第7話−ロマリア王国









 ぐにゃり。と視界が歪んだ。次いで体が何処かに引っ張られるような感覚と浮遊感に見舞われる。
「――っ」
 思わず固く目を瞑り息を飲むと、その間に浮遊感は収まっていた。
「ここは…?」
 ゆっくりと目を開きあたりを見渡すと、そこは小さな部屋の中であった。ユウは旅の扉の発する青い渦の中からふらふらとした足取りで脱出するとそのままその場所に座り込んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫、じゃないかも…」
 苦笑を浮かべて問うたティルにユウは答えて胸を押さえこんだ。
「…というか、なんでそんなにピンピンしてるのよ…」
 ユウと同様にぐったりとした様子でレイが恨めし気にティルとシキを見上げた。
「慣れてるからな。」
 平然と答えシキは部屋の出口へと移動する。
「シキ?」
「辺りの様子を見てくる。」
 答えると直にシキは部屋の外へと姿を消した。開けられた扉の向こうから射すような強い夕焼けの日差しが差し込んだ。それを見てティルが呟く。
「夕方か…夜までには着けるかな…」
「…アリアハンから旅の扉ということは、ここはロマリア地方よね。」
 レイが相変わらず青い顔をしながらも思い返しそう尋ねた。
「そのはずだね。すぐ傍のはずだから落ち着いたら出発しようか。」
「うん。」
 視線を合せ尋ねるティルにユウはこくりと頷いた。





  2.王家の宝と盗賊



 魔物に襲われることもなく、一行はなんとか日暮れまでにロマリアの城下町に到着した。宿に直行し部屋を取り、荷物を置くと四人はすぐに宿の食堂へと集まった。
「それで、とりあえずアリアハンからは出れたけど、これからどうするの?」
 目の前に置かれた食事に手を運びながらティルが尋ねた。これから数日の大まかな計画を知っておきたいらしい。
「うん、とりあえず、明日はロマリア城に行かないと。」
 ユウの答えたその言葉にレイがギョッと目を見開いた。
「どうして!?」
 今にも机を揺らし立ち上がらんとするほどの勢いで詰め寄ったレイにその場所にいた他の冒険者達の視線が一挙に集まった。 その視線に、我に返ったレイはかっと顔を赤めらせ小さく縮こまり小声で再び尋ねる。
「なんで、お城になんか行かなくちゃいけないのよ…」
 ユウはそんなレイの大げさな反応に驚きつつ苦笑で答える。
「旅立つ前に王様に頼まれたんだよ。ロマリアに着いたらロマリア王様に書簡を届けてくれって。」
「書簡? なんの…?」
「それは僕に訊かれても……」
 なおも詮索を続けるレイにやはり苦笑で返しつつユウは続けた。
「そういう訳で、僕は明日お城に行くけど、皆は…?」

「明日もこの町にいるっていうのなら、私は修行かな。」
 まず、ティルが答えた。どうやら既に決めていたらしく、その表情に一切の躊躇いはない。
「修行って……町を見て回ったりはしないの? せっかく新しい町に来たのに…」
 そうレイが尋ねればティルは迷いなく頷いた。
「うん。ここには来たことがあるからね。」
「そういえば、今までも旅をしていたって言っていたわね…」
 そう言って、レイはあることに気付きティルに向き直った。
「でも、それじゃあ貴方達、どうやってアリアハンに入ったの?」
 アリアハンへと通じる道はつい先ほどまで石壁によって封印されていたはずだ。五年以上前にアリアハンに入ったとすれば年齢的に考えてそれ以前に冒険者という危険な職に就いていることはまずないと思われるが、 そうなるとアリアハンへと入る手立てが無いはずだ。
「いや、私たちは船でアリアハンに入ったから。」
 アリアハンには数か月に一回程度の頻度だが、他国から貿易船がやってくることがある。それに乗り込んだのだとティルは言う。
「それってもしかして密航なんじゃ……」
「…冒険者たちの間では、アリアハンに入国するための常習手段なんだよ。」
 渋い顔をして尋ねるユウにシキは肯定の言葉を告げる代わりにそう答えた。悪びれもせず言い放つその様子にユウは小さく溜息を吐いた。

「…それで、シキとレイは?」
「私は……」
 話を戻すとレイは立てた指を口元に当て、上目遣いに思考を巡らせた。そんなレイの様子を一瞥し、シキが声を上げた。
「用が無いのなら俺に付き合え。」
 その言葉にレイは軽く目を見開くと首を傾けた。
「構わないけど…どうして…?」
 ティルではなく自分を誘う理由が、レイには全く理解できなかった。
「護身術くらいは、身に着けてもらわないと困るからな。」
「うっ…」
 その言葉を聞いて、レイは言葉を詰まらせた。どうやらシキの誘いを受けると自分も町を見て回ることは出来なくなりそうだということを理解しつつも、護身術もままならず、戦闘で常に守られていることを自覚しているレイは意気消沈した様子で頷いた。
「わかりました。」
 シキはレイが頷いたのを見てユウに向き直った。
「そういうことだ。ユウ、城での用はどれくらいで終わる?」
「えっ、昼までには終わると思うけど…。」
「じゃあ、お昼に一旦この場所で集合ってことでいいんじゃないの?その時にまた今後の事について話し合おうよ。」
「わかった。」
 ティルの言葉にユウは微笑で頷いた。


 そんなユウたちの様子を遠くから見詰める一対の視線が合った。 レイの剣幕に視線を向けた冒険者たちが彼等から興味を失い各々の話題に戻ったその後も、その視線の主だけは彼等の様子を見続けていた。
(あれは……)
 視線の主は巧妙に気配を隠し感づかれないよう細心の注意を払いながら胸中で呟いた。
 ユウたちが食事と話し合いを終えその席を立つと、視線の主は空いた席をまじまじと見つめて微笑を浮かべた。
「そう…もうそんなに時間がたったのね。」
 その笑みには何処か陰りがあり、どこか懐かしむような、それでいてどこか自嘲的にその人物は呟いた。
「ごめんね。」
 決してこの場にはいない、実際に面と向かって告げることはないかもしれない言葉を、視線の主は誰もいない空間に向かって言い放った。
 そうしてその人物は席を立ち、彼等とは真反対、宿の出口へ向けて歩き始めた。  










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  改稿版を書き始めてから今までで一番短い(序章を除く)ですが、キリがいいのでここまでにします。
  というかこれ以上続けると場面が変わってしまってものすごく長くなる気がするので…








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