第26話−砂の国の姫君






 日没が目前に迫り赤みを帯びていた空が暗く陰り始めた頃、四人はようやくイシス王国が城をおくオアシスへと辿り着いた。
 オアシスは広く、中央にはこの砂漠では信じられないほど大量の水が溜まっていて、ちょっとやそっとのことでは減りそうにもない。
 イシス王国の人々はこのオアシスの恩恵を受け古からここで生活しているのだという。
 今までの砂ばかりの景色とは打って変わって緑豊かな風景を見渡しながら暫らく歩いていくと町灯りを見つけユウはほっとして安堵の息を吐いた。
「はぁ…やっと着いた。」
「うん…」
 外套に付いた砂を払い落としながらティルが相槌を打った。疲労の色は濃いがその顔には笑みが浮かんでいる。
「……とりあえず、宿に向かいましょう。」
 ぽつぽつと並び始めた家々を見渡しながらレイが言う。その表情が不安げに強張っているのに気付いたシキがそっとレイに耳打つする。
「……おい。」
「…大丈夫」
 微かに震える声でそう呟くように答えるレイにシキは嘆息し別のことを訊ねた。
「宿の場所は知ってるのか?」
「…知ってるわ。……こっち。」
 レイは少し考える素振りを見せ、町を見渡したあとその方向を示し進み始めた。


「うわぁ…」
 イシス城の広間を見渡しユウが感嘆の声を上げた。
 石造りのこの城は、アリアハンやロマリアの城と比べると幾分質素な感じがするが、所々に彫られた紋様や、 外の光を適度に取り入れながら暑さを感じさせないひんやりとした内部の様子などが神秘的な雰囲気を醸し出していて他の城と比べても見劣りしない。
「ところで…」
 ユウはくるりと怪訝そうな顔つきで背後を振り返った。
「何やってるのレイ…?」
「うぅっ……気にしないで……」
 レイは俯いて、頭に砂漠の住人が良く着けている長い布地を巻き、目立つ赤毛を完全に隠してしまっている。
 ユウは、アッサラームでレイがイシスの出身であると言っていたことを思い出した。あの時もあまり元気がなかったようだが、会いたくない人間でもいるのだろうか・・・
「来たくないならティルたちと一緒に宿屋で待ってればよかったのに…」
「だって……しょうがないじゃない…」
「?」
 呟くレイにユウは疑問符を浮かべ昨夜の出来事を思い出した。


「ねえ、ユウ。明日城に行くの?」
 宿で夕食をとっている最中、レイは突如ユウにそう訊ねた。
 ユウは、アリアハン国王の命で魔王討伐の旅に出ている。 ユウが旅立った際、アリアハン国王から他国の王たちに対してその事を伝えるための使者が出ているので、 ユウは王都に足を踏み入れることがあればその国の王の下へ報告を兼ねて挨拶に周っているのだ。
 今回は魔法の鍵の在り処について訊ねてみると言う目的もあるが。
「うん。そうだけど?どうかしたの…?」
「あっ、うん…ええっと……」
 レイは落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。周りを見回すが周囲のテーブルには誰も着いておらず自分以外には向かいに座っているユウしかいない。
 ちなみにシキとティルはというと、余程疲労が溜まっていたのか部屋に入るなり荷物の整理と武器の手入れを済ませ、ベッドに飛び込むように横になりそれから動こうとはしない。
 ただし声をかければすぐに返事が返ってくるので眠っているのかは定かではないが。 ――ユウとレイは互いにその話を聞き、それでも荷物整理や武器の手入れを終わらせている辺りが彼等らしいとか、 そういう事で二人は良く似ている等二人のことを話題に盛り上がっていたりいたりしていた。―― 二人が夕食はいらないと言った為、現在ユウとレイは二人で食事をとっていたのだ。

 レイは意を決したようにユウに向き直り、そして一言。
「わたしも行くわ。」
 その一言の為だけに、どうしてレイがあれ程までに気を使っていたのかユウは知らないが、その一言を発したっきり黙りこくったレイに対してそのことを問うことはできなかったのだ。


 そうして現在、本当に謁見に同行したレイであったが宿を出る前から頭に布を巻き、決してそれを外そうとはしないのだ。
「…レイ……」
「…なに?」
「さすがに女王様の前でその格好はまずいと思うんだけど…」
 ユウは、イシスの国の礼儀作法は知らないが、城で働く侍女たちにそのような出で立ちのものはいないことからそうでないかと予測した。 どうやらその通りであったのか、レイは一瞬返答に詰まったがすぐに気を取り直して返す。
「いいの…気にしないで。」
 レイが答え終えたその直後、前方からコツ、コツと足音が聞こえ二人はそちらに視線を向けた。――といってもレイは俯いたままだが―― 一人の女性が此方に向けて歩いてくるのが伺える。この城に仕える侍女だろう。
「ユウ=ディクト様ですね。」
 女性は二人の前で立ち止まり頭を下げた。
「はい。」
「女王様がお待ちです。こちらへどうぞ。」


「慣れない砂漠旅は大変だったでしょう。ようこそイシスへ。」
 王座に座る美しい女性は優しい口調でユウにそう言った。 あらかじめ人払いは済ませてある様でこの広い王座の間にはユウとレイとイシス女王の三人意外のひとはいない。
「はじめまして女王様。ユウ=ディクトです。」
 そう言って頭を下げるユウにイシス女王はやはり優しい口調でそれを制する。
「顔を上げて下さいユウ様。楽にして下さって構いません。」
 その言葉にユウは下げていた頭を上げ、女王を見やる。女王は微笑みを浮かべ言葉を発した。
「侍女のものに伺いました。今日はわたくしに何か訊ねたいことがあるのだとか。」
「はい。魔法の鍵というものがイシスにあると聞いてきたのですが、女王様がなにか知っていたら教えていただきたいと思いまして…」
「魔法の鍵…ですか…確かに存じておりますが、」
 女王は困ったように頬に手を当て、考えるような仕草を見せた。
「…魔法の鍵は我々王家のものが永くの間守り続けてきた宝なのです。悪しきものの手に渡らないよう厳重に保管しているのですが……」
 ユウは内心汗をかきながらと女王の次の言葉を待った。もしも渡せないと言われたら次に行ける場所がなくなってしまう。 ロマリア―ポルトガ間の関所にしてもアッサラームの東のトンネルにしても復旧の目処は立っていないのだ。
 ところがユウの心配をよそに、イシスの女王は直に表情を笑顔に変えて告げる。まるで始めからそうすることを決めていたかのような、みごとな変わり身であった。
「…世界を救うために危険な旅をする勇者様になら渡しても大丈夫でしょうね。」
「……えっ?」
 予想外の展開に呆然とするユウを他所に、女王は続ける。
「魔法の鍵はここから砂漠を北に進んだ先の王家の墓―ピラミッドの中に保管されているのです。 心無きものが墓を荒らさぬよう様々な罠が仕掛けられていますのでお気をつけて。」
「はっ、はい。」
「まだここまでの旅路の疲れも取れていないでしょうし準備にも時間が必要ですから今日はこのまま城に泊まって行ってはいかがでしょうか。」
 せっかくの女王の申し出なので断るわけにはいかないが、町の宿に残っているシキとティルのことを告げ一度町まで戻ろうとしたユウに、女王はやんわりと告げた。
「お連れの方でしたら城の者たちに言いつけて迎えに行かせましょう。ユウ様は先に用意した部屋でお休みになってください。…わたくしは――」

 女王は笑顔は崩さずに、視線をユウからレイへと移した。同じ笑顔だというのにユウに向けていたものとは全く違う、 氷のような冷たさすらも感じられるその表情に、ユウは身を強張らせた。
 女王はその笑顔のまま、反論を許さぬ物言いで口を開く。
「―わたくしは、貴方の後ろに隠れているわたくしの娘と少し話さなければならないことがありますので、ねぇ――レイアーナ。」
 ビクンッとレイの肩が震え上がった。レイは恐る恐る視線を上げて女王と目を合わせる。
「…………はい」
 レイが髪を隠していた布を取り払い消え入るような声で答え、一歩乗り出すと、女王は満足したように頷いた。

「――へっ?」
 二人の間でユウがその場にそぐわぬ素っとん狂な声を上げた。




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  レイの正体についての話。









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