第9話−勇者の姉






 謎の女ユイの正体は意外にもすぐに判明した。
 ティル、シキ、レイの三人は、何故か宿まで同行した――というより率先して先頭を歩いていた――ユイと共に席に着き動向を窺っていたが、彼女は無駄な世間話を一人永遠と語り続けているだけで自身のことについては何一つ喋ろうとはしなかった。そして、
「ごめん!遅くなった!」
 正午をやや過ぎた頃になり、城に謁見に向かっていたユウが慌てた様子で皆の元に駆け寄るのを見ると、曖昧な相槌しか返ってこないというのに何故か楽しそうに皆を順番に見まわしながら一人口を動かしていたユイが、軽やかにユウに向かって手を上げたのだ。
「久しぶりね、ユウ。」
「へっ?」
 ユウは仲間三人とは違う、此処にはいない筈の人物の声にキョトンとして瞬き、次の瞬間大きく目を見開いた。
「えっ…?姉さん!?……何で?」
 ユウへと向かっていた三対の視線が途端にユイへと立ち戻り、バンッと机を叩く大きな音が鳴り響いた。
「姉弟!?」
「う、うん。」
「そういうこと!よろしくね!」
 全員の言葉を代返するように叫んだレイに、控え目に答えるユウと喜々として答えるユイ。ティルはそんなユウとユイを見比べ、苦笑を浮かべて呟いた。
「うわー…正反対……」
 誰もがそう思うほどに、二人の行動は対称的であった。

「…それで、どうして姉さんが此処に?」
 気を取り直してユウがそう尋ねると、ユイは今までの態度とは一転、完全に笑みを消し去り睨むようにして外を見据えて口を開いた。
「ロマリアへは、ちょっと所用でね…。それで昨日偶々ここで貴方達を見かけたから、」
 そう言って再び笑み――先程のような純粋な笑みではなく何かを含ませたもの――を浮かべるとユイは立ち上がりユウへと手を伸ばした。
「これも何かの縁かな。と思ったわけよ。と、言う訳で。」
 その笑みに嫌な予感を感じ、顔を引き攣らせ反射的に半歩下がったユウの肩に、振り払うことは許さぬと言わんばかりに強い力を込めたユイの手が乗せられた。
「ちょっと手伝ってほしいことがあるのよ。」
 有無を言わさぬ物言いに、ユウはせめてもの抵抗とばかりに視線を逸らせて呟く。
「でも、僕、ロマリア王様にも頼みごとをされてるんだけど…」
「へぇ……それって、ロマリア王家の宝『金の冠』を『黒き翼』っていう盗賊団から取り戻してほしい。っていう内容かしら?」
 ユイは一瞬考えるそぶりを見せた後、淡々とした口調で言い放った。
「そうだけど…なんで…?」
 これから話そうと思っていた依頼の内容について言い当てられ驚くユウに、ユイは得意気に微笑を浮かべた。
「利害一致ってことよ。ユウ、手を組まない?」
「その前に、事情を説明してほしいんですけど…」
 自分たちをそっちのけで進もうとする話に、ティルは苦笑を浮かべて静止を掛けた。

「『黒き翼』って言ったら義賊よね? あの有名な…」
 漸くユイの手から解放されたユウが席に着くのを待って、レイは口を開いた。
「そうなの? 僕は初めて聞いたんだけど…」
「知らないの!?」
「仕方ないよ。アリアハンには他国の情報は殆ど入ってこないからね。」
 ティルの言葉に納得した様子でレイはユウに対して説明を始めた。
「私も詳しいことは知らないけど、『黒き翼』っていうのは有名な盗賊団の名前で、ロマリア領からアッサラーム周辺を活動の拠点にしているそうよ。」
「主な活動の一つはお金持ちから奪ったものを換金して貧しい人や病気の人に振り撒くこと。」
「後は?」
 レイから引き継いで告げられたティルの説明にユウは首を傾ける。
「一般的に知られるところじゃないけど、過激な盗賊たちの牽制なんかもやってる。基本的にいい人だと思うよ、カンダタさんは。」
「カンダタさん?」
「『黒き翼』の頭の名前よ。その言い方からすると知り合いかしら?」
 頬杖をついて傍観の姿勢をとっていたユイがカンダタの名に反応し、眼を鋭くして訊ねた。その問いにティルではなくシキが口を開く。
「知り合いも何も、この近辺で盗賊として動いていれば、カンダタや黒き翼の一味の連中とはそれなりの確率で顔を合わせることになるからな。」
「個人的な興味で質問させてもらうけど、それって泥棒とか、犯罪紛いの行為じゃないでしょうね?」
「違う。」
 興味でなどと前置きしながらいたって真剣な様子で尋ねるユイにシキは堂々と吐き捨てた。
「ふぅん。それじゃあ何をしていたかの追及はひとまず置いておくことにするわ。  まあ大体皆の言ってくれた通りで、表の世界でも裏の世界でもそれなりに有名所なわけよ。黒き翼もその頭のカンダタも。 特に裏では義賊の中では憧れの対象、それ以外の連中からは畏怖の対象とされてるわね。『黒き翼』と『灯』と『銀竜』には手を出すな。って言われるほどにね。」
(なんでそんなに裏社会に詳しいんだよ…態々調べたのか…?)
 シキは探るような、それでいて何処か呆れたような視線でユイを見たが、ユイはそれを見事に無視して続けた。
「ところが、最近になってその黒き翼が妙な動きをし始めたの。」

「金持からしか奪わないっていう基本姿勢が変わったわけじゃあないわ。事実今回盗んだのも二つとも王家の所有物だもの。でも、そのうちの一つが大問題なのよ。」
 此処からが本題と言わんばかりに先程までとはガラリと纏う空気を変えてユイは淡々と述べる。
「一つは『金の冠』よね。ユウが頼まれたっていう…それだって儀式用の冠なのだとすれば十分問題だと思うけど…」
 先程の姉弟の会話を思い出し呟いたレイに、ユイはキッと鋭い視線を向けた。
「そんなの国の威信が落ちるだけじゃない!そんなことはどうだっていいのよ!」
 国の政に携わる人間がいれば反論を返したくなるような言葉を堂々と言い放ちユイは早口に続けた。
「私たちにとって特筆すべきなのはこっち!なんとあいつ等ポルトガへ続く関所の鍵を奪って逃げたのよ! おかげで行商人や冒険者たちは皆ロマリアで立ち往生よ!!おまけに『取り返したければ捕まえてみな。オルテガの娘』ですって!あの男、冷たい牢の中で土下座して謝るまで絶対許してやらないんだから!!」
「あぁ…それで……」
 一人憤慨するユイのある一言にユウは納得した様子で溜息を吐いた。
「どうしたの、ユウ?」
「姉さんが、珍しくやけに執着してると思ったけど、その訳が解ったんだ。」
 どこか寂しげに、ユイを通して遠い昔を振り返りながらユウは続けた。
「姉さんは嫌いなんだ『勇者オルテガ』のことが。だから『オルテガの娘』って呼ばれると、あんな風になる。」
 ユウは未だ何事か怒鳴り続けるユイを指差した。
「だから、姉さんの前で父さんの話はしないでね。 それと、なんか成り行きで着いて行くことになってるみたいだけど、本当にいいの?」
 我が侭な姉に仲間までもが振り回されることに罪悪感を感じつつユウは尋ねた。
「ユウは王様にも頼まれたわけでしょ。だったらどっちみち目的は同じだし。」
「相手が私怨であっても、そいつの言うとおり利害が一致していることは確かだしな。」
「それに、これから世界中を回ることになるのなら、ポルトガには行く必要があると思うわ。」
 口々に肯定の意を示す三人を見回しユウはほっと微笑みを浮かべた。
「ありがとう。」
 そんな弟とその仲間達の会話を聴いて、いつの間にか落ち着いたらしいユイが一言。
「と、言う訳で、よろしくね。明日の朝町の入り口で待ってるわ。」
「……とりあえず、お前の姉が勇者として旅立たなくて良かった。」
「あはは……」
 シキの一言にユウは乾いた笑みを返すしかなかった。










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