要件を告げると、老人はしみじみと月日を思い返すようにしてうんうんと頷くと含みのある笑みを浮かべて尋ねる。
「して、この家には鍵が掛っておった筈じゃが?」
 何処か悪戯なその笑みを見て、この老人と付き合いのあるティルとシキはこの老人とナジミ老との結託を確信した。
「鍵ならナジミ老に頂きました。ユウ。」
「あ、うん。」
 名を呼ばれユウは手に握った鍵を老人へと差し出した。
「ほう…これはまさしく盗賊の鍵。と言うことはお前さんがオルテガの……。しばし待っておれ。」
 老人はやはりしみじみとユウの顔を眺めた後、突如部屋の奥へと向かうと大事そうに掌大の玉を持ち再びユウたちの正面に立った。
「試すような真似をして悪かったの。魔法の玉はその鍵を持つ者に授けるというのが奴との約束であったのでな。」
「やっぱりそういう訳か。」
 悪態を吐くシキに老人は皺のある顔をほころばせ笑みを浮かべた。
「そう言うな。旅の扉の向こう側、ロマリアの地方の魔物はアリアハンのものよりも強いと聞いておったからの。最低でもあの塔に上る程度の実力を持つ者でなければこれを授けるわけにはいかんかったのじゃ。」
 そう言って老人はユウに向き直ると、玉をもった手を差し出した。
「さあ、お主にこの魔法の玉を授けよう。受け取るがいい。」
 ユウは魔法の玉を手に取り、そして老人へと微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。」
「礼など良い。その代り、必ずや魔王討伐を成し遂げるのじゃぞ。」
 老人の言葉にユウは真剣なまなざしを向け頷いた。


 ドォォン――――
 爆音が轟き目前にそびえ立った石壁が呆気無く崩れ落ちた。間近で魔法の玉の威力を目の当たりにし、ユウたちは唖然として立ちつくした。
「これが、魔法の玉……」
「信じられない。こんなものを町中で作ろうとするなんて。」
 レイが漏らした言葉に誰もが内心で頷いた。これ程の破壊力を有する物を長年に渡り幾人もの者が作成しようと努めていたのだ。死人が出なかったのが不思議なほどである。
「だけど、確かに間違った方法ではなかったみたい。」
 次第に土ぼこりが晴れ――何かの魔法が掛けられていたのか爆発そのものによる煙は殆ど巻き起こることはなかった。――視界が開けると、今まで石壁があったその向こう側に地下へと続く通路が伸びているのが見受けられる。
 同時に、その奥から微かにだが魔物の気配を感じ、ユウは腰に下げた剣に手を掛けた。
「行こう。」
「ああ。」
「うん。」
「ええ。」
 ユウの言葉に各々応え、そして四人は五年間封印され続けた洞窟の奥深くへと歩を進めた。  










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  とりあえずアリアハン編はこれにて終了。ロマリア編へ突入します。








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