第27話−王家の伝承






「……今まで隠しててごめんなさい。」
 レイは泣きそうな笑みを浮かべてそう言った。


 ユウは女王にあてがわれた一室で、椅子に腰掛け頬杖をついて呆然と窓から外を眺めていた。 外を眺めるといっても頭の中が混乱した今の状態では、実際には外の景色など殆ど見えてはいないのだが・・・
 先程女王がレイに向けた一言とレイの言葉が未だ頭の中で繰り返されている。
(レイが…お姫様……?でも、それじゃぁどうして旅になんて…)
 頭の中は疑問だらけでその疑問を解決する術をユウは知らない。
 どれ位そうしていたのだろうか、控えめに扉の開く音に気付き、ユウは視線をそちらへと向けた。
「シキ…ティル。」
 城下町の宿で別れた仲間の二人が扉の向こう側から部屋の中を一瞥するとユウのことをじっと見詰めた。
「レイは、やっぱりいない、か…」
「うん。」
 部屋に入り扉を閉めながらティルがぽつりと呟く。それに頷きユウは疑問の声を上げる。
「二人は知ってたの?レイの事…」
 広い部屋の中の思い思いの場所に腰を下ろしながら、ティルとシキはそれぞれ頷いて見せる。
「…うん、ごめん。勝手に話していいのか、分からなかったから。」
「俺は口止めされてた。」
「レイが言ってたの?」
「ううん。………伝承を…」
 ティルは一度言葉を切った後、呟くような小さな声で言った。
「伝承を知ってたから。」
「伝承…?……アッサラームで言ってた??」
「うん。」
 ティルが頷いた。
「どうしてイシスの伝承を……」
 各地に伝わる伝承や伝説はダーマやランシールなどの神殿や教会などでまとめられ保管されている。
 有名なものは世界中に知られていることもあるが、その地方独特のものはその地方に住む人々の間で語り継がれているものが多い。 レイの、イシスの姫君の正体を知る手掛かりとなったものであるなら、おそらくそれは後者に当てはまるものだろう。 しかし、ティルもシキもイシスには来た事がないと言っていたはずだ。 知っているとすれば十中八九神殿か教会などで書物を読んだからだと考えて間違いないだろうが、 そんな書物を一介の旅人相手にそう易々と閲覧させてくれるとは思えない。
「……それは…」
 ティルが苦い顔をして押し黙る。
「…言いたくないなら、いいけど。」
「…ごめん。」
「…続けて構わないか?」
「あ、うん。」
「その伝承というのがこうだ。」
 シキは目を瞑り、伝承の一節を暗唱した。
「『イシス王家の血を引くものに数百年に一度、太陽神ラーの加護を受けた子供が生まれるという。その者は炎の真紅を髪と瞳に宿し、強い魔力を有するという。』」
「…真紅の髪と…瞳?」
 確かに、彼女の髪は炎のような紅の色をしているが、瞳の方はどうだろう。ユウの目が確かであれば彼女の瞳は水のような青であったはずである。
「…瞳の奥、のぞいてみたことある?」
 ユウがティルの言葉の意図を掴めず不思議そうに首を振る。
「瞳の奥にあったよ。炎の色。」
 微かに、注意して見なければ分からないほどに微弱にだが、彼女の瞳の奥には確かに、炎が燃えていた。
「……そうなんだ…知らなかった…。」
「まあ、気付かなくても仕方ないよ。普通は大してそんな所に注目しないし。私は、その伝承を知ってたから、確認のために注意して見てただけだから。」
 曖昧に相槌を打って、ユウはもう一つの疑問を投げかけた。
「でも、それじゃあなんで魔法を使わないのかなぁ…?」
「そこまでは知らないけど……」
「そう…。」
 結局、疑問の全ては晴れることなく、会話が途切れ、三人は沈黙した。


「これで解ったでしょう。今の貴女では何も出来ないということが。」
「……」
 美しく整った眉を吊り上げて自信を見下ろす母に、レイは口を引き結び明後日の方向に視線をやった。
「貴女の持つ強い正義感が素晴らしいものであることは認めます。しかし実力が伴わなければそれはただ身を滅ぼすだけ。 それも貴女自身だけならまだしも、周りにいる方々までも危機に晒す恐れもある。」
「…っ!」
 言われるまでも無い。足手まといで、守られて、庇われて、そんなことはレイ自身とうの昔に自覚している。 仲間たちのように身軽な動きで敵に向かって行く事も、眠りの町で出会ったエルフの少女のように凄まじい魔法で敵を一掃する事も出来はしない。 気付けば誰かに守られている。それも此方が気を使わない様にさり気無く。だが、それでも――
「…だからなの?」
「?」
 レイが突然口を開いたことに驚いたのだろう。眉を寄せた母に対して、彼女はキッときつい視線で睨み上げた。
「だからアッサラームで魔法の鍵の噂を流させて、ユウたちがイシスに来るように仕向けたの?私を連れて来させるために!?」
 それは確信じみた憶測。悪しきものの手に渡らぬようにとイシス王家が厳重に守り続ける宝の所在が勇者の旅立ちと時期を同じくして漏れ出した理由に、 それならばはっきりと示しが付くのだ。王家のものだけに口伝で伝えられてきた鍵の所在が流れ出た理由が。
「ええ。カンダタによってロマリアの関所の鍵が盗まれたということは、旅の商人たちを通して我が国にも知らされていましたので、 それならば彼等はアッサラームへ向かうだろうと見越して、貴女が居なくなった直後に。」
 冒険者や盗賊の多いアッサラームのこと、一度言触らせば、噂は火を付けたように広まりそうそう消えることはない。そこに勇者たちが訪れ噂を耳にし興味を持てば、 自ずとイシスへと足を向けるという寸法だ。
「…っ、アッサラームの盗賊達の間じゃ、本気になって探そうとしている人もいるほどの大騒ぎよ。何かあったらどうするつもりだったのよ!?」
「イシスの国のどこかといってもこの広大な砂漠の中をどうやって探すというのです?それに、もしピラミッドの中にあるということが突き止められたとしても、どうなるかは貴女にも分かるでしょう?」
 イシスの国の国土の殆どは砂漠で占められている。イシスの国のどこかとまで突き止められたとしても、その中の何処にあるのかということを絞れずに捜索に出るのは完全に自殺行為である。 仮にピラミッドの中に保管されているということを突き止められたとしても、ピラミッドの中は侵入者除けの罠だらけ。並みの盗賊では破れまい。
「もしもユウ様がアッサラームに立ち寄らなかったとしても、この噂に興味を示さなかったとしても、この手の噂はあの街では何度も流れているものです。 暫くしても成果が無いと知れれば自然と火も消えてしまうでしょう。人の噂も七十五日と云いますしね。」
 そこまで見越したうえで、女王は秘密裏に噂を流させたのだ。そして、彼女の思惑通り勇者はやって来た。彼女の探す娘を引き連れて。
「っ!!」
 レイはカッとなりより強い視線で母を睨みつけると怒鳴り声を上げた。
「私、なんと言われようと絶対に戻らないから!!」
 それだけ言い捨てると、彼女は踵を返し、部屋を出ようと大股に扉へと向かっていく。そんなレイに背後から、静かに、しかし有無を言わせぬ強い口調の声が掛った。
「レイアーナ。」
 ぴたりと、レイは歩を止める。それでも振り返らなかったのは彼女なりの意地である。
「平和のために何か行動を起こそうというのは素晴らしいことです。ですが貴女が本当の意味で前に進まなければ、この先何かを成すことなど絶対に出来ませんよ。私が何を言いたいか、解りますね?」
「…失礼します!」
 レイは乱暴に扉を開け放ち部屋を出た。レイは、悔しげに唇を噛み締め拳を強く握り、早足に慣れた調子で長い廊下を進んで行く。
 母が何を言いたいのか、良く解っている。レイ自身が一番にそれを望んでいる。しかし今の彼女にはどうすればいいのかその方法が解らないのだ・・・



 夕食時になり女王に夕食を誘われユウは侍女に案内され女王の待つ部屋へと向かっていった。因みにシキとティルは誘いを丁重に断って食事を部屋へと運んでもらっている。
 途中、案内役の侍女に聞いた話によるとユウの呼ばれたその部屋は王家の者以外(世話役の侍女の者達を除き)は滅多に入ることのない場所らしい。
 部屋に入るとそこには女王以外に誰もおらず、ユウは緊張した面持ちのまま食事にありついた。
 女王はそんなユウの様子に微笑みながら上品に食事をしていたが、食事が済むと突如話を切り出した。
「ユウ様。お礼が遅れてしまいましたがレイアーナのことでいろいろお手数をお掛けしました。」
「いっいえ、そんなこと…あの…レイ…アーナ様は今はどこに…?」
「レイ。で構いませんよ。」
 女王は口元に手を当て微笑みながら答えた。
「いまは部屋にこもっていますね。あの子にも来るように言っておいたのですが…」
 女王は今までの穏やかな様子とは一変して真剣な表情を見せた。
「あの子は正義感だけは人一倍強くて、人々が魔物のせいで苦しんでいるのに私だけがこんなところで楽をしておけない。と言ってきたのです。 わたくしは危険だからと止めたのですが夜の暗闇に乗じて城を抜け出してしまって…それで心配していたのですが今日あの子の顔が見れて安心しました。」
 女王はそう言って胸を撫で下ろした。
「そうだったんですか。」
「ええ。城に泊まっていただいたことも魔法の鍵のこともささやかですがレイアーナを再びわたくしのもとに連れて帰ってくれたお礼なのです。」
 女王は再び微笑みを浮かべユウを見つめた。
「ゆっくりと、旅の疲れを癒していって下さいね。」
「はい。ありがとうございます。」
 やや緊張の残る面持ちで、ユウも女王に微笑を返した。

 やがて二人が食事を終えると、女王はユウに対して優雅に一礼し微笑みかけた。
「ユウ様。とても楽しい食事になりました。ありがとうがざいました。」
「いっいえ…こちらこそ。」
 退出しようとするユウの後姿に向かって、女王はぼそりと呟く。
「レイアーナがまたご迷惑をお掛けすると思いますがどうかよろしくお願いします。」
「えっ?」
 ユウが驚いて振り向くと、女王は何事もなかったかのように微笑んでいた。
「いえ…今日は本当にありがとうございました。」


 その後、夜も更け人々が眠りに付き始める時間になってから、ティルとシキがあてがわれた自室から旅荷物までそろえてユウの部屋を訪ねてきた。
「……二人ともどうしたの?こんな時間に…」
 ユウはまさに床に就こうとしていたところだったのだが、二人に促され訳の解らぬままに荷物の準備をさせられ、若干不満げに顔を歪めながら尋ねる。 それにティルが申し訳なさそうに苦笑を浮かべながら、窓際の壁にもたれかかりユウの様子を窺いながら答える。
「…ごめん。…でも前科があるわけだからもしかしたらと思って…」
「…なにが??」
「ユウ。…あれだ。」
 ティルの、訳の解らぬ物言いに疑問符を浮かべるユウ。そんなユウをそれまで無言で窓の外を眺めていたシキが呼び、溜息混じりに窓の下を指差して見せた。
「なっ――!!」
 窓から身を乗り出しシキの指すほうを眺めたユウは絶句した。
 窓からほぼ真下の位置に、見覚えのある赤い髪。その正体については考えるまでも無い。
 髪を一つに結わえ、いつもと同じ旅装束に身を包んだ彼女は、片手を口元にあて、騒がぬようにと指示をしながら、早く来いと促すように自分たちへ向けて手招きをしている。
「…いくぞ。」
「いくぞって、ここを降りるつもり!?」
「ああ。」
 すばやく下に向けてロープを垂らすシキに、ユウは頭を抱えたくなった。
 行き先は聞くまでも無く魔法の鍵が保管されているピラミッド。だがこんな時間に隠れてこそこそ出立する理由は、本来ならばない筈である。
『レイアーナがまたご迷惑をお掛けすると思いますがどうかよろしくお願いします。』
 シキが用意したロープでレイのもとへと下りながら、ユウは女王の言っていた意味が、何となく理解できた気がした。




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