第11話−シャンパーニの塔






「あれが、シャンパーニの塔ね。」
 小さな茂みに身を潜め、ユイは高くそびえる塔を見上げるようにして呟いた。
 カザーブの村を囲うように連なる山々を西に抜け、平原を西南に進んだところに在るその塔が盗賊たちの住処となっているようだという情報は意外にもすぐに入手できた。 村の中は今、その話題で持ちきりのようで、村人に話を聞くと誰もが口をそろえてこの塔の名を口にした。ロマリアの城下町からカザーブに至るまでの間には全くの痕跡を残さなかった彼等が 一変して突如村中で取り沙汰される様な大きな証拠を残しているというのだ。まるで誰かがそうなるように手引きしたかのような状況に誘われているという嫌な確信を強めつつも、 だからと言って諦めるわけにもいかず、又、強気のユイに押し切られるようにして一行はここまでやってきたのだ。
 ユイは、茂みの中から人の居ない塔の入口を覗き、此処に近づくにつれて険しくなっていた表情をさらに歪めた。
「…見張りも置いていないなんて、舐めてるのかしら?」
「まぁ、見張りを立てるまでもなくその気であれば私たちのことなんて簡単に確認できるんでしょうけど。」
 ユイを宥めるようにしてティルが告げる。実際、塔の周囲には障害物になるようなものは殆どなく、近付く人間がいれば上階から容易に視認できるであろう。 その何の障害もない平原を抜けて来たのだから、今更辛うじて見つけた小さな茂みに身を潜めても気休めにしかならないということは、もちろん誰もが理解している。
「わかってるわよ、そんなことは。…ただね、」
 人一倍プライドの高いユイには、ことの起こりの挑発も、カザーブでの誘いも、カンダタの起こす全ての行動が癇に障る。 考えれば考えるほど募る怒りの捌け口を探していたユイの耳に、サクッと草を踏みしめる音が届いた。
 ユイは背後から聞こえたその音に反応し、振り返ると、それまでの不機嫌な調子から打って変って一見裏のないような微笑を浮かべて金の双眸を真直ぐに見据えた。
「おかえりなさい、シキ君。で、どうだった?」
「……、少なくとも塔の周りに罠らしきものは見当たらない。」
 塔の周囲を巡回し終え戻ってきたシキは、歩み寄る途中にしっかりと不機嫌なユイの声を聞いていたため、豹変した彼女をじと目で見やりながら答えた。
「そう。じゃあ、行きましょうか。」
 意気揚々と出発を告げるユイの姿にユウは深々と嘆息を落とした。


 入口どころか一階にも二階にも、盗賊たちの姿は見当たらなかった。それどころか塔の中は周辺に現れる魔物たちの住処とされていて、体力を温存しておきたい状況であるにも関わらず、 時折襲い来る魔物たちを相手に戦闘を余儀なくされていた。噂が本当で黒き翼の盗賊たちがこの塔を根城にしているのだというのなら、彼等はいろんな意味でかなりの大物と言えるのではないだろうか。 そんなことを考えている内に、三つ目の階段を上がり、一行は四階にまで辿り着いた。盗賊たちの姿は未だ見当たらない。
「……本当に此処にカンダタがいるんでしょうね?」
 どこまで進んでも人の気配ひとつしないこの状況にレイが不安気に尋ねた。
「外観からして、そろそろ最上階に近付いているはず。だとすればそろそろ……」
 対するユイは、険しい表情を浮かべ口元に手を当て一人考えを纏める様に呟く。思考に集中しているようで、レイの問いに答える気はあるのかどうか定かではない。
「確かに、あって後一、二階といったところか。」
 罠がないか探りながら先頭を歩くシキが、ユイに同調し、頷いた。
「…そうよねぇ、いい加減――」
 ユイは、それに頷き返し、さらに言葉を続けようとして口を噤んだ。内壁に沿って角を曲がったその先に、木製の、それなりに立派な造りの扉が現れたためだ。
「………」
 ユイは扉の前に立ち、まじまじとそれを観察すると、どこか嬉しそうな、それでいて怒りを含んだ調子で腰に差した剣に手を当て笑みを浮かべた。
「…如何にもって感じよね。」
「えっ、ちょ――!!」
「ユイさ――!!」
 そして大きく予備動作を付けると、それに驚き静止の声を上げる面々を無視して勢い良く扉を蹴破った。 ドオン。と大きな音が辺りに響き渡った。

 扉の中の空間には、武器や防具やその他の道具等がある程度纏めて置かれており、此処が盗賊のアジトとして使われていることが容易に窺えた。 それを横目に見ながら一行は、扉を蹴破ったそのままの勢いで駆けるユイを追って、部屋の最奥にある階段を登りきった。
「なんだっ!貴様らは!!」
「侵入者だ!お頭に報告を!」
 次の階は盗賊達の居住空間となっていたようで、侵入者の姿を認め居合わせた盗賊達の内数人が上階へと駆け上がり、のこりが次々と武器を手に攻撃態勢に入る。
「邪魔よ。」
 低い声で唸り、剣を引き抜くと、ユイは複数の盗賊達全てを無視するかのように、一直線に上階へ続く階段を目指して駆け出した。
「はぁ…また無茶を。」
 それを追い、盗賊達の攻撃を往なしながら進む途中、エルが諦めを含んだ口調でぽつりと呟いた。

 その足の速さから、ユイに次いで階段の場所まで達したティルとシキが、互いに目配せをして立ち止った。
「ティル、シキ!?」
「いいから、止まらないで!」
 振り返り、盗賊達を見据えると、驚き声を上げるユウに早口に返答を返す。
「此処は任せて先に行って!」
 二人を追い抜かし階段の途中で立ち止ったユウに一瞬だけ目をくれそう告げる。
「でも――」
「次の階で全員相手にするより、此処で足止めしていたほうがいい。大丈夫、任せて。」
「…わかった。任せたからね!」
 力強く告げるティルにそう言い残し、ユウは残りの段差を駆け上がった。
「さて。」
 ティルは改めて盗賊達に向き直り、構えた。その隣でシキも短剣と鞭を手に相手方を見据える。
「悪いけど上へは行かせない。私たちが相手だ。」
 十数人いる盗賊達に臆することなく、ティルは堂々とそう宣言した。


「来たか。」
 塔の最上階で待ち受けていた巨漢の男は侵入者の姿を認めると何処か歓喜を帯びた声音でそう言った。
「漸く見つけたわよカンダタ!」
 それとは対照的に、静かな怒りを纏った調子でユイが言い放つ。
「オルテガの娘…それに、息子もいるのか。」
 若干遅れて現れたユウの姿に、多少驚いた様子で告げるカンダタに抜き身の剣を向けて、ユイは叫んだ。
「…盗んだ鍵と冠、返してもらうわ。ついでに、あんたのことも冷たい牢獄にぶち込んであげる。」
「へっ、やってみな!」
 短い見詰め合いの末、ユイはカンダタにとびかかり、素早い一閃を繰り出した。










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  この話ではカンダタは覆面パンツではない設定。








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