第17話−妖精と人間の恋







 ルイが次に里へと帰還したのは、それから11年も後のことであった。
 移動呪文で里の周辺に降り立ったルイは、ふと不思議な感覚を覚え、エルフの里から森を抜けた東側にあるノアニールの村に足を伸ばした。
「……は?」
 村の傍まで差し掛かったルイは、村の中に立ち入るまでも無くその感覚の正体を知り、間の抜けた声を上げた。
 ノアニールの村全体を悪意に満ちた強い魔力が覆っている。 そして、その魔力は、ルイにとって良く馴染みのあるものであった。
「なにが…!」
 ルイは瞠目しながらも、すぐさま踵を返し、エルフの里へと駆け戻った。



「里に戻った私は、すぐさま女王の元へと行きました。この呪いから感じられた魔力が彼女のものであったから。」
 決して大きくはないルイの暗い声だけがその場に響く。俯き加減に視線を固定した彼女は、話の最中一度たりともユウたち四人と視線を合わそうとはしなかった。
「問いただしてみれば、原因はすぐに知れました。」
 其処まで話し終え、ルイは漸く視線を上げて、ユウたちを順に見渡した。真剣に此方を見据える四対の瞳と目を合わせルイは再び視線を落とすと口を開いた。
「アンとその青年が駆け落ちしたんです。エルフの里の宝を一つ持ちだして。」
「は?」
 そういう展開になるとは思ってもみなかったユウが思わず声を上げ、慌てて口を噤む。しかしどれだけ待ってもルイは再び口を開こうとはしない。
「…つまりエルフの女王様が、自分の娘がこの村の男の人と駆け落ちしたことに怒ってこの村に呪いを掛けたってこと?」
 要約してレイが尋ねれば、ルイは苦笑を浮かべて頷いた。
「それに付け足して、女王は、娘は人間の男に騙されて酷い目に合わされていると思い込んでいて、此方がなんと言おうと聞く耳持ちません。 過去の惨劇への執着が強いだけに、女王は人間を全く信用していないですから。」
 嘆息するルイを、シキが探るような視線で見つめた。
「それで、俺たちに何をしてほしいんだ?只でこんな話をしたわけじゃあないんだろ。」
 ルイはキョトンとした様子でシキを見詰め返すと、一見無邪気な動作で頷いた。
「そういうことです。察しが良い方は嫌いではありませんよ。」
 科白と共にころころと変わる表情は、彼女がとても素直な性格であるかのように思わせるが、それでいてその動作は何処か演技じみて見える。
「この村に掛けられた呪いを解くのを手伝ってもらえませんか?」
 そう言ってルイが浮かべた微笑は、やはり本当に助けを必要としているのかどうか、判断付き難いものであった。

 手伝ってほしいというルイの言葉にユウは迷うことなく頷いた。もともと、ノアニールの村に異変が起きたという噂を聞いて此処まで来たのだ。 それを解決できるというなら協力を断る必要はない。むしろ願っても無い状況である。 しかしティルはルイの協力要請に対して怪訝な表情を浮かべた。
「でも、手伝うって言ってもなにを…?エルフの里の人たちは人間を嫌っているんでしょう。」
 エルフ里の人々やエルフの女王が人間を嫌っているというのなら、人間である自分たちが協力するのは下手をすれば逆効果になりかねないのではないか。それを心配するティルにルイはやんわりと返した。
「それは心配ありません。貴方達にやってもらいたいのは私の護衛ですから。」
「護衛?」
「ええ。」
 これまでの話を聞く限り、ルイは旅人で、少なくともこのノアニールの村からエルフの里まで一人で行動できる程度の実力は持っているはずだ。 エルフの女王と掛け合うのならば一人でも事は足りるはずだ。それが護衛とはどういうことだろうか。
「実は、女王や里の者には話していないことなのですが、アンたちの向かった先に、一つ心当たりがあるんです。」
「えっ!?」
 驚くユウたちにルイは軽く息を落として告げた。その表情は今までになく硬い。
「…これは、先程の話の続きにあたるのですが、」



 エルフの里で女王からアンの駆け落ちに関する話を聞き終えた後、ルイは再びノアニールの村へと足を運んだ。
「まったく、自分の娘が駆け落ちしたからといって、村一つの時を止めてしまうなんて…常識では考えられないことだわ。」
 一人愚痴を零しながら村の入り口に辿り着くと、ルイは時の止まった村を見渡し首を捻った。
「さて、取り敢えず戻ってきたは良いですが…この呪い、明らかに私の手に負えるものではないですし……彼女、なにか魔道具でも使ったのでしょうね。」
 状況を分析し呟きながら村を進むルイがちょうど村の中央の広場に差し掛かった時、前方の茂みの奥から草をかき分ける音が響いた。 不思議に思ったルイが慎重にその茂みへと近づくと、茂みの中からひょっこりとルイと同程度、年を十ほど数えたあたりの背丈の少女が顔を出した。
 ルイはその少女を見て目を見開いた。
 この少女、ちょうどこの事件において渦中の真っ只中にあるエルフの姫の幼いころと瓜二つであったのだ。
「…アン……」
 思わずそう呟いたルイに少女はキョトンとして首を傾けた。
「お母さまの、お知り合いですか?」
 その言葉に、ルイはますます瞠目し、目を瞬かせた。

「お母さま、お客さまです。」
 少女―エミリというらしい―はルイを村の中の一軒の家へと案内し、元気良く扉を開けた。
 エミリの元気な呼び掛けに、その家の奥、ルイの位置からだとちょうど影ばって見え難い位置に立つ女性が不思議そうな様子で振り返った。 ルイはその女性を一目見てそれが誰であるかを確信した。
 アンだ・・・
 十一年前、最後に会った時よりも痩せたその顔に以前では考えられなかった疲労の色を滲ませたアンは、まずしゃがみ込み、駆け寄ったエミリに視線を合わせた。
「お客様…?」
「はい!」
 どこか怯えたような表情でエミリの指す方に視線を向けたアンは、そこにいたルイを見て目を見開き声を上げた。
「――っ、ルイ様!!」
「…久しぶりですね、アン。」
「……、お久しぶりです。」
 アンは暗い表情で丁寧に頭を下げると、エミリを振り向かせその背を優しく押した。
「エミリ、もう暫く外で遊んでらっしゃい。」
「? はい。」
 素直に従うエミリを外へと送りだすと、アンはルイを椅子へと促し、自身もその向かいの席へと腰を下ろした。




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  この話ではアンとノアニールの青年との間には子どもがいます。
  青年の名前は決めていません。ネーミングセンスがないもので、
  決めようとなるとここでしか出ない脇役の名前であるにも関わらず無駄に延々と悩み続けますので…








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