そうしてある程度情報を交わし終わると、一行は盗賊ギルドを後にた。 宿へと戻る途中、修行のためと皆と別れて町外れを訪れたティルは、一通り基礎の修行を終えるとその場にたたずみ夜の冷たい風を受け、 ぼんやりと地平線の向こうに映し出される夜空を見詰めていた。 久しぶりに訪れたアッサラームは相も変わらず賑やかで、しかし一度町の中心を外れると途端に人気なく静けさが支配する空間が現れるのも相変わらずで、 この町で過ごした日々は平穏とは程遠い慌しく騒がしい毎日であったが、変わらぬ様子に僅かばかり安心感を覚える。 暫く風に吹かれているとふと背後から近寄る気配を感じ取り、瞬時に過去へやっていた意識を現在へと戻した。 「……ユウ…?」 「えっ!!」 振り返りもせずに言い当てられて、その人物―ユウは驚いて思わず声を上げる。 「やっぱり。」 ティルは腰を下ろしながら顔をユウの方へ向け微笑んだ。 「どうして僕だってわかったの?」 ティルのもとに歩み寄り、隣に腰を下ろしながらユウは不思議そうに訊ねた。 「気配とか、足音とか、あと……ごめん、なんでもない。」 「?」 突如黙りこくって謝罪を述べるティルの様子に不思議そうに首を傾けつつも、ユウはそれ以上は気にすることなくティルの隣に腰を下ろした。 ティルはそんなユウの様子に、逆に不思議なものを見るような眼で彼を見やる。 「………ユウ。」 ティルは真剣な面持ちでじっとユウの顔を見つめた。 「…なに?」 「…たいしたことじゃぁないけど……」 そう言ってティルは前方に広がる暗い草原へと視線を向けた。 訊いてしまって良いのだろうか。こんなことを尋ねるのは不味いのだろう。まだ、話すことが出来ない自分には・・・ そう自問しつつティルは尋ねた。 「ユウってさ、人が言いたがらないこと無理に聞こうとしないよね。…私が言うのもなんだけど、気にならないの?」 「……気にならないわけじゃないけど…」 ユウはそう言って視線を遠方に向けた。 「母さんがね、よく言ってたんだ…」 「母さんって…あの人が?」 「母さんのこと知ってるの!?」 軽く眼を見開くユウに、 ティルはハッとして口元に手を当てた。 「あっ…うん。ちょっとね…それで、何て??」 気まずくなって視線を逸らし苦笑するティルに、やはりユウは暫く気にするそぶりを見せるだけで追求することなく先の言葉をつづけた。 「『人が言いたくないことを無理に聞いちゃいけない。 自分が悪人だって事を隠すために言わない人もいるけど、人に話すのも辛いようなことを隠しているのかもしれないから』って。」 ティルはちらりとユウの方を見た。どこか遠くを見つめるその顔には過去を振り返り懐かしむような表情が浮かんでいる。 アリアハンに居る母親達の事を思い出しているのだろう。 「姉さんが父さんのこと嫌がるのも、そのことが原因だと思うんだ。……それに…」 そう言ってユウは一度、口を閉ざし、暫く沈黙したあと再び口を開いた。 「…母さんは昔、父さんたちと一緒に旅をしていたんだって。でも、その時の事とか、父さんの他の仲間の人の話とかは殆どしてくれないんだ。 ……多分、母さんにとって話したくないほど辛いようなことがあったからだと思うんだ。」 だから僕はティルたちが自分から言ってくるまでは聞かない。そう言ってユウはティルに向かって笑みを見せた。 「ああ、でも…」 「??」 「今のレイは心配だな…さっき、イシスに行くって言った時から、なんか様子がおかしかったし。」 盗賊ギルドでのことを言っているのだと思い当たり、ティルは神妙に相槌を打った。本人はなんとか隠し通しているつもりでいるようだが、 魔法の鍵やイシスに関する話題が出た辺りからレイの顔色が悪くなったことにはティルも気が付いてはいた。本人が平静を装っていたから気付かないふりをしていたがどうやらユウも気が付いていたらしい。 尤も、彼の性格を考えると、あっさりとイシス行きを決定した時点ではそのことには気付いていなかったように思えるが。 そこまで考えて、ティルはふと思い立ってユウに尋ねた。 「…ユウは伝承とか、知ってる??」 「伝承…?…僕は殆ど知らないよ。『古の勇者』の話くらいしか…」 「そう…」 ティルは立ち上がり伸びをしながらユウを見た。 「ならいいよ。そろそろ戻ろ。シキたちが心配する。」 「えっ?うん。…それで伝承がどうかしたの?」 「…きっとすぐに解るよ。行こ。」 町に向けて歩き始めながらティルはある伝承の一文を心の中で呟いた。 (炎のような真っ赤な髪…あれは、イシスの――) 静まり返った宿の食堂でレイは一人深い溜息を吐いた。外からは賑やかな話し声などが聞こえてきたが、レイはとてもそんな風に盛り上がれる気分にはなれないでいた。 「…まだ起きてたのか。」 自分以外誰もいないはずの食堂に突如響いた声に、レイは驚き飛びあがり、慌てて辺りを見渡した。 「あ、貴方、こんな時間にどこに行ってたのよ!!」 いつの間にか音も立てずに開け放たれていた扉の傍に、シキの姿を認めてレイは声を荒げた。 「魔法の鍵の噂の出所、俺なりに探ってみた。」 「…それで、どうだったの?」 興味があるのか恐るおそる尋ねるレイにシキは首を振って見せた。 「さあな。少なくとも、この町のものが適当に流したわけじゃあ無さそうだが…」 イシスへと出向く旅人は砂漠越えの下準備の為にこの街に訪れるものが殆どだ。 その為、話題性を集めて客寄せする為にイシスに関して完全な出任せや事実を大幅に脚色した噂が出回ることも無くは無いのだが、今回はそれとは違っているらしい。 「そう言えば、前からイシスの女王は絶世の美女だって噂が流れていたが、まだ収まっていないようだな。」 「…それは強ち出任せでもなんでもないと思うわ。城下でもそんな噂が流れてて、本人もうんざりしているらしいから。」 「……」 「? なによ…」 遠くを見詰めて何処か呆れた調子で答えるレイをじっと見詰め、シキは深々と嘆息した。 「こんな簡単なことに引っ掛かる奴がいるかよ。」 「? ……っ!!」 城下で流れる噂を知っているということは、其処に行ったことがあるということ。本人がそれをどう思っているのか知っているということは、取り沙汰されている張本人を知っているということだ。 間を置いて漸く己の失言に気付いたレイは目を見開いて口を噤んだ。 「あ、なたっ、態と…!」 「ああ。」 感情が追い付かず緊張に顔を赤くして此方を指差すレイに、シキは全く悪びれる様子も無く頷いた。 「決定打だな。」 「……ぅ」 突然に弁解の余地が無くなり、レイは力なく項垂れた。 盗賊ギルドでイシスの話題が出た辺りから挙動不審な態度を取っていた自覚はあったが、こうも簡単に認めざるを得ないところまでことを運ばれるとは思ってもみなかった。 「で、イシスには戻りたくない。か。」 恐らく、この目の前の彼は自分の正体に大凡見当が付いているのだろう。とすれば彼の相棒の彼女もそうなのだろうか。共に旅することを許してくれた彼はどうなのだろうか。 そう考えを巡らせていくと、足場がどんどんと崩れていく。そんな感覚にレイはか細く息を吐いた。 「…だったら何よ。」 「…前々から聞こうと思ってたんだが、」 俯くレイにシキは軽く溜息を吐きながら呟く。 「何も言わずに出て来たのか?」 再び思い切り肩を振るわせ黙り込むレイをシキはじっと見つめた。 「………だったらなによ。あなたには関係ないでしょ。」 睨め上げ取り繕ったように強い口調で言い放つレイにシキは軽く息を吐く。 「確かにそうだけどな。だけどこの旅がどれだけ危険なことかは解っているんだろ。気掛かりなことは無くしていたほうがいい。」 「…わかってるわよ。でも……」 (きっとまた、許してくれない。) 膝を抱えて俯くレイ。そんな彼女を一瞥し、シキは部屋へ向かって歩き始めた。 「どうするかはお前の勝手だけどな、いつ何が起きるか解らない。そのことだけは頭に入れておいた方がいい。」 「…わかってる、わよ。」 すれ違いざまに、表情は変わらぬもののやけに重い雰囲気と声音で言い放ったシキにレイは再び消え入るような小さな声音で呟いた。 back 1st top next |