イシス王国。広大な砂漠の中の、あるオアシスに王都をおく古から続く大国で、太陽神ラーの加護を受けた者たちが暮らしていると云われている。 その恩恵故か住民は皆魔法力に優れ、魔法大国としても知られている。 特に、王家の者達の魔力はすさまじい。 云千年の昔、この国の始祖となったものが、太陽神の加護を色濃く受けた火の魔法を得意とする、世界でも指折りの魔法使いであったらしく、 その力を受け継いでいる為だと云われている。 何代かに一度、王家の者の中でも強い力を持った者が生まれることがあるという。 その者たちの扱う火の魔法は、三大賢者一族にも勝るとすら云われている。 その者たちには共通する外見的特徴があり、その特徴はイシスに暮らす民たちの中に伝承として語り継がれている――。 5.砂漠の国の伝承周囲に広がる広大な砂漠に目をやり、ティルは溜息を吐いた。 体をすっぽりと覆うように羽織っている外套から片腕を出し、目元にかかる前髪をかきあげる。 そのまま暫く押さえていようかと考えたが、じりじりと肌を焼くような日差しに顔をしかめてすぐさま腕を外套の中に戻した。 そうしながらも歩を進めることは忘れない。しかしその足どりはいつもの彼女からは考えられないほどに重い。 「ティル…大丈夫?」 前を歩いていたユウが立ち止まって振り返り、ティルの顔を覗き込んだ。 「…うん。…だいじょうぶ。」 ティルは微笑を浮かべて答えるが、その顔色は心なしか青ざめて見える。 ユウはシキとレイを見やり不安そうにして口を開いた。 「…やっぱり、こんな真昼間に砂漠越えは無理なんじゃない??」 通常、砂漠を旅する場合は明け方や夕方に歩を進め、気温の上がる昼間や逆に冷える夜には休息を取るものである。 今は太陽も昇りきった昼間。 砂漠に住む者たちも高温による体力消耗を防ぐため昼の休息を取る時間帯である。普通に考えてこんな時間に砂漠を越えようとするのは無謀である。 「しょうがないじゃない…!」 苦虫を噛み潰したような表情でレイが答えた。 「予定よりも到着が遅れてるんだから。早くしないと食料も水も無くなっちゃうわよ!」 予定ではユウたち四人は二日ばかり前にイシスへとたどり着いているはずであったのだ。 しかし、慣れない砂漠歩きに手間取ったり予想以上に魔物にてこずったりで到着が遅れているのだ。 余分に食料を持ってはいるがそれほど多く持ち合わせているわけではない。結果こうして真昼間にまで歩く羽目になってしまったのだ。 「そうだけどさ…」 食料はともかく水の消費は確実に増えているのだからこれでは本末転倒ではないだろうか。 日の光を真上から受けているせいで極端に短い影を見やり、ユウは疲労から来る嘆息を漏らした。 「…そろそろ休憩した方がいいんじゃない?お昼もまだ食べてないし…それに――」 ユウがチラリとある方向に目をやるのを見て、レイは自身もその方向へと目を向けた。そこにいるもう二人のを見て軽く嘆息する。 「……確かに、あの二人もそろそろキツそうね。大丈夫かしら…」 この砂漠に入ってから、一番疲労した様子を見せているのは意外にもシキとティルの二人であった。 二人とも決して弱音を吐こうとはしないし、極力いつもと同じように振舞ってはいるが、戦闘時にはいつもの切れが無いし、 足取りは普段と比べものにならない位に重い。顔色があまり良くないのも見て取れる。 実は予定より到着が遅れているのは彼らにあわせ、極力休憩を多くとって来たせいでもある。 「…とりあえず、お昼にしようか。イシスまではもう少しかかりそうだし。」 ユウはだんだんと大きく見えるようになってきたオアシスへ視線を向けた。 早ければ今日中に着けるかもしれないが流石にこのまま歩き詰めても体力が持たないだろう。 「……そうね。」 レイはそのオアシスを眺め、不安そうに目を細めた。 予定より到着が遅れていることにホッとする反面問題を先送りにしていることへの不安が増していく。 歩きづめている間はともかく、休息を取っている間などは尚更だ。 未だ諦め悪くこの場から逃げ出したい気持に駆られることに、レイは自嘲気味に笑みを浮かべた。 だが、逃げ出しては何も変わらないということを、レイははっきりと自覚している。前に進まなければ、自分は本当にただ足手まといになるだけなのだと。 (でも、行ったとして、その後は…?) レイはこの先にある大国イシスの出身である。それはつい先日アッサラームで告げるまで、 ユウたち――と言ってもシキには先に言い当てられていたし、ティルもどうやら勘付いていたようだが――には秘密にしていたことで、彼女の秘密の一部であった事だ。 それ以上の秘密はまだ告げていない。――とはいえやはりシキとティルにはどうやら勘付かれているようだが―― パーティとしては魔法の鍵の捜索が目的だが、レイ個人としてはこれからその秘密をユウに告げるためにイシスに行くのだ。 不安の理由は二つ。 一つはもしかしたら自分の旅はイシスで終わってしまうのではないかということ。そしてもう一つは、 (もし、私のことを知った後も、今までと同じでいてくれる?) 少し離れた位置から仲間達の呼ぶ声が聞こえる。どうやら小さな日影を見つけたらしい。 「今、行くわ!!」 レイは胸中に溜まる不安を隠し、笑顔を見せて答えた。 back 1st top next イシス編第一話です。イシス編はレイ中心の話になります(…なるはず)。 |