第19話−最期の言葉







 自然の力で創られたのであろうごつごつと入り組んだその洞窟は、エルフたちの住む里の南にぽっかりと口を開けていた。
 ルイの言った通り、洞窟の内部には里の周囲の森に張り巡らされていた結界の効果は届いていないようで、ちらほらと魔物たちの姿が見受けられる。 しかし、洞窟の奥からは微かだが神聖な気配も感じられ、ユウは不思議に思い目を瞬かせた。 そんなユウの疑問に答えるかのように、魔法の力で灯を作り出しながらルイが口を開く。
「もともとこの洞窟は妖精族にとって神聖な、祈りの場所であったそうなんです。私たちの先祖がこの辺りに里をおいたのも、 この洞窟の奥にある泉から発せられる神聖な気がこの辺りの土地を浄化していたからだとも伝えられています。尤も、魔族の力が強くなり、 この地に魔物が住みつくようになってからは、誰もこの場所に祈りに来ることはなくなってしまったけれど。」
 言いながらルイは、獲物を見つけ群れになって襲い来る魔物達に手を翳し、激しい爆発を起こした。
 爆発が収まり視界が開けると、そこに立つ魔物の姿は見受けられない。まさに、一瞬の出来事であった。
「…うそっ!」
 見た目小さな子どもである彼女の実力を見せつけられた一行は唖然とし、まじまじとルイを見た。 彼女なら一人でもこの洞窟を捜索する事が出来たのではないかと、四人全員が同時に思った。
「…何を考えているのか、だいたい想像出来るような気がしますが、私だってそんなに万能じゃないです。確かに魔力は人間よりも強いけど、 普段前線に立って戦うようなことはないから、攻撃を防いだり避けたりということは苦手なの。」
 だからしっかり守ってください。そう言って微笑するルイは、やはり守りが必要だとは思えぬ力強い存在感を発している。
「まあ確かに、俊敏な動きが出来るようには見えないな。」
 武器も防具も持ち合わせていない、このような洞窟を探索するには不具合なゆったりとした長いワンピースを着込んだ少女は、 目の前の敵には持ち前の魔法で対処できても視界の外からの不意打ちにまで、機敏な対処が出来るようには思えない。その隙が命取りになるのは事実である。
「魔法放つ時は言ってくださいよ。戦ってる最中にいきなり放たれたんじゃ私たちも避けれませんから。」
 それでは安心して戦えないと、諭すようにティルが告げると、ルイはいとも簡単に頷いた。
「ええ。集団での戦闘も心得ていますからご安心を。」
「…ならいいです。」
 どこか疲れた調子で吐き捨てるようにして言うティルに、ユウは首を傾けた。ティルの隣ではシキも頭を抱え深々と息を吐いている。
「ティル、シキ?」
「……ちょっと、似たような知り合いを思い出して…」
「?」
「なんでもない、気にしないで。」
 それ以上は話す気はないと言わんばかりに話を区切り進み始めたティルとシキに、ユウは慌てて後を追い歩を進め始めた。それに小走りにレイが続き、 最後尾となったルイはゆっくりと足を踏み出しながら呟いた。
「…誰も近付くことがなくなった忘れられた聖域。種族を超え愛し合った二人の悪夢の最後、見とどけに行きましょうか。アン――」
 エルフも、その他の妖精達も、もはやこの場所に祈りを捧げに来る者はいない。もしも祈りを捧げに来るものがいたとすれば、ノアニールの呪いはもっと早くに解かれたかもしれないのに、
 その悲劇の最後を見届けられると確信を持って、ルイは洞窟の奥へと進んで行く。

 そしてその確信は、外れることなく、彼等は洞窟の最奥で、それを見つけることとなる。





――お母さま
 先立つ不孝をお許しください。私たちはエルフと人間。
 この世で許されぬ恋ならせめて天国で一緒になります。
                           アン――

 洞窟の最奥、地底湖に浮かぶ浮島は、おそらくはかつての祈りの場であったのだろう。
 その浮島の中央にぽつんと置かれた小箱の中で寂しく紅く輝く宝石と箱の裏側に掘られた娘が母に向けた悲しいメッセージに、五人は目を伏せ湖に向かって手を合わせた。
 彼女たちの願いどおり、せめて天国では一緒になれるようにと願いながら、そっと小箱を手に取ると、彼等は静かにその場を後にした。


 洞窟を出てからの彼等の行動は迅速であった。まるで加速の呪文を使ったかのように早足で歩くルイの案内のもとエルフの里まで辿り着くと、 すぐさま王座の間の女王の目の前に立ち並んだ。
 途中、ルイのあまりの剣幕と人間を引き連れていることに驚いたエルフの兵たちが彼女を制止しようと行く手を阻んだが、 身を凍らせるようなルイの冷たい視線に動揺した直後、彼等はルイの放った呪文によって深い夢の中へと旅立ってしまった。
 余談だが、その為に現在エルフの里の守りはかなり手薄なものとなっている。

「何の用ですかルイ?人間まで引き連れて。」
「ノアニールに掛けた呪いを解いてもらうために来ました。」
 双方とも丁寧な口調を使ってはいるが完全に目が据わっている。外には騒ぎを聞きつけたエルフの兵たちが集まってきているが、 あまりに刺々しい空気を受けて、王座の間の中に入れず、遠巻きに状況を窺っている。
「あの村の男は私の娘を騙して連れ攫い、我らの宝である夢見るルビーまでも持ち去らせたのですよ。そんな男の住む村の者たちを、何故目覚めさせる必要があるというのです?」
「だからそれは貴女の勘違いだと何度も言っているでしょう。冷静になって考えなさい。」
「ならばその証拠があるというのですか!?」
 この言葉の応酬は、ルイの言うとおり何度も行われてきたものなのだろう。そしてルイはこの言葉に決定的な証拠を示すことが出来ず、今まで敗退を繰り返してきたであろうことが目に見える。 しかし、今回は違っていた。ルイはその言葉を待っていたと言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべる。
「そう言うと思って、彼らに協力を求めて探してきました。決定的な証拠になるであろうその『夢見るルビー』を。」
 ルイがそう言っておもむろに小箱を取り出すと、集まって来たエルフ達がざわめき始めた。
「そんなっ!まさか――!!」
「ありえない!」
「いや、しかしルイ様なら…!?」
 ざわざわと信じられないと言った様子で口々に声を上げるエルフたちを余所に、ルイは女王のもとに歩み寄ると小箱を渡し、元の位置まで下がる。 女王はゆっくりとその小箱を開いた。
「――っこれは!!」
 その小箱の中、正確には箱の裏に書かれた文を見て、エルフの女王は絶句した。
 そこに書かれているのは彼女の娘からの別れの言葉。同じ小箱の中に納められたエルフ族の宝玉が、それが真に娘からのメッセージであることを裏付けている。

 暫くの沈黙が続いた。女王も、集まったエルフ達も、女王の手の中にすっぽりと収まった小箱を揺れる瞳で見つめていて、そんな女王の様子をルイとユウたちがまっすぐに見つめている。
「………これを、どこで?」
 やがて沈黙を破り、女王が尋ねた。彼女はまっすぐにルイを見詰めているが、その声は先ほどとは違って掠れるほどに弱々しい。
 それに答えたのはルイではなくレイだった。
「ここから南の洞窟の、最下層にある地底湖の浮島の上よ。」
 レイは怒りできつく握り締めた拳を震わせながら、エルフの女王に向けて言い放った。
「貴女に認めてもなえなかったばっかりに、そんなに追い詰められたのに、それでも貴女のためにそんな言葉を残したのよ! アンさんはそれだけ貴女のことが大好きだったのに、どうして貴女は自分の娘のことをちゃんと信用してあげなかったのよ!!」
 声を荒げてそう叫び、勢いのままに一言付け加える。
「親が思っているほど、子どもは一人で何でも出来ない訳じゃないわよ…」
 再び、しんと辺りが静まり返る。
「…その通りなのかもしれませんね。」
 沈黙の中、エルフの女王の悲しい声が響いた。 女王はおもむろに立ち上がると、一度王座の間の奥へと姿を消し、両手で大事そうに小袋を持ち再び姿を現した。
 女王はそのままレイのもとへと歩み寄り、そっとその小袋を手渡す。
「これをノアニールの村の中で振り撒きなさい。呪いの眠りから人々を目覚めさせるでしょう。」
 レイがはっと女王を見上げると女王は儚く笑みを返す。レイは破顔して丁寧な動作で小袋を受け取った。
「ありがとう、ございます。」

 長い年月を経て、人間の青年とエルフの姫の悲しい恋が許されたのだ。
 これから先、二度とこのようなことが起こらない様に、エルフと人間の間にある確執が、この時ほんの少しだけ薄れたようにこの場の誰もが感じていた。

「それからもう一つ。」
 大きな悲しみと小さな感動の流れる空気の中、女王はレイに囁いた。
「一つだけ、訂正しておきます。」
 周りに聞こえるか聞こえないかといった程度の小さな声で囁かれたのは、女王の気遣いであったのか。レイは彼女の一言にはっと身を強張らせた。

「最期の一言は、貴女自身が誰かに向けて言いたかった言葉なのだと思いますが、私から言わせると、子どもが思っているほど世界は甘くはありませんよ。 何かを成そうとする心は立派だと思いますが、そのことはしっかりと胸に刻んでおきなさい。」




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