第73話−隠された神殿






「ねぇ、サティ!」
 甲板から進行方向を眺めていたティルは、何処か諦めたような面持ちで舵を取るサティに声を掛けた。
「目の前にすっごく危なそうな大岩が見えるのは気のせいかな?」
 進行方向には海面からそびえ立つ大岩が二つ。このまま真直ぐ進めばどちらか一つに衝突することは免れないようにティルには見える。
 ティルは、その可能性は極めて薄いのであろう事を察しながら、専門家にとってはそれほど危険な障害物ではないのかもしれないという可能性に掛けて尋ねた。
 しかし、サティの答えは期待を裏切る、ある意味で予想を裏切らない回答であった。
「気のせいじゃないね。」
 あっさりとなんでもないことのように告げるサティにティルは肩を落とす。
「私、いくらなんでもこんなところで死にたくないんだけど…」
 いくら危険な旅で命を掛ける覚悟をしているとしても、航海中の事故で命を落とすという結末はあんまりである。
「仕方が無いだろ! 船と命を守りながら海賊達とやり合うには人員が足りなさすぎるんだよ!  だったら、多少難しいルートでも海賊たちと出会わないルートの方が安全だって説明したろ!」
「それは解ってるけど…」
 往生際が悪く頭を抱えるティルに、サティはふんと鼻で笑って声を荒げた。
「さあ全員、振り落とされたくなかったらしっかりどっかに捕まっとけよ!! いくぜリュー!!」
「アイサー!!」
 常人にはとても真似できないような舵捌きで浅瀬や岩礁を潜りぬけるサティと阿吽の呼吸で彼女の指示に従うリュイアス。
 二人のおかげで船は順調にランシールの港へと向かっていくが、乗っている他の面々からすれば、それは生きた心地の全くしない航路であった。


 船がなんとか無事にランシールの港に到着するや否や、四人は逃げるようにランシールの町へと飛び出した。
 因みに、船を動かした張本人であるため特になんとも感じていない様子のサティとリュイアスは船で留守番。 ユウたちと同じ条件であった筈なのに何故か平然としていたユイは、航海中はげんなりとしていたもののランシールに着くや否や教会へと向かおうとしたエルと共に船を降りて別行動中である。
「う〜、まだ頭がふわふわする…」
「右に同じ…。気持ち悪いわ。」
「それで、目的の神殿は何処にあるのかしら…?」
「さあ…」
「この辺りにはなさそうだね。」
 町の中を見渡すが、それらしい建物は見当たらない。 大神殿というからにはダーマ神殿のような目立つ大きな建物があるのかと思って気を抜いていたが、どうやら事はそう簡単にはいかないようだ。
 本来ならここで町の人々に話を聞いて情報を集めようとするのが常套手段なのだろう。実際にユウはそうしようかと考えた。しかし。
「シキ。」
「……はぁ。」
 ティルがシキの名を呼び、名を呼ばれただけで意図を察したシキがわざとらしく盛大に息を吐いた。 そしてシキは瞳を閉じると盗賊呪文独特の呪文構成を展開する。
「鷹の目!」
 呪文を唱えると同時に、シキの閉じられたシキの瞳に上空からのこの近辺を見下ろした光景が映る。
 危険な海域を乗り越えた船が何隻か停泊している港、港から続いて大通りを中心として細長く広がっているランシールの町、そしてその北側、深い森に隠されるように聳え立つ巨大な建物。 それを見つけるや否や、シキは呪文を解いた。
「見つけたぞ。」
 意識を現実に戻して告げるや否や、ユウとレイは目を見開いた。
「バハラタの時も思ったけど、盗賊呪文って便利だよね。」
「でもあれ、呪文構成とか結構難しいんだよ。私もシキの師匠にちょっとだけ教えてもらった事あるんだけど、さっぱり解らなかった。」
「盗賊呪文は独特だものね。」
 雑談に花を咲かれる三人にシキは一人息を吐いた。上陸時に無駄に命がけの体験をしたせいか、それとも久しぶりに長閑な町中にいるせいかどうも気が抜けた様子のパーティに一人苛立ちを覚える。
「お前ら、行かないなら俺は戻るぞ。」
 荒々しく言い捨てると三人は慌ててシキの後を追ってくる。勿論、その程度でこの雰囲気が一変する訳もないのだが。
「なんかシキ、いらいらしてるみたいだけど…」
「あー、お父さんが言ってたでしょ。ユーラの…シキの師匠がランシールに居るって。シキはユーラの師匠に会いたくないんだよ。」
「? 自分の師匠なのに?」
「まあ、難しい…というか変わった人だから…」
 こんな時、長きに渡って行動を共にして来た同行者の存在というのは厄介以外の何者でもない。 シキは理由を問うまでもなくあっさりと正解に辿り着き、あまつさえその解を他の皆にも教えるティルの様子に心中で再び息を吐いた。
「今現在シキの中でいろんなトラウマが蘇り中。」
 対してティルは人の不幸を喜ばんとばかりに楽しげに思い出話に花を咲かせる。
「オスト師匠も常識ないと思うけどさ、ユーラの師匠も凄かったんだよ。弟子入りしたばっかりの時、ダーマから少し離れた山の中にひとり置いていかれた時、シキってば本当に死にそうな顔して戻ってきたよね!」
「うわぁ…よく戻って来れたね…」
 懐かしげに語るティル。その話の内容にユウが同情の念をシキに送り、レイが無言で同意する。 視線が集まりシキはとうとう苛立ちを露にティルを睨んだ。
「ティル、お前暫く喋るな。」
「え、嫌だよ。」
 勿論そんな言葉がティルには全く通用しないことは承知の上で・・・


 そんなこんなでシキを除いて穏かな雰囲気のまま、一同はランシールの町の外れにある森へと向かった。 シキの案内の元ひたすらに森の奥へと進むと、やがて視界の中に大きく聳え立つ神殿の外壁が現れた。神殿の入口へと向かうと足元から甲高い声が響いた。
「ピキー、ランシール大神殿にようこそ!」
 慌てて足元を見下ろして、一同はぽかんと口を開いて固まった。そこには小さな青いゼリー状の物体が二つ。懸命に此方を見上げてプルプルと体を振るわせるその姿は冒険者なら誰でも見覚えがあるそれである。
「…なんで、魔族がこんなところに…」
「魔族って言うか…スライムが喋った!!」
 神殿の入り口の両脇に立つ彼等は察するにこの神殿の門番なのだろう。しかし、門番にはとても見えないどう見ても非力なスライム二体は、ユウたちの反応に心外とばかりに飛び跳ねた。
「ピキーッ! スライムだって賢くなれば話せるんだぞ!」
「僕たちは大神官様に指令されたれっきとした門番だい!」
「ご、ごめん!」
 スライム達の謎の気迫に気圧されてユウが謝罪を告げる。そうすると二体のスライムは気を持ちなおした様子で尋ねた。
「それで、君たちは何の用があってこの神殿を訪ねたの?」
「えっと…」
 小さな門番達に何と説明したものかと言葉に詰まったユウに、シキが助け船を出した。
「俺はシキ=ディーア=テドン。父ラデュシュ=ディーア=テドンの名代として大神官様にお目通り願いたい。」
 何やら本来の目的以上に大事になりそうなシキの名乗りを何処まで理解したのかは謎であるが、スライム達はぴょんと飛び跳ねてシキを見上げた。
「ラデュシュって、テドンの賢者の名前だ!」
「テドンの賢者の息子が来た! 神官長さまに報告だ!」
 どうやら上の者へと取り次いでくれるらしい。仲良く神殿の中へと消えたスライム達を見送って、レイがぽつりと呟いた。
「ここの警備、本当に大丈夫なのかしら…?」
「確かに。…ていうか……」
 レイに同意してティルは別の懸念を投げかける。
「これでもし神官長様っていうのがガメゴンとか動く石像とかだったら、私冷静でいられる自信が無い…」
 どうかまともな、出来れば人間の姿をした神官長が出てきますようにと皆一様に思った。




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  テドン編が終わったので久しぶりにパーティがほのぼのムードです。書いてて楽しいけど脱線して進まない…








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