第74話−大神官の弟子






 暫くして、神殿の重い扉が開いた。中から先程のスライム達と、神官服を見に纏った壮年の僧侶が現れる。先程のスライム達の科白から考えるに恐らくは彼が神官長ということなのだろう。 神官長が人間であった事に一同はほっと胸を撫で下ろした。
 神官長は一同の前に辿り着くと四人を見渡しシキの前で視線を止めて口を開いた。
「テドンの賢者、ラデュシュ殿の息子というのは…」
「俺です。」
「そうですか、貴方が――」
 一度言葉を区切った神官長の様子をシキは怪訝に思った。そして、次に続く科白にシキはげんなりと眉を寄せることとなる。
「貴方が、ユーラリース様に気に入られたという哀れなお方ですか。」
「ぶふっ!!」
 神官長の科白から寸分の間もなくティルが吹き出して口元を押さえた。余程ツボに嵌ったのか声を殺しながらもその笑いは一向に収まる気配が無い。 そんなティルの様子にシキはますます表情を険しくしながら神官長を見上げた。
「…そういうあんたは?」
 初対面で突然師の話題を切り出され、あまつさえ謎の同情まで受ける事になり、最早敬語を取り繕う気すら微塵もないシキに、神官長は平然と答えた。
「申し遅れました。私はオーラティオ。ここランシール大神殿において神官長という立場を務めさせて頂いております。…ユーラリース様には幼い頃より教授を受けておりました。」
「成程。」
 オーラティオの科白に漸くシキの表情が緩んだ。しかし、納得した様子のシキとは裏腹に疑問を抱いたレイ首を傾けた。
「つまり、シキの兄弟弟子ってこと? だけど職業が全く違うじゃない。」
「それはユーラリース様の教えを請うた者達の中で、彼が特殊な立場にあるからですよ。」
「どういうことですか?」
 ユウとレイの視線を受けて、オーラティオは一度シキを見遣る。シキから頷きが返ったのを見てとると彼は続けた。
「ユーラリース様はここランシール大神殿の最高責任者――大神官の地位にあられる方です。」
「は?」
「え?」
 盗賊の師匠が大神官。予想だにしていなかったシキの師匠の正体にユウとレイは素っ頓狂な声を上げた。
「ですから、あの方の弟子の殆どはこの神殿で修行する僧侶達なのです。とはいえ、あの方は何やら大切な使命をお持ちのようで、 滅多にこの神殿に帰って来ることはありませんので神事の殆どは歴代の神官長が取り仕切っているのが現状ですが。」
「大切な使命?」
「ええ。あるものを探しておられるのだとお聞きしています。その為に有名な盗賊に教えを請うて盗賊の力を手にしたのだと。あの方がシキ殿に与えたのはその力だとお聞きしました。」
 オーラティオの科白にシキが頷く。
「ああ。だから俺は大神官としてのあの人のことは知らない。」
 シキがユーラリースと出会ったのはテドンから逃げ延びた後のダーマ神殿でのことである。彼はそこを拠点として世界各地を巡っていると言っていた。 彼は故郷を失ったシキとティルを気遣ってか自身の故郷の話を極力避けている節があった。尤も、彼の私物から彼がランシールの出身であるということは容易に想像出来たのだが。
「もしかして、シキも自分の師匠が大神官だってことを知らなかったの?」
「いや、直接聞いたことは無かったがそうだろうとは思ってた。俺が教えられたのはそういう情報を手に入れる為の力でもあったからな…」
 シキは一拍の間を挟んでオーラティオに向き直った。
「ユーラ師匠は?」
「会い変わらず世界中を放浪されていて此処には戻っていませんよ。」
「そうか。」
 短く返して逡巡するシキにティルが不思議そうな表情を浮かべて尋ねた。
「なに? 結局ユーラの師匠に会いたかったの?」
「そんなわけあるか。」
 即座に否定しながらもシキの内心には複雑な思いがあった。
 共にいた数年の間に様々なトラウマを植え込んだ師に会わずに済んで個人的には安心したいところではあるが、情報収集能力の高い彼のことだ、 シキ達がユウと共に旅立ったことは既知っている筈である。だとすれば彼は此処ランシール大神殿に戻り自分たちの到着を待っている。シキはそう思っていた。何故ならば――
「ユウ。」
「え?」
「俺はユーラ師匠に戦う術を教えてもらう代わりにあの人の出す条件を飲んだ。」
 脈絡なく始まった科白に瞬きながらもユウは続く言葉に耳を傾けた。
「あの人からの条件はこうだ。『魔王を倒す力を持った勇者を探す事』そして『魔王を討つこと』だ。」
 ユウは一瞬何の話かと目を瞬かせた後自信無さげに自身を指した。
「えっと、僕?」
 疑問符を付けたその科白に誰かが頷き返した訳ではなかったが、代わりに当り前だと言わんばかりの皆の視線が突き刺さる。
「…だよね。」
 勿論この旅の目的は魔王討伐なのだから答えは是以外の何物でもないのだが、面と向かって己が勇者だと言われるとユウの性格上自信を持って肯定することは難しかった。 とはいえそんなユウの性格を熟知した仲間たちが今更そんな彼の性格を責める訳もないのだが。
「とにかく、此方が大神官様に用があるように、大神官様にもユウに用があるということなのね?」
「…と、思ったんだがな。」
 レイの質問にシキは曖昧な返事を返した。これはシキの憶測であって、実際にユーラリースがそう言っていた訳ではないのだ。
 会話が途切れ沈黙が下りたところを窺って、オーラティオが口を開いた。
「ところで、皆さんから大神官様への用件というものをお伺いしても?」
 漸く話が本題へと差し掛かり、四人は顔を見合わせた。大神官が不在というならその代理を務める神官長に用件を話すのが筋だろう。四人は頷きユウが口を開く。
「はい。僕達、不死鳥ラーミアを蘇らせるという6つのオーブを探してるんです。ラデュシュさんからランシールの大神殿にその一つがあると聞いて来ました。」
「成程。」
 オーラティオは暫くの間考える素振りを見せた後、四人に向き直った。
「ならばユウ殿、地球のへそへと向かいなさい。」
「え?」
「もし魔王討伐の意志を持つ者が訪れたなら、地球のへその最奥へと向かわせろ。1年程前に帰還された際にユーラリース様が残した言葉です。」




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