第14話−それぞれの道へ






「姉さんっ、大丈夫?!」
 ユウはユイが剣を鞘に納めると同時に彼女に駆け寄り尋ねた。
「ユウ…えぇ、なんともないわ。」
 ユイは弟の姿を見やるとふっと微笑を浮かべてそう答えたが、直にカンダタが去った壁穴へと視線を落とした。
「……脱出用の仕掛けとはね。随分と用意周到じゃない。」
 そう呟く彼女は誰が見ても不機嫌と解るような雰囲気を醸し出し、穴からのぞく外界の景色をにらみ付けている。 不機嫌の原因が此方が怪我をしない様にカンダタが手加減して戦っていたことか、そのカンダタに逃げられてしまったことか、はたまた『オルテガの娘』と呼ばれたことか、 おそらくその全てあろうことは想像に難くない。
 やがてユイは感情の乱れを消し去り帰路に着こうと視線を階下に繋がる階段の方へと向けて、
「…ユウ、エル、レイちゃん。」
 突然名を呼ばれ視線を向けた三人に、ユイは彼等が戦っていた方向を示した。
「逃げられてるわよ。」
 気絶させていたはずのカンダタの手下たちは、跡形もなくその場から消えていた。

「ごめん…」
「べつに構わないわよ。どうせ親玉にも逃げられてるんだし、取り敢えず金の冠さえ取り戻せばロマリア王は満足なんでしょ?」
「うん。」
「なら問題ないわよ。カンダタの科白からして冠はこの塔の何処かにあるんでしょうし、それを探して――」
 中途半端に言葉を飲むと共に足を止めたユイにぶつかりそうになり、ユウは慌てて足を止めた。
「姉さん、どうしたの…?」
 尋ねつつユイの影から半身を乗り出し前を見たユウは驚きに目を見開き彼女と同じように動きを止めた。
「…うわぁ」
「へぇ、やるじゃない。」
 ある種の感嘆を覚え声を上げるユウと微笑を浮かべて呟くユイ。そんな二人の様子に釣られて階下を覗き込んだレイはその光景を見て引きつった声を上げた。
「なっ、なによこれ!」
 そこでは十数人の男たちがのびきって床と抱擁を交わしていた。
 そんな中扉よりの壁にもたれて此方に向き直る一つの影があった。
「あれ、結構早かったんだね。」
 この部屋に残ったものの中で唯一意識を持った彼女は、そんな彼らの様子に首を傾けつつ微笑みを浮かべて言った。

「ティル、この人たち大丈夫なの?」
 ユウは平然と傍までやってきたティルに辺りに倒れ伏す男たちを指して尋ねた。
「うん。気絶させただけだから。」
 あっさりとそう返すティルにユウは乾いた笑みを浮かべた。事も無げに言うがこの場に倒れ伏す男たちは先程ユウやエルが伸した者たちとは違い、 放っておいても暫くは目覚めそうもない。ピクリとも動かない彼等にユウは同情を覚えた。
「それで、シキ君は?」
 此方も事も無げにユイが尋ねる。ティルはそこで初めて彼のことを思い出したかのように、あぁ。と態とらしい声をあげて告げた。
「一応、気絶させる前に宝物庫の場所を聞いておいたんです。目当ての物がそこにあるかもしれないということで探索に行っているところです。」
 ティルが説明を終えると、見計らったかのようなタイミングで扉が開いた。
 そこから現れた相棒の姿を肩越しに見、ティルは尋ねた。
「どうだった?」
「見ての通りだ。」
 そう言って彼は黄金に輝く王冠を持ちあげた。



 それから数日後。ロマリアの城下町をすっぽり囲んだ城壁の外側でユウとティル、レイとエルは四人所在無さげに佇んでいた。
「…遅いね、姉さんとシキ。」
 今日此処にやって来たのは再びカンダタを追って旅に出るというユイとエルを見送るためだ。 しかしその時間になってもシキと当の本人であるユイが現れない。
「そうね。…集合時間まではっきり指定していたくせに、何やってるのかしら。」
「すいません…」
 やや立腹した様子で返すレイにエルが小さく謝罪する。レイに同意を示しながらティルは小さく息を吐き、胸元に下げた赤い石を手の中で転がした。

 シキは街道を歩きながら背後に続く気配を確認し、溜息を吐いた。彼が立ち止ると背後の人物も立ち止り、歩を進めると一定の間隔を開けたまま相手もまた動き始める。 振り返ると、彼女は隠れる気など微塵もないという様子で堂々とシキの前に姿を曝け出した。
 シキは、相手の意図が読めず、表情には出さずに困惑する。
「…何か用か?」
「……」
 単刀直入にそう問うたシキに相手は沈黙を持って返す。
 相手―ユイは何か思うところがあるのか顎に手を当てて考える素振りで此方を見据えている。
 返事を返そうとしないユイに業を煮やし、シキはさらに続けた。
「お前、カザーブでも俺の事を付けていただろ。」
「あら、気付いてたのね。」
 これには先程の沈黙が嘘かのようにあっさりと返答が返った。
「隠す気なんて無かっただろう。」
「まぁ、ね…」
 ユイはそう言ってまた暫く沈黙し、意を決したようにシキに視線を合わせた。
「シキ君。ちょっと聞きたいんだけど…」
「?」
「何処かで、会ったことあるかしら?」
 訝しむシキにユイは自身も自信無さげに尋ねた。
 シキの左耳に付けられた小さな赤い石のピアスが光を反射してきらりと輝く。 「いや。記憶にないが?」
 ユイはそれに一瞬目を奪われたがシキの声に我に返った。
「そう。…そうよね。」
 ユイはやはり何か考える素振りを見せ瞬いた後、表情を一変させて早足に進み始めた。
「さあ、もう時間も過ぎちゃってるし、急ぐわよシキ君!」
「誰のせいだよ」
「気にしない気にしない。」
 冷静に切り返すシキを追い抜きながらユイは笑顔でそう返した。
(…気のせいよね。あたしも会った覚えは無いし。でも、なにかしらこの即視感は…)
 追い抜きざまにシキの横顔を見詰めながらユイがそんな思考を巡らせていたということを彼は知る由もない。

「さてと、悪いわね。見送りまでさせちゃって。」
 シキと共に遅れてやってきたユイは謝罪しエルから荷物を受け取るとユウたちと向かい合って改まった様子で告げた。
「うん。アッサラームに行くんだったよね。」
「ええ。暫くはそこにいるつもりよ。」
 ユイ達はカンダタについての情報を探るため此処ロマリアから南東に位置するアッサラームの町に向かうことにしたらしい。
 アッサラームは此処ロマリアや、陸南西のイシス、山を越え東部のバハラタの町を繋ぐ中継地点となっているため、旅人や商人などが訪れ人の出入りが激しい。 また、冒険者ギルドや商人ギルドの等の正規ギルドの他、盗賊ギルド等の公には立ち回らない様な非正規な組織も多く存在していて情報収集にはもってこいの場所であるのだ。
「まあ、少しのんびりしながらカンダタの居場所を掴んで出発ってところね。 ユウ、そういう貴方達はノアニールだったかしら?」
「うん。何かあったみたいだから、気になって。」
 ロマリアの町中で十年ほど前からノアニールに住む友人に手紙を出しても返事が返ってこないという話を耳にした。 その話を皆に持ちかけたところ、レイがカザーブの村でもそのノアニールの村を題材とした不吉な噂を耳にしたというのだ。 曰く、ノアニールに近付いたものはエルフの呪いによって覚めない眠りに就くのだとか。
 あくまでも噂であるので信憑性の程は高くは無いが、ユウが聞いた話と照らし合わせるとあながち唯の噂だとも言い切れない。 それにノアニールの村の傍に妖精の住む森があるというのはこの辺りではそれなりに有名な話であるらしく、 事の真偽を確かめる目的でユウたちはノアニールへと向かうことにしたのである
「そう…気を付けるのよ。もしその噂が本当だとしたら相手はエルフ。妖精族の魔法にはくれぐれも注意しなさい。」
 妖精族は人間よりも強い魔力を持つと云われている。特にエルフはその最もたる種族である。
「戦うつもりなんて、無いんだけど…」
「いいから素直に聞いときなさい。姉さんからのアドバイスよ。」
 ユウは調子よく己の肩を叩くユイにじと目を送り口を開いた。
「姉さんこそ、この前みたいに一人で突っ込んだりしたら今度こそやられちゃうよ。」
「余計なお世話よ!」
 あえて誰とは言わずに告げたユウの肩をユイは今度は本気で叩きつけた。

「それじゃあ行くわ。」
 頃合いを見て雑談を打ち切りユイはきっぱりとした口調で告げた。
「うん。気を付けて。」
「ユウも、ね。」
 そう言って姉弟は微笑み合う。ユイは次いで弟の三人の仲間たちと向き合った。
「ティルちゃん、レイちゃん、シキ君。」
 三人の名を順に呼び、ユイは軽く頭を下げた。
「ユウの事、よろしくね。」
「はい。」
「ああ。」
「こ、此方こそ!」
 三人の返答を聞き、ユイは綺麗に微笑んで、くるりと百八十度反転し進路を取ると、直に顔だけ振り返った。
「それじゃあユウ、また会いましょう。行くわよエル。」
「ええ。それでは皆さんお気をつけて。」
 エルは慣れた様子でさっさと歩き始めるユイの後に続き、二人はその後振り返ること無く草原の先へと進んで行った。
 あっさりと遠ざかる約三年ぶりに再会した姉の後ろ姿にユウはやや寂しげな微笑を浮かべていた。










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