ルイの向かいに腰を下ろしたアンは、緊張した面持ちで無表情にエミリの去った玄関扉を見詰めるルイの様子を窺っていたが、やがて意を決した様子で口を開いた。 「お久しぶりです。…どうしてこちらに?」 「貴女の母親に問い詰めて、取り敢えずこの村の様子を見に来たんです。まさか貴女が此処にいるだなんて考えてもいなかったけど。」 返答するルイの表情はやはり硬い。棘のある言い方であることを自覚して、ルイは小さく息を吐いた。 これでは八つ当たりだ。先程この件に関して女王と繰り広げた押し問答で溜まった鬱憤を、たまたま再会した当事者である彼女にぶつけているだけである。 そんなことをしてもなんの意味もないではないか。そう考え、ルイは一拍の間を置いて苦笑を浮かべた。 「ごめんなさい。この件に関して先程まで彼女と随分と激しく言い争っていたものだから、気が立っているの。」 「ルイ様…お母さまにこの呪いを解くように掛け合ってくれたのですか?」 「ええ。といっても、彼女は全く聞く耳持たなかったけれど。」 「…そうですか。」 落胆するアンを余所に、ルイはぼそりと呟く。 「…おかげで、里の者たちには随分と迷惑を掛けましたけど……」 「えっ?」 「いえ何でも。」 ルイは不思議そうに尋ね返すアンに取って付けた様な笑みを浮かべて返した。 互いの意見の主張から厭味の応酬に発展し、果ては魔法のぶつけ合いになりかけたところを里のエルフたちに静止されたというところまで包み隠さずアンに説明する気など毛頭ない。 「アン、貴女は今まで何処に?」 駆け落ちを実行してから数年。その間ずっとこのノアニールの村に隠れ住んでいたということは無いだろう。 それでは見つけられなかったエルフ達があまりに間抜け過ぎる。 「私は…旅を、していました。」 瞳を閉じて振り返るようにしてアンは告げる。 「ロマリア、アッサラーム、もっと遠くのいろいろな町… でも、どの町の人々も私達のことを受け入れてはくれませんでした。」 感情を押し殺しただ淡々と語るアンにルイはただ黙々と耳を傾ける。 「ある人は人間と妖精とでは幸せになれるはずがないと言い、ある人は駆け落ちなんてやめて自分達の場所へと帰れと言いました。私を捕まえて見世物にしようとした人もいたし、 エルフの呪いを怖がって早く町を出ていけと言う人もいました。」 「…そう」 「それでも、私達は離ればなれになりたくなかったんです。だから何度辛い目に遭っても、次こそはと信じて新たな地へと移りました。 でも、やっぱりどの町も、私たちを受け入れてはくれませんでした。」 人間は異端者に冷たい。妖精も同様である。竜や魔族はそういったものに対しても人間や妖精に比べれば多少寛大ではあるものの、 種族間の仲に亀裂が入った今の状態ではなんの関わりも無い他種族の者たちを受け入れてくれることは考え難い。 「ルイ様、私たち…… ………この世を去ろうと思うんです。」 まっすぐに此方を見据えるアンの表情から、諦めと決意を読み取るとルイは小さく嘆息した。 「……そう。」 その決意は決して良いものだとは思わないけれど、それでも止めることは出来ないのだと察し静かに頷く。 「…あの子は?」 「エミリは置いていきます。あの子の命まで、私たちのために散らせるつもりはありません。」 そう言って、アンはルイに強い眼差しを向けた。 「ルイ様、あの子のこと、私たちの代わりに育ててあげてくれませんか?」 長い沈黙の末、ルイは深く溜息をついてはっきりと頷いた。 絶望を知ってしまったであろう彼女を止めるすべをルイは持っていなかった。 ルイが話を区切り口を閉ざすと、レイはルイをきつく睨めつけた。 「…どうして、止めなかったの?」 ルイはレイの怒りの入り混じった声音を気にした風も無く、俯き加減だった顔を上げ、まっすぐにレイを見やった。 「貴女なら止めましたか?」 「あたりまえじゃない!」 「たとえそれが彼女たちを永遠に引き離すことになったとしても? あの時、無理矢理にでもアンを里に帰すことは出来ました。でもそれをしたとしたら、アンは一生里の中で縛りつけられて生活することになったでしょう。 里の外に出ることも、もちろんノアニールに住む彼とも永遠に会うことは出来なくなったでしょうね。」 「っそれでも――」 「それに、」 ルイはレイの言葉を強引に遮って続けた。 「彼女たちは本気でした。迷いも何もない…あんな決意のこもった瞳を見て、止めることなんて出来ませんよ。」 その時のルイの表情を見て、レイは何も言えなくなった。解ってしまったのだ。その場にいた彼女こそが一番彼女たちを止めたかったのだと。 だからこそ、ルイの一見冷徹な行動が、彼女なりの精一杯の償いであると気付いてしまったのだ。 その為に彼女が自分たちに二人の捜索と村に掛かった呪いを解くことの協力を求めたのだと・・・ 「…ごめんなさい。」 「お気になさらず。…私だって、あの選択が一番正しかったなんて、思っていないもの。」 それでも、選んでしまったものは変えられない。過去をやり直すことは出来ないのだから・・・ 「……話を戻しますね。」 嫌な沈黙を遮り、再びルイが口を開いた。恐ろしく切り替えが早いのであろう、先程の重い空気はどこへやら、すっかりもとの調子を取り戻している彼女に半ば呆れた様な関心を向けながら四人は話に耳を傾けた。 「…その後、アンたちが向かった場所が、おそらくエルフの里の南にある洞窟だと思うんです。」 「どうしてそう思うんですか?」 「森の中で彼女たちと別れた時、二人がそちらに向かっていくのを見ているから。あの方向にはあの洞窟以外は森が広がっているだけです。」 「…森の中にある可能性は?」 「何度か探してみましたが、今のところ何も見つかっていません。それに、森の中だけなら私一人でもなんとかなると思うから、洞窟の中の捜索を手伝ってもらいたいんです。 里の周囲の森には魔物を寄せ付けない結界があるけど、洞窟の中には魔物が出るから。」 四人は顔を見合わせ頷きあうとルイに向き直る。 「わかりました。」 代表してユウが答えると、ルイは微笑を浮かべて頭を下げた。 back 1st top next |