翌朝、言われたとおり町の入口へと赴いたユウ達だが、そこにはユイの姿はなかった。代わりにそこには赤茶色の髪と瞳の法衣姿の人の良さそうな青年が一人。青年はユウたちの姿を認めると歩み寄り、 「貴方がユウ君ですね。ユイから話は聴いています。彼女と共に旅をしているエルと申します。」 「ユウです。よろしくお願いします。」 丁寧な礼にユウも慌てて礼を返す。それに続いて各々が自己紹介を終えたその時、ちょうどそのタイミングを図ったかのように小走りにユイが現れ一行の前で立ち止まった。 「ごめん!遅くなったわ!」 ユイは潔く頭を下げると直に町の外へと向きなおり気合いの籠った人声を発した。 「さあ!まずは北へ向けて出発よ!!あんな悪党直に憲兵に突き出してやるんだから!!」 「…先行きが不安だな。」 「ごめん…」 「すいません。」 ぼそりと呟かれたシキの言葉に返答を返したのはユイ本人ではなくその弟と相棒であった。 シキの不安は直に的中した。それはロマリアの町から離れて暫く、一行の前に魔物の群れが立ち塞がった時のことであった。 「ユウ!行ったぞ!」 「うん!」 「シキ、ユウ、下がって!!」 「――行きます、バギ!!」 皆が声を交わして連携を取り合いながら魔物と対峙する中で、安全な位置まで離れてその様子を眺める二人がいた。 一人は未だ戦い方を知らないレイで、危険なので敢えて安全な位置まで下がらせ待機させているのだが、問題はもう一人の方である。 「ユウ!何やってるのよ!!それぐらいちゃっちゃと仕留めなさい!」 「無茶言わないでよ!!」 多対一という状況に苦戦するユウに野次を飛ばすその姿にレイは困惑した様子で尋ねた。 「貴女は、行かないの?」 「あれくらい男たちとティルちゃんに任せておけば大丈夫よ!」 片目を閉じて自信満々といった様子でそう返すユイに、レイは冷ややかな視線を送りつつ内心で嘆息したが、 その目に戦闘の輪から抜け出し此方へと向かい来る一匹のアニマルゾンビの姿を捉え驚愕にその目を大きく見開いた。 「っ! きゃあっ!!」 牙を剥き勢いよく飛び掛る魔物の姿に思わず目を瞑るレイ。それとは正反対にどこまでも平然とした様子でアニマルゾンビの姿を目で追っていたユイは、 魔物が攻撃の間合いに入りくる直前に、レイの前へと割り込み、腰に差した剣を抜き放ち、魔物に向かって一閃した。 「ギャワンッ―――」 剣は奇麗な弧を描き、その一閃で急所を突かれたアニマルゾンビはけたたましい声を上げて地に転がった。 「ふぅ。大丈夫?」 魔物が絶命したのを確認し、得物をしまいながらユイはレイの方を振り返り、尋ねた。 「え、えぇ」 緊張を解き、ほっと息を吐きながら頷くレイ。彼女の無事を確認すると、ユイはふっと微笑を浮かべ、すぐに前へと向き直った。 「そう、ならいいわ。――こらっ!ユウ、しっかりやりなさいよね!!」 「うっ…ごめんっ!」 そして、不意の出来事をも利用し弟への野次を再開するユイの背を呆然と眺めながら、レイはふと考えた。 (もしかして、守ってくれているのかしら…?) 直接戦闘には参加せず、あえて軽い態度をとりながら、決して傍は離れずに。だとすれば礼を言わなければ。 だが、礼を告げるつもりで名を呼ぼうとして、レイは言葉を詰まらせた。ティルやユウ――ユウはユイに対してはそうではないが、エルに対してそうしている――のように敬語を使うべきなのか迷ったためである。 しかし、レイは二人のように自然に使えるほど敬語を使うことに慣れていない。 「あの…ユイ、さん。」 結果、中途半端にとってつけたように敬称をつけたレイに対してユイは自然な動作で振り向き告げた。 「なに? それと、呼び捨てで構わないし態々敬語を使う必要はないわよ。慣れてないんでしょ。」 「…ごめんなさい」 あっさりとした物言いに何やら逆に申し訳なくなって呟いたレイは、次に告げられたユイの言葉にはっと身を強張らせることとなる。 「むしろ、本当なら敬語を使わなくちゃいけないのはあたしの方かしら。…なんてね。」 「えっ!!」 試すような微笑と共に発せられた言葉に露骨に反応を示すレイに、ユイはたまらず口元に手を当て小さく声をたてて笑った。 「ふふっ、貴女、すぐに顔に出るのね。ユウにそっくり。素直なのはいいことだけどもう少し隠し事が出来るようになった方がいいんじゃないかしら? もっとも、 あたしみたいに色々伝承に詳しい人間には意味がないでしょうけど。」 「……」 レイはユイの言わんとしていることに確証を持ち、表情を険しくして押し黙った。暫くの間、二人の間に沈黙が走り、それを先に打ち破ったのはユイだった。 「まあ、誰にも言うつもりはないから安心しなさい。さあ、行きましょう。」 そう言ってユイに示されて初めて、レイは既に戦闘が集結していることに気が付いた。 「レイ、姉さん! 早く!」 「あ、待って!!……ありがとう。」 言うや否や慌てて駆け寄るレイの後ろをのんびりと歩いて追いながらユイはある一点を見つめぽつりと呟いた。 「まあ、知っているのは多分、あたしだけじゃ無いと思うんだけどね…」 小さく発せられたその声は、誰の耳にも届くことなく空気に混じり消えていった。 その後も途中何度か魔物の襲撃に遭いながらも数日後には一行は無事にカザーブの村に辿り着いた。 「カザーブかぁ…」 ティルがどこか落ち着きのない様子で呟いた。その場から村を見渡し何かを探すようなその仕草に、相棒が何を考えているのか察したシキは同じように村の方に目を向けながら嗜めるような口調で言った。 「後にしろよ。」 「わかってるって。」 皆はその間、他の者には分からない短いやりとりを展開する二人を興味深げに見つめていたが、その会話が終わるとユイが皆へと向き直って口を開いた。 「ここまでは、何の手がかりもなしね。」 カンダタ率いる黒き翼の面々が北の方へ去っていくのを見たという情報を頼りに、 北へと進路をとりつつ怪しいものがないかそれなりに気を配っていたのだが、今のところアジトらしき建物も彼等が通ったと思しき痕跡すらも存在しなかった。流石は一流の盗賊団といったところか。 「そうですね。この村で一度情報収集としましょうか。」 至極真面目にそう返したエルの隣で、レイが深々と溜息を吐いた。 「どうでもいいから早く休みたいわ。」 体力もなく、旅慣れぬ彼女には、山越えはかなり辛かったらしくもはや何をする気力もないと言わんばかりに肩を落とし両腕をだらんと垂れ下げてる。 「大丈夫?」 気遣わしげにレイを見やるユウだが、この中でレイの次に疲労が色濃いのはやはり旅慣れていないユウであろう。 「そうね。取り敢えず今は宿に向かいましょうか。その後は自由行動ってことで。あ、宿に残る人以外は情報収集を忘れないで頂戴ね。」 まず初めに宿を出たのはティルだった。荷物を置くや否や「出かけてくる」という一言と共に飛び出した彼女に続いて教会に行くからとエルが。 それから暫く後、一通り武器の手入れを終えたらしいシキが村に出て行くのを見、それを追うようにしてユイが飛び出していった。 残った二人のうちレイは、宿に着くなり行儀も何も完全に無視してベッドに突っ伏していたので、一人暇を持て余すこととなったユウも散歩兼情報収集の為に宿を出た。 もちろんユウもレイと程ではないにしても慣れぬ旅での疲労を感じていたが、もともと旅に出る為に体力づくりを行っていたので、気ままに村を見て回る程度のことに支障をきたすほどのものではなかった。 そして適当に村の中を進んでいた矢先、ユウはここ最近で見慣れた金のツインテールの人物を見付け、声を上げた。 「ティル!」 「あれ?ユウ、宿にいたんじゃなかったの?」 ティルは武器屋のカウンターに前屈みになって肘をつけたまま振り返った。カウンターの向こうに店の者の姿は見受けられず、その代り店の奥で何やらゴソゴソと物を動かす音が聞こえてくる。 「僕は散歩。レイ以外は皆出て行っちゃったから。ティルは?」 「私は――」 ちょうどその時、奥にいた店の主が此方に戻ってくるのに気付き、ティルは一旦言葉を切った。 「待たせて悪かったね、お嬢ちゃん。」 店主は苦笑を浮かべてそう告げると手にしていたものをカウンターの上に置いて見せた。 「此処数年、魔物が強くなったせいで村に来る冒険者の数も少なくてね、客足が途絶えてたもんだから片付けたのを探すのに時間が掛っちまった。これでいいかい?」 「うん。ありがとう、おじさん。 えっと、お代は…?」 「ああ、870ゴールドだよ。」 ユウはティルの隣からカウンターを覗き込み、勘定を終えたった今ティルの物になったそれを見た。 「それは、爪?」 爪とは、手に装着して扱う鉤爪状の武器の総称で、主に武闘家達の間で愛用されている。 「うん。カザーブの鉄の爪は武闘家の間じゃあ結構有名だから。前々から欲しいと思ってたんだ。」 上機嫌に話すティルは、その直後百八十度表情を変えて口惜しげに呟いた。 「…私は、剣は上手く使えないし、ユウやシキほど力も強くないから。」 自嘲気味に呟かれた言葉に驚きを覚え若干目を見開きながら、ユウは思い浮かんだ言葉を喉元で押しとどめた。 (もう、十二分に強いと思うんだけど……) 明らかに経験の差以上に開いている実力差は少なくとも今すぐに埋めることは出来そうもない。 ティルには申し訳ないと思いつつも、彼女にも弱点があったことに――と言っても、男であるユウやシキよりも力が無いのは考えれば当然のことなのだが―― ユウはほんの少しの安堵を覚えた。 back 1st top next 只今の実力差ティル・シキ・ユイ≧エル>ユウ>>レイこんな感じです。 完全に戦闘ど素人なレイはともかく、ユウは経験不足から来るところが多いですが。 力比べならティルやユイよりは上ですし、魔法禁止の模擬戦ならエルには勝てます。 ティルの腕力は女子平均よりは高いですがずば抜けて高いわけでは無く、 必死の努力で埋めていますが寧ろ筋肉の付きにくい体質という可哀想な設定。 代わりに脚力、瞬発力に関しては抜きんでて高いです。…どんな体質だ |