第15話−眠りの町









 澄んだ空気の満ちる森の中に一人の少女と一組の男女が向かい合って立っていた。
 三人が居るのは森の奥深くだが、木々の合間から差し込む明るい光のためか、薄暗くはなく、また、森全体が、澄んだ空気と明るい光の調和のためか、神聖な雰囲気を醸し出している。
 男女の向かいに立つ少女は10歳程度の小さな子供で、しかし少女は年不相応な厳しい顔つきで前方の二人を見上げている。
「どうしても、行くというのですね?」
 少女の問いに男女はそろって首を縦に振った。その瞳には決意の光が宿り、一片の曇りもない。果たしてそれが良いことなのかどうか・・・
 少女は肩を落とし小さく息を吐いた。
「…あの子を置いて?」
 その問い掛けが発せられた途端、男女は共に悲しそうに目を伏せ、それでも二人は頷いた。
 女性は悲痛な面持ちのまま、それでも真直ぐに少女を見据えて頭を下げる。
「あの子のこと、よろしくお願いします。」
「……」
 少女は何も答えなかった。
 少女の代りに女性の言葉に肯定するかのように、三人の間に優しい風が吹き抜けた。
 風は少女と女性の森の木々と同じ緑色の髪をふわりとなびかせ森の奥へと消えていった。





  3.眠りの森の妖精



 ロマリアからカザーブを経由し、さらに北側に山を越えたところに、ノアニールの村はあった。
「なに、ここ…」
 村の入り口で立ち止まり、レイは呆然と呟いた。その隣では同じく立ち止まったユウが、緊迫した面持ちで村の中を見渡している。
 二人が立ち止まるのも無理はない。ひっそりと静まり返った村の中に一歩足を踏み入れた途端、まるで長い間外界と遮断されていたかのように、がらりと空気の質が変わったのだ。 その質はまるで村への進入を拒むかのように重い。
 それを意に介した様子もなく村の中に立ち入ったティルは手近なところに立っていた村人の青年に近付き、声を掛けようとして、止めた。
「これは……」
 ティルはゆっくりと視線を動かし探るように青年を見て呟いた。
「この人……寝てる?」
「えっ!?」
 予想だにしなかったティルの言葉に困惑しながら、ユウとレイはティルの方へと駆け寄った。 ティルは二人が傍に来たのを確認すると、人差し指をたて口元に当てた。その意味を察し、ユウとレイが沈黙し、息を潜めると、
「ぐぅ…ぐぅ…」
 青年が立てる微かな吐息の音が、三人の周囲に響き渡った。
「…まさか、本当に?」
「ねえ、ちょっと!」
 唖然とするユウの隣から、レイが青年の肩へと手を掛けて揺すり始めた。
「ちょっと!聞きたいことがあるんだけど!!」
 しかし、いくら揺すっても青年が反応を返すことはなく、ただ永遠と規則正しく呼吸を繰り返すだけであった。
「どうなってるのよ?」
「私に聞かれても…」
 肩をすくめ、ティルは相棒の方へと視線を移した。別に代わりに答えさせようとかそういうことを考えたのではなく、 ただ単に三人が立ち止ったこの場所から、もう少し村の内部へと立ち入り戻ってきた彼に周囲の状況について確認を取ろうとしたためだ。
「どうだった?」
「そいつだけじゃない。俺が見た限りでは全滅だ。」
 村の奥、おそらく中心部へと繋がっているであろう道を示してシキは告げる。彼も村全体を見てきたわけではないが、この分ではおそらく村中どこを回っても同じであろう。
「どうして、こんなことに…」
 ユウは見える範囲で、見掛け上のどかに見える村を見渡し呆然と呟く。

「エルフの呪い。ですよ。」

 ユウの呟きに答える様にして、突如背後から聞こえた声に四人は一斉に振り返った。
 四人からそう遠くない位置に、尖った耳と森の木々と同じ緑色の髪と目を持った十歳ほどの小さな少女が気配も無く佇んでいた。
「あなたたち、人間ですね。どうぞこちらへ、事情を説明しますから。」
 年不相応な大人びた微笑みを見せながら、緑色の少女は四人を追い越しゆっくりと村の奥へと歩を進め始めた。 四人は顔を見合わせ無言で頷くと少女に続いて村の中へと進み始めた。何も解らない現状では、それが最善の策に思えたから だが、そんな中で歩を進めながらも何処か渋い表情を浮かべた二人がいた。
「ねぇ、シキ。あれって、やっぱり…」
「……だろうな。」
 何処か遠い目で少女を見、尋ねるティルに、シキはどっと疲れた様子で頷いた。
「…ってことは、これも、」
「…言うな、解ってる。」
 ティルの言葉を途中で遮りシキはうんざりとした様子で吐き捨てた。
 基本的に、彼等が係わる事件は、本当に厄介な代物なのだ。
 身をもってそれを知っている二人は同時に、しかし少女に気取られないように小さく嘆息した。


 少女が向かった先は、ユウたちがいた場所からは反対側の村外れにある一軒の家であった。
 少女は家の前で他の村人と同様に立ったまま眠っている少年を無視して家に上がるとユウたちに居間にある椅子を勧め、 手際良くお茶を注ぐと四人の前に差しだした。
「申し遅れました。わたしの名前はルイ。見ての通りエルフです。」
 ルイは特徴的な尖った耳を示してそう名乗ると、丁寧な動作で頭を下げた。
「あ、僕はユウ、それから…」
「私はレイ。よろしく。」
「…ティルです、で、こっちがシキ。よろしくお願いします。」
 相手が子供ということで砕けた調子で話すユウとレイとは裏腹にティルはすこぶる丁寧な様子で名乗りを上げる。それに驚きを覚え目を瞬かせるユウにルイはにこりと微笑んだ。
「よろしくお願いします、皆さん。」
「うん、よろしく。」
「……ユウ、」
 笑顔で返したユウの名を何処となく気まずい表情を浮かべたティルが呼んだ。
「えっ、なに?」
 疑問符を浮かべるユウからルイへと視線を移し、ティルは遠慮がちにルイを指差した。
「その人、多分…私の予想通りなら、私達よりずっと年上。」
「……えっ?」
 一瞬の間をおいてティルの言葉を理解したユウは目を見開き反射的にティルとルイとの間を交互に見やった。それはレイも同様で、食い入るようにしてルイを見詰めている。 その様子にルイは悪戯に失敗した子供のように舌を出して苦笑する。
「あら、ばれちゃいました?」
「…まぁ、殆ど勘みたいなものですけど……似たような知り合いがいるもんで。」
 平然と会話を繰り広げるルイとティルにユウは半信半疑といった様子で尋ねた。
「……じゃあ、本当に!?」
「ええ。こう見えて結構長生きしてるんです。」
「だって、こんなに小さいのに!!」
 驚愕に目を見開くユウとレイを横目で見ながらシキは目を伏せ呟いた。
「まあ、そいつに限らずエルフの年齢は見た目では判断できないものだが、特にそいつは例外だろうな。」
「あら、よくご存じですね。」
 エルフの寿命は人間よりも遥かに長い。人間でいう青年程度の年齢まで成長すると、そこで成長を止め長い時をその若い姿のままで過ごすことになる。 とはいえ彼女の姿は成長を止めるには早すぎる。と、そこまで言い当てたことを褒めたのかルイは屈託のない笑みをシキに向け、その後若干残念そうに首を傾けた。
「でも、驚かす方の身としては、彼らのように驚いてくれた方が嬉しいのですが。」
 結局、この少女の口からこの村に起きた出来事を聞き出すにはもう暫くの時間を要することとなった。










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  なんだかんだで三章もちまちま改稿してます;








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