第75話−地球のへそ






 ランシール大陸内陸には広大な砂漠砂漠が広がっており、その砂漠の中央には巨大な大岩が聳え立っている。 ランシールの神話においてその大岩のある場所こそが世界の中心であると云われいる。
 さらにその大岩の真下には広い空洞が存在しており、その場所はランシールの僧侶たちにとって修行の場所となっていた。 やがて地下に広がるその空間は僧侶たちの手によって整えられ、そしていつしか『地球のへそ』と呼ばれるようになっていた。
 現在もその場所は僧侶たちの修行の場として使われているが、その場所に立ちいるにはある一つの重大な条件があった。
「え、一人で?」
 素っ頓狂な声を上げたユウにオーラティオは淡々と頷いた。
「はい。『仲間と離れ唯一人で向かう事』それが地球のへそに立ちいる為の条件です。」
「そんな…」
 仲間達を順に見遣りながらユウは項垂れた。思い返せば旅の序盤ティルとシキと会って以降、一人旅の経験は全くと言っていいほどない。
「別にユウじゃなくてもいいんだよね? それじゃ私、行ってみようかな。」
 そんな見るからに不安げなユウとは裏腹に、修行の内容に興味を持ったらしいティルが呟くが、シキが即座に首を横に振った。
「止めておけ。回復魔法も使えない人間が行くのは自殺行為だ。」
「でも魔法、使ってたわよね、テドンで。」
「使った直後にダウンしてただろ。魔法の系統に関係なく、使った瞬間ああなる。」
「あぁ…」
 テドンで大掛かりな氷系呪文を使って見せた直後に真っ青になって蹲ったティルの姿を思い出し、レイはちらりとティルを見遣った。 テドンを出て以降そんな様子はおくびにも見せないティルだが、そういえばあの時魔法を使わない理由は思い出すからだと言っていた筈だ。 だとすればシキも同じなのだろうか。レイは今度は視線をシキに移した。
「なら貴方も駄目なの?」
「いや、俺は…」
 シキはいつもと変わらぬ無表情で淡々と、
「寧ろ師匠の庭で師匠が関わってることが解りきってるダンジョンに潜るなんて絶対に御免だ。」
 完全に私情にまみれた理由から地球のへそへの挑戦を拒否した。
「そ、そう…」
 あんまりな理由にレイは表情を引きつらせながら答えた。
 とはいえ魔法使いのレイを一人で行かせる訳にもいかず、ティルとシキが駄目というならば消去法で誰が行くかは決まってしまう。
「…ってことは、やっぱり僕って事だよね。」
 不安気に眉を寄せるユウ。そんなユウにティルが腕を鳴らして尋ねる。
「嫌なら私が行こうか?」
 自信満々気合十分に尋ねられるがやはり回復の手が無い状態で一人で行かせるのは危険だろう。 ダンジョン攻略において回復呪文が使えるかどうかによって生存率は大きく変わってくる。地球のへそは修行の場だというのだからそこまで心配する必要はないだろうがそれでも危険な事には変わりない。
「ううん、僕が行くよ。」
 心配だからというティルが聞けば怒りそうな一言は飲み込み、ユウは自身が地球のへそに挑戦することを決意した。
 ユウが頷くのを見て取ると話が纏まるのを待っていたオーラティオが口を開いた。
「ならばユウ殿、此方へ。地球のへそへとご案内します。」
「え? あ、ちょっと…待ってください!」
 神殿の奥へと促そうとするオーラティオにユウは慌てて待ったを掛けた。
「何か?」
 疑問符を浮かべるオーラティオにユウは申し訳なさそうに答える。
「その、案内してくれるのは有難いんですけど、少し準備のための時間が欲しいんですけど…」
 話の流れを削がれ一同気が抜けるが最もな話である。
「…では、準備を終え次第この神殿に戻ってきていただくという事でよろしいですか?」
 気を取り直して尋ねたオーラティオにユウは大きく頷いた。
「はい。よろしくお願いします。」


 そうしてランシールの町に戻った一行。そこでユウが真っ先に向かったのは武器屋であった。
「道具屋ならともかく、どうしてまた武器屋になんて来たの?」
 ダンジョンに潜るための準備というのだからてっきり道具屋で薬草などのアイテムを揃えるものと思っていたのだが違っていたらしい。 レイは首を傾け尋ねた。
「あー、えっと…うん。」
 ユウは始め何故か言い辛そうに言葉を濁したが直ぐに意を決したように腰に差した鋼の剣を手に取った。
「…そろそろ限界かなと思って。」
 アリアハンを旅に出るときに友人であるラスティに貰った鋼の剣。念入りに手入れをしこれまで重宝してきたがそろそろ寿命を迎えているようだった。
「なんか、テドンで戦った後くらいから調子が悪いんだよね。」
 振り返ってもテドンでの地獄の騎士との攻防はそれまでにない壮絶なものであった。 激しい剣戟の中でユウは一度敵の攻撃に耐えきれず剣を撥ね飛ばされてしまったし、何よりその剣戟の中で格上の敵から何度も刃を打ち付けられていたことが不味かった。
 ユウは何とか今後も使えないかと剣を砥直し念入りに手入れを施したがその成果はいまいちであった。 ラスティには申し訳ないがこのままダンジョン攻略。しかも一人で挑戦するとなるとこのままの得物では不安が大きい。 これまでにも様々な町で武器屋を訪れ武器の性能を比較したりすることは多々あったが今回は真剣に買い替えを考慮する必要がある。
「成程ね。それで武器屋か。」
 ティルが納得した様子で頷き店頭に並ぶ商品を見比べた。
 鋼鉄の鞭、大金槌、パワーナックル。どれも鋼の剣より攻撃力があるのは確かだが剣を扱うユウには不慣れな武器ばかりである。
「ユウ、使えそうなのある?」
「…鋼鉄の鞭ならなんとか。あんまり自信は無いけど…」
 ユウも同じ事に思い当たったのだろう。大いに顔を顰めて細々と答えた。
 いくら真剣に商品を見たところで扱える武器が出て来る訳もなく、ユウはその場で嘆息した。
 唸り悩むユウの姿にシキは息を吐いた。
「そんなにガタが来てたなら、ラデュシュのゾンビキラーを持ってこればよかっただろ。」
「え?」
 思ってもみなかった言葉にユウはキョトンとしてシキを振りかえる。
「だってあれはラデュシュさんが村を守る為に使ってる武器でしょ?」
 そんなものを貰うわけにはいけないと否定するユウにシキは再度息を吐く。同様に、ティルは苦笑。
「…あれは父さんの趣味だ。」
「……え、趣味?」
 ユウは呆気に取られ声を上げた。シキとティルが頷く。
「旅の思い出だ。って言って、いろんな町で買った武器を集めて置いてるんだよ。ユウに貸したゾンビキラーは多分その一つ。」
「へ、へぇ…」
 テドンの賢者の意外な趣味に驚くユウにティルは更に続ける。
「杖とか剣とか自分が使える武器だけならともかくとして、爪とか使い道の良く分からない大鋏とかまで集めてて、村のお年寄りによく呆れられてたなぁ。」
「気を使う必要なんか無かったんだよ。」
 懐かしむティルの言葉を呆れ調子のシキが締める。 シキは最早なんと返してよいか分からないユウに三度に渡る溜息を吐くと身を翻した。
「え?ちょっと、シキ?」
 唐突な行動に驚くユウ。シキは武器屋の扉を開けたところで振り返り、
「夜までには戻る。宿で待ってろ。」
 そう言い捨て外に出ると空を見上げた。
 瞬間、シキの周りに魔力が収束する。シキが普段使っている盗賊呪文とは明らかに違った質の魔力だ。
「へっ?」
「ちょっと、何をするつもりよ!?」
 驚くユウとレイを尻目にシキは早々に呪文構成を完成させると、唱えた。
「ルーラ。」
 吐き捨てられた科白と共に、シキの姿は遥か空の彼方へと消え去った。
「…シキってば、移動呪文まで使えたのね。」
 シキの消えた空の彼方を見据えてレイが恨みがましく呟いた。ティルが苦笑して答える。
「ユーラの師匠は基本的には僧侶だからね。役に立つ呪文に関しては徹底的に教え込んでた筈だよ。」
 成程、相手が賢者一族の族長の子供となればさぞ教え甲斐があったことだろう。しかし――
「でも、僧侶はルーラなんて覚えないよね?」
「えーと…ユーラの師匠も器用貧乏だから…かなぁ?」
 ユウのささやかな疑問にティルも疑問符を付けて返した。

 シキが一振りの剣を持って帰還したのは宣言通りその日の夕刻のことであった。
「ほらよ。」
 無造作にユウに差し出されたその剣は、言わずもがな彼の父が所有していた筈のゾンビキラーである。
「ありがとう…でいいのかな?」
 新しい剣が入手出来た事は有難いがタイミング的に恐らく無断で持ち出されたであろうそれを受け取るのはラデュシュに対しての罪悪感が残る。 困るユウとは対照的にシキは全くもって普段通りの様子で吐き捨てた。
「納屋の中で腐らせてるよりましだろ。」
「えーと…まあ、うん。」
 コレクターの趣味のないユウも躊躇いながらもその意見には同意する。
(…次に会った時は、ちゃんと謝らないと。)
 そう心に決めつつユウはゾンビキラーを受け取った。


 因みに、その日の夜、テドンにて。
『ゾンビキラーは貰っていくから』
 殴り書きでそう書かれ無造作にテーブルの上に置かれた紙切れを見るや、ラデュシュは集めた武器をしまった納屋に駆けた。
 しかしそうしたところで既に後の祭りである。勿論そこにゾンビキラーはない。
「やられた…あの悪ガキ!」
 溜息を吐き片手で頭を抱えるラデュシュの姿に追い掛けて来たメリカは笑みを零した。




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実のところゾンビキラーはテドン編でラデュシュからユウに渡る予定だったのですが ユウがうっかり返してしまった為今回こんなイベントが追加されることになりました。








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