第8話−謎の追跡者






「ふむ、そなたがオルテガの息子か。して、この儂になに用か。」
 ロマリア王の問いかけにユウはばれない程度に身を硬くし、慣れぬ口調を使って答えた。
「はい。アリアハン王から六年前の誘いの洞窟の旅の扉封印についての謝罪と、今後についての要請に関する親書を預かってまいりました。」
「そうか。」
 ユウは、王の指示に従い受け取りに来た大臣に親書を渡すとその場で深く頭を下げた。
「では、ぼ…私はこれで――」
「待たれよ。」
 退室を告げようとしたユウをロマリア王が引きとめた。
「なにか…??」
「……」
 疑問符を浮かべるユウに、王はしばし考える素振りを見せた後口を開いた。
「実は、そなたに頼みたいことがあるのだが……」


 ユウが王に謁見しているころ、シキとレイは二人町外れへと続く道を歩いていた。
 レイは先程武器屋で買った新品のナイフを両手で包むようにして握っており、時折それを不安そうに見詰めている。 力のないものでも扱いやすいという理由から選ばれたものだが、それも今のレイにはずしりと重い。
(…こんなもの、使えるようになるのかしら)
 内心でそう呟き、レイは軽く息を吐いた。
 そんなレイの前方をシキは見た目は淡々と、それでいて後方――レイがいるよりもさらに後ろ――から感じられる人の気配に細心の注意を払いながら進んでいた。
(…やっぱりな。つけられている。)
 その気配は、二人が武器屋を出た直後あたりから常に一定の距離を置いて二人の後をつけて来ており、殆ど気配を感じらさせないことからそれなりの手練であることが窺える。
(だが、何の目的で…)
 金目のものが目当てであれば人気のない通りに差し掛かってから大分経った今までなんの行動も起こしてこないのは不自然であるし、 昨日の夕暮れに辿り着いたばかりのこの町で――シキは過去にティルと共に何度か訪れたことはあるがその際を含めても――恨みをかった覚えはない。
 捕えて聞き出そうにも相手の実力がわからない。その上、此方には戦闘経験の全くないレイが付いているのだ。迂闊に手を出すことは出来ない。
(…それに、少なくとも悪意は感じられない。)
 巧妙に隠していたとしてもそれを相手に全く感じさせないようにするのは難しい。それが出来るほどの実力者であれば危険だが、 シキに尾行を気付かれたことから少なくともその手の技術に関してはシキの方が実力が上だと推察できる。だとすればその視線に悪意の類のものが含まれていればシキに気付けないことはない。
(もう暫く様子を見るか…)
 そう判断すると、シキは背後への注意はそのままに、しかし見た目には何事もないかのように歩を進めた。

 事態が動いたのはそれから暫く後、集合時間である正午を目前に二人が修行を終え、宿へ向かって帰路を歩み始めた時のことであった。
「お〜い、シキ!レイ!」
 背後からの声に振り向くとそこには道なりに此方に向けて駆け寄ってくるティルの姿があった。
「ティル! 貴女、今まで何処に…?」
 タンッと軽い音をたて足を止めたティルにレイは訊ねた。同じように修業をしているのなら少しは顔を合わせることもあるかと思っていたレイだが、実際には朝一番に宿を出たティルとはこの数時間顔を合わすことは全くなかったのだ。
「私?ちょっと町の外にね。」
 ティルは自然な動作でシキの隣に並ぶように着くと再び歩を進めながら答えた。その答えにレイが目を見開く。
「一人で町の外にっ!?」
 大げさなまでにうろたえるレイとは裏腹に平然とした様子でティルは微笑を浮かべる。
「外って言ってもそんなに城壁から離れたところに行ってたわけじゃないよ。町の傍にまで寄ってくる魔物はそう多くないし…」
「それでも、危ないじゃないっ!」
 声を荒げるレイの様子にティルはキョトンとした様子で瞬いた。そして一拍を置いて笑みを浮かべる。
「ありがと」
「えっ?」
「心配してくれたんでしょ? でも、大丈夫だから。 行こう、置いて行くよ?」
「あっ!ちょっと!」
 冗談めかした口調でそう告げたティルに立ち止まっていたレイはハッとして小走りに二人の後に続いた。
 そんなレイの様子に小さく笑みを浮かべていたティルだが、ふと真顔になり前へと向きなおると声をひそめてシキへと告げた。
「…ところでシキ、」
「ああ。」
 ティルが声に出さなかった部分までも理解した上でシキは頷いた。
「いつから?」
「ずっとだ。だが、」
 互いに、互いにしか聞こえない声量で呟き、視線だけを後ろへと向けた。
「…このまま、連れて帰るわけにはいかないな。」
「うん。」
 ティルは頷くと追いついたレイに向けて小さく耳打ちした。
「レイ、次の角曲がるよ。」
「えっ?」
 突如告げられた言葉に疑問符を浮かべて仰ぎ見たレイの手をギュッと握ると、ティルは小さな謝罪と共にその手を強引に引いた。
「ごめんっ!」
「きゃっ!」
 突然の引く力に躓きそうになりながら、やはり困惑した様子でレイはティルに続いた。そんな二人の動作を静観していたシキは、
「…あからさま過ぎるだろ」
 ひとり小さくそう呟くとペースを崩すことなく二人の後を追った。

 困惑した様子で金髪の少女に続く赤髪の少女、そしてそれを平然と見送った後、溜息を吐き面倒そうに追う銀髪の少年。それを見届け彼女は顔を歪めて舌打ちした。そして三人が曲がった角の隅に立つとそっとその先を覗き込んだ。 しかし、その先には誰もいない。もとより人の往来の少ない場所であるために住人の姿すらも見受けられない。
「……やられた」
 彼女はふっと小さく息を吐き片手を顎に当て暫く考えるそぶりを見せた後、メインの通りから外れたその道に堂々と足を踏み入れた。
 一歩、二歩・・・ゆっくりとした動作で慎重に歩を進めていき、そして十歩を過ぎたあたりでぴたりと動きを止めた。
「…素人ならともかく、」
 真後ろから聞こえた声に驚きもせず彼女は耳を傾けた。後ろを振り向くようなことはしない、出来ない。首筋に当てられた冷たい感触に冷や汗が頬を伝う。
「あそこまであからさまに示されれば、それ以上追い続けることは危険だと判断出来たはずだが?」
「…どうして素人ではないと思うのかしら?もしかしたら本当に、こうなることも予測できない素人だったかもしれないわよ。」
 彼女は、圧倒的不利なはずのこの状況の中で、口元を吊り上げはっきりとした口調で告げた。
「ありえないな。完全ではなかったとはいえ素人に真似出来るような気配の消し方ではなかった。其の手の道の人間でなければ気付かれることはないだろうな。」
「あら、それじゃあ貴方は其の手の道の人間、ということ、ねっ!」
 彼女は、少年が首筋につき付けた短剣以外なんの拘束もしていないのをいいことに前方に転がるようにして飛び退くと向きなおり腰に差した剣に手を掛けた。
「……目的は何だ?」
 少年が考えを全く読ませぬ表情で短剣を構え直す様を見て、彼女は再び笑みを浮かべた。
「…そうね、目的は……」
 彼女は権を握る手に力を籠めて真直ぐに少年を見据え、しばらくの沈黙の後、
「目的は、実はないのよ。」
 気の抜けるような言葉と共にその構えを解いた。
「は?」
 流石に呆気に取られた様子で声を上げる少年に、彼女はしてやったりといった様子で満面の笑みを浮かべた。
「だから、貴女も、そう怖い顔で睨んでる必要はないわよ。」
 そう言って彼女は真っ先に赤髪の少女の手を引いて角を曲がった金髪の少女の姿がある。その後ろからは赤髪の少女も恐る恐るといった様子でこちらを観察している。
「あたしはユイ。後の自己紹介は後ほど、ね。」
 三人に向けて彼女は笑顔でそう告げた。










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  十日ほど前にupしようと思っていたものがようやく完成…文才がほしいと切実に思います。








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