第20話−妖精族の少女







 目覚めの粉がノアニールの村全体に舞い散り、村の人々が目を覚まし、一人の青年が永遠に姿を消したことを除いては 呪いを掛けられる以前の状態に戻ったノアニールの村を見詰めて笑い合った後、ユウたちとルイは村の郊外の人気のない草原で向かい合った。
「いろいろと、ありがとうございました。」
「いや、僕たちは何もしてないよ。」
 頭を下げるルイにユウは微笑して告げる。
「そんなことはありません。私だけではあの洞窟に入ることは出来なかったんですから。保身だけを考えて、情けないことです。」
「仕方ないよ。ルイだけであの洞窟に入るのは危なかったと思うし。」
「でも、貴女なら一人でも大丈夫だったかもしれないわね。」
 半ば以上本気の調子でレイが言うと、ルイは苦笑を浮かべて首を振った。
「私は、人より少し魔力を多く持っているだけですから、やはりああ言った場所に一人で向かう自信はありませんよ。あと、それから――」
 ルイは笑みを消し真剣な眼差しでユウに向かい合った。
「お世話になったついでということで、もう一つ頼みごとをしてもよろしいでしょうか?」
「?…何を?」
「これは旅のついでで構わないのですが。アンの娘、名をエミリといいます。今は旅をしているはずなので、もし会うことがあれば今回のこと、伝えておいてもらいたいの。」
「うん。わかった。」
 そんなことはお安い御用と頷くユウに、ルイはもう一度、深々と頭を下げて微笑んだ。
「じゃあ、僕たちはこれで。」
「ええ。本当にありがとうございました。道中気を付けて。」
「うん。ルイも、元気で。それじゃあ…我らを彼の地まで送りたまへ――ルーラ!」
 光が収束し、弾け、ルイの目の前から彼等の姿は消えていた。
 彼等が去った空を眺めながら、ルイはぽつりと呟いた。
「ありがとう。いずれまた、どこかで。」


 数日後

 ノアニールの西の森、妖精の住む森と云われるその森の奥、エルフたちがひっそりと暮らす隠れ里から少し離れた場所に、ルイは佇んでいた。
 緑と黄緑の混じり合った膝上まである長い髪、膝下まであるゆったりとしたワンピースを着込んだその姿は、つい先日ユウたちと共にいた時となんら変わらない。
 唯一、彼女の背丈の倍近くもある長い杖を手にしていることを除いては。彼女が持つには不釣り合いな大きさの筈のその杖は、不思議と彼女に良く合って見える。
 ルイはそこから辺りを見回していたが、暫くすると視線を前方に戻し、足を一歩踏み出そうとした。
「行くのですか?」
 突然背後から声を掛けられ、ルイは出しかけた足を止め振り返った。
 自信の背後に立つ人物を見やり、若干驚きを感じつつ、ルイはその人物の名前を呼んだ。
「リィス…」
 リィスとはこの里を束ねるエルフの女王の名である。彼女のことを名で呼ぶものは殆どいないが、 彼女が女王となる以前から彼女と友人であったルイは公の場ではなく、且つ二人きりの時にだけ、彼女のことを昔と変わらず名で呼んでいる。
 エルフの女王―リィスはルイから三、四歩ほど離れた位置で立ち止りじっとルイを見据えた。
「また、里から出ていくのですね。」
「ええ。今回は随分長く此処に留まってしまいました。」
 ルイは木々の合間から見える青空を眺めながら答える。
「アンたちが見つかっても、私たちの探しているものはまだ見つかっていないから。私だけが此処でのんびりしているわけにはいきません。」
「そうですか…」
 リィスはそう言い、暫くの間を置いて再び口を開いた。
「先日貴女が連れてきた人間達、彼等はもう行ったのですね。」
「ええ。」
「彼等からは不思議な力を感じました。…昔、貴女が連れてきたあの人たちにとてもよく似た力を。」
 それは魔力的な何かではなくもっと直感的な曖昧としたものであったけれど。
「……そう、ですね。」
「…ルイ、貴女たちはまだ諦めていないのですね。」
「諦めません、絶対に!」
 たとえどれだけ時が経とうとも、たとえそれがどんな茨の道であろうとも・・・
「たとえ、どんなに絶望的でも、絶対に、ぜったいに……」
 自分に言い聞かせるように静かに言い放ち、ルイはくるりとリィスに背を向けた。
「…他に用が無いのならもう行きます。ダーマで待ち合わせをしているから。」
 そう言ってルイは今度こそ足を踏み出した。このような森の中では覆い茂る木々が妨げになり移動呪文を使うのが難しい。 出来ないことはないが無理に使う必要もないので、森の外までは自分の足で歩くつもりなのだ。
「ルイ!!」
 そんなルイの背に再び声が掛った。ルイは今度は振り返らず、そのまま進み続ける。リィスもそれを気にせず続けた。
「アンのこと、礼を言います。彼らにも世話になったと伝えてください。」
 ルイは振り返り、綺麗に微笑むと、直に視線を戻しその場を後にした。




「やっぱり、ポルトガには行けそうにないね…」
 ロマリアとポルトガとの間を結ぶ関所の前で、ティルは落胆した様子で口を開いた。
 盗賊カンダタによってこの関所の鍵が盗まれロマリアとポルトガとの間を行き来することが出来なくなったのは一月と少し前のことである。
 もしかしたらそろそろ何か対策を打って通行できるようになっているかもしれないと、期待半分に来てみたのだが、結局扉は開かずじまい、関所は閉じたままということだ。
 扉に何らかの魔法が掛っているらしく、こじ開けることも壊すことも出来ず、政府の者たちも頭を抱えているらしい。
「それで、アッサラームに行くんだったよね。」
 ポルトガに行けなかった場合はそうしようと事前に決めていたことを振り返りユウが尋ねる。
「ああ。」
 アッサラームとはロマリアから南東にある都市の名前である。イシス領に属されるその町は、 元々大陸の東と西を行き来する人々の宿場町から発展したらしく、今でも旅人や商人など多くの人が集まっているらしい。
 人が多く集まる町ではそれだけ情報も集めやすい。関所の鍵に関することや今後の行き先を決めるために、一度その町に行ってみようと提案したのはシキだった。 その時に聞いた話だが、シキとティルはアリアハンに来る以前、その辺りを拠点に活動していたらしく、アッサラームに行けば情報を入手するつてもあるらしい。
「鍵のことは置いておくとしても、ポルトガに行けないのならアッサラームに行かないと他の土地にはいけないからな。南のイシスにしても、東のバハラタにしても。」
 一瞬、レイの表情が強張るが、シキはそれをあえて無視して続ける。
「立ち寄っても無駄にはならないと思う。」
「わかった。じゃあ行こうか。」
 ユウが頷き歩きだすのに後の三人も続く。

 その中でひとりレイだけは、不安そうな表情を浮かべていたが・・・




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  きっとユウはルイが自分達よりかなり年上だということを殆ど忘れてるんだろうなぁ…
  おそらくはレイも。逆にティルとシキは必要以上に気にしてます。
  まあ気にしたからといってきっちりと態度を改めるのはティルの方だけですけど…








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