第76話−一人旅






 翌朝、再度大神殿を訪れたユウたちはオーラティオの案内で地球のへその入口へと通された。
 修業の場へと通ずる荘厳な門の前に立ち、ユウはごくりと息を飲んだ。
 アリアハン大陸のそれぞれの場所で出会ってからずっと共にいた仲間たち。そんな彼らがここから先は隣にいない。 これまでの冒険の中で、一人旅の経験など殆どない。ユウにとってここから先は未知の領域であった。
 ユウはゆっくりと仲間たちを振り返った。
「じゃあ、行ってくるね。」
 不安を抑えてそう告げる。
「うん。お土産話期待してるよ。」
「無茶はしないでね。怪我には気を付けて。」
「…もし師匠に会ったら宜しく言っておいてくれ。」
 ティルとレイの激励の言葉を聞き、シキの伝言に頷くと、ユウは地球のへそへの門を潜った。

「あーあ、行っちゃった。」
 ユウの姿が見えなくなるとティルが不貞腐れた様に呟いた。
「やっぱり、行きたかったのね…」
 レイが呆れ気味に言うとティルは悪びれもせず頷いた。
「そりゃあ、修業の場って聞くとね。腕試ししたくもなるよ。」
 腕を鳴らすティルにオーラティオが苦笑した。
「修業と言ってもこの地球のへそは肉体を鍛えるための場ではありませんよ。」
「強さを得る為には精神を鍛えることも必要です。」
「成程、心技体という考え方ですね。そういう意味ではこの地球のへその修業は有効かもしれません。」
 オーラティオの言葉にティルは満足気に頷いた。
「機会があれば私も挑戦しに来ても構いませんか?」
「勿論。歓迎しいますよ。」
 形は違えど修行好きという点で一致したのだろう。盛り上がる二人の様子にレイは理解できない様子で肩を竦めた。隣でシキも息を吐く。
「そんな事より、教えてほしい事があるんだが。」
 シキの言葉にオーラティオは漸くティルとの会話を途切れさせシキに向き直った。
「勿論、私に分かる事であればお答えしますが。」
 オーラティオの意識が此方に向いたところで、シキはテドンでラデュシュやユイから聞いたキーワードを口にした。
「四王という存在について、聞かせてほしい。」


 試練へと続く門を潜り神殿を出ると、そこには広大な砂漠が広がっていた。驚きつつも砂漠の中を真っ直ぐに進んでいくと視界の中に巨大な大岩が現れた。 大岩の傍までやってきたユウは、大岩の真下へと続く洞窟の入り口を見つけて再び息を飲んだ。
 ここからが試練の始まりである。深呼吸をし気合を入れなおすと、ユウは地球のへその内部へと歩を進めた。

 地球のへその内部は人工的に造られた空間であった。壁には燭台が掛けられ明かりが灯されており、松明の明かりすらも必要としない。 取り敢えず両手が自由に使えることにユウは安堵した。そして、次の瞬間思い出したように慌てて荷物の中から紙とペンを取り出す。
(…いつもはシキがやってくれてるからなぁ。)
 慣れない手つきでマッピングを行いながらユウは進んだ。 途中無限に続く回廊に迷い込み焦りもしたが何とか軌道修正を図ることが出来た。
 誤りを記載し奥へと進む。ユウは神経を使う作業に息を吐いた。だが、それ以上に神経を使う作業を忘れてはいない。
「キシャァアア!!」
 暗闇の奥から奇声を上げて飛び掛かってきたハンターフライにユウは即座に剣を構えた。

「はぁ、はぁ、はぁ…」
 探索と戦闘を繰り返しながら暫く進んだ先にあった小部屋に入り込むと、ユウは荒い息を整え汗を拭った。
 戦った敵の数はそう多くはない。今のユウの実力で倒せない相手でもない。だが、慣れない一人での戦闘にユウは想像以上に体力を消耗していた。 さらに、追い打ちを掛けるように短い休息の合間にも近づいてくる気配に、ユウはぎくりと身を強張らせた。
 現れたのは箒に跨り宙を飛ぶ魔女だった。魔女は息を荒げながら剣を構えるユウを見下ろすと微笑した。
「ヒェッヒェッヒェ、久しぶりに人間の修行者が現れたと聞いて来てみれば、なんだい、もうバテているのかい?」
「え?!」
 てっきり戦いを仕掛けられるものかと思っていたユウは驚き、思わず構えを解いた。
「なんだい、不思議そうな顔して。あんた、この聖域に修行しに来たんだろう?」
「えっと、修行っていうか…」
 状況が飲み込めないものの何とか事情を説明しようとしたユウは、そこではたと気が付いた。 目の前を飛ぶ魔女の気配がこれまで戦ってきた魔物ではなくエルフの隠れ里に住むエルフたちと何処となく似ている事に。
「もしかして、貴女は妖精族?」
 率直に尋ねたユウに魔女は顔を顰めた。
「あたしが妖精以外の何に見えるっていうんだい?」
「あ、いや、その……!ダンジョンの中に出るのって、魔物ばっかりだと思ってたから。」
 ユウは驚き、慌てふためき、正直に告げた。魔女は呆れたと言わんばかりに嘆息した。
「あんた、ここがどういう場所か知らずに来たのかい?」
「えっと、僧侶たちの修行の場だと聞いてきました。」
 そう答え、ユウはふと気が付いた。
 これまでの経験から塔や洞窟の中に現れるのは魔物であることが多いと思い込んでいたから気付かなかったが、 よく考えればここは聖域。魔物以外のものが居てもおかしくない。ユウは改めてこの地球のへその内部でこれまでに戦った者たちの姿を思い返した。
 ハンターフライ、マッドオックス、スカイドラゴン等々。やはり魔族と対峙する事が多かったが、此処にいる魔女やスカイドラゴンなど、妖精や竜の姿もあった。 彼らが魔の気に当てられて魔物と化した者達ではないのだとすれば・・・
「…もしかして、この中にいる皆も修行の為に来てるんですか?」
「やっと分かったのかい。全く、オーラティオの奴は何をやっているんだい。説明不足は立派な職務怠慢だよ。私たちの仕事が増えるじゃないか。」
 魔女は愚痴を言いながらもユウへの説明は忘れなかった。
「此処にいる奴らはね、修行者であると同時に修行に訪れる者達への試練でもある。たった一人で試練へと立ち向かう過酷な状況の中で互いの力を高め合う為に戦うのさ。」
「互いの力を高め合う為に戦う…!」
 予想だにしなかった戦いの理由をユウは思わず反芻した。
「そもそも、四王を祀るこの地において『異種族だから戦う』なんて無粋な考え方はしちゃいけないよ。」
 魔女の説明にユウは首を傾けた。テドンでユイの口から放たれたその言葉の意味を未だユウたちは聞いていなかった。
「あの、四王って言うのは何の事なんですか?」
「あんた、そんな事も知らずにこの場所に来たのかい!?」
 ユウの問い掛けに魔女は呆れた様子で肩を竦めた。




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