第28話−王家の墓






「私のこと、聞いたのよね?」
 城から離れたオアシスの北側で、野営の準備を進める最中、レイが話を切り出した。
「うん。ティルとシキから、少しだけだけど。」
「不思議に思ったでしょ。どうして今まで魔法を使わなかったのか。」
「えーと…うん…」
 レイは俯きもごもごと口を閉じたり開いたりを繰り返し、やがて意を決したように顔を上げた。
「わたし、使えないの…イシスの魔法使いが一番得意とする、火の魔法。」
「えっ…?」
 ユウは驚き軽く目を見開いた。 ティルとシキがこの地に伝わる伝承を語り、レイはその伝承の一文に該当する者で強い魔力を持っている。という話を聞いたのはつい半日と少し前のことだ。
「移動呪文とか補助呪文とかは使えるけど、肝心の攻撃呪文が使えないの。それも、本当なら一番得意じゃないといけない火の呪文も… そんなんじゃ魔法使いなんて言えないでしょ。」
 レイは焚き木の前に腰を下ろし穏やかに揺らめくその炎をじっと見つめる。
「…あこがれている人がいるの。その人は私たちとも大して年の変わらない商人で、ある大陸の何もない草原にたった数年で、 どの国の助けも借りずに大きな町を造ったの。その人のことを、ずっとすごいと思っていたの。 一度その人がイシスに来たときに、遠巻きに見たことがあるだけなんだけど。だからちょっとだけ、その人の真似ごとをしてみたりしたんだけど、結局全然駄目だったけどね。」
 自嘲気味にレイは呟く。
「旅に出たのもそう。ひとり安全な所で平和に暮らしてるのが嫌だったのも勿論だけど、その人みたいに自分で何かをやってみたいとか、 火の魔法が使えないのが悔しくて旅に出て危険な目にでも遭えば使えるようになるのかなっていう思惑もあったりして。結局は自分勝手な都合なの。」
「そんなことないよ。レイはレイなりに精一杯頑張ってたんでしょ。」
 首を振り微笑みかけるユウに、レイは綺麗に微笑みを返した。
「ありがとう。」


 翌朝、夜も明ける前という早い時間帯に、一行は出発の準備を整えると小さく円を描くようにして集うとシキを見やった。
 シキは視線に頷きを返すと地に足を踏みしめ静かに瞳を閉じる。
 閉じられた瞳の奥に上空からの広大な砂漠の景色が映る。 その光景を眺めること数秒。砂漠の北側に巨大な四角錐の建物をみつけ、シキは閉じていた瞳を開いた。
「どうだった?」
 代表してティルが尋ねると、シキは遠く砂の海の先を指差して告げた。
「真北だ。」

 イシス王家の墓であるピラミッドには代々の国王とともに数々の貴重な宝も眠っている。 その宝を狙う盗賊たちに墓を荒らされないようにするためにピラミッドの場所は一般的な世界地図には載せられていない。
 イシス王家のものにピラミッドに入ることの許可が下りれば位置を教えてくれるのだろうが、 残念ながらユウは許可は貰ったがピラミッドの場所を知る前に城から抜け出してしまったので、その場所を把握していない。 王女であるレイは行ったことがあるというが幼い時であったため明確な場所まではわからないという。
 そこでシキが呪文を使って場所を探ることを試みたのである。
 盗賊呪文。古くから盗賊たちの扱う呪文で町の位置や宝の場所などを把握するための探索系の呪文を中心とした魔法の総称である。 一般的に呪文と云われる魔法使いや僧侶などの使うものとはまったく違うものだと云われている。
 シキがつかったのは『鷹の目』と呼ばれる盗賊呪文の一つである。
 心の目を大空に飛ばし、鷹のように上空から地上を見下ろすことで、近くにある町や洞窟などを見つけることのできる呪文である。

「北って……どれくらい…」
 オアシスを出れば目前には地平線の彼方まで砂漠が広がっていてそれらしい建物など見当たらない。 また何日も砂漠を歩き続けなければいけないのだろうかと思いユウが訊ねた。
 シキは先程見た上空からの景色と頭の中の地図とを照らし合わせて答えた。
「……イシスに行ったときと同じペースでいけば二日くらいだな。」
「…何事もなく出来るだけ早く着くことを祈るよ。」
 ティルの言葉に全員が深く頷いた。


 ピラミッドまでの道のりは予定通りの行程で順調に進むことが出来た。しかしピラミッドの中の入った途端、それまでの順調さは一転した。
「ティル!そんな隅っこにいないでアレをなんとかちょうだい!!」
 レイの示す、ユウとシキが必死になって戦っているソレを見て、ティルは首を横に振った。
「嫌。無理。あんなやつに触りたくない。というか触れない。レイが行ってきてよ!」
「私だって嫌よ!!」
 後方で言い争う二人を他所に、ユウは今までの立ち位置から一歩下がって呪文の詠唱を開始する。
「…光よ、邪悪なる者を聖なる地へと誘え――ニフラム!!」
 ユウの唱えた魔法によって光の中へと消え去ったミイラ男にティルとレイはホッと胸を撫で下ろした。
「なんでこうアンデッド系の魔物ばっかりでて来るの…」
「知らないわよ…そんなこと……」
「…砂漠の暑さのほうがまだましだったかも。」
「わたしも…もう嫌……」
 ピラミッド一階、上へと続く階段付近、二人は挫折気味に嘆息した。

「…だいたいどうしてこんなに罠が多いのよ!」
 ピラミッドには侵入者除けに多くの罠が仕掛けられている。その殆どは盗賊であるシキが解除してまわっているのだがどうしても解除できないものもある。 そういった罠に、レイはシキが注意する傍からことごとく罠に掛かってしまっているのだ。
「…自分の先祖に聞いてくれ。頼むからもう俺の前に立つなよ。」
 シキはレイが罠に掛かる度に彼女を助けるために動き回っているのだ。
「…わたしだってわざとやってるわけじゃないわよ。」
「わかってる。」
「罠も多いけどアンデッド系の魔物の多さ、どうにかならないの…気持ち悪くて戦えない。」
 ティルは先程までに現れたミイラ男や腐った死体などの魔物を思い出し身震いする。 いくら強い実力を持っていてもあのような魔物が相手となると話は別である。ティルの得意とする武術では、 攻撃しようとするとどのように頑張ってもアンデッドの腐った身体に触れなければならないのだ。 ティルは先程から極力アンデッド系の魔物と戦うことを避けてきている。周りを囲まれた時などだけは止む終えず戦っているが、それでも攻撃は何時もよりかなり控えめである。
「僕も…あんまり相手したくないな。」
 ユウも極力剣を使わず魔法を唱えるようにしているのだが、元々呪文はあまり得意ではないのでこの調子でいくといつまで魔力が持つかわからない。 そのためで極力けアンデッドとの戦闘は避けたいと思っている。
「言ってる傍から悪いが…」
 シキが前方を腰から鞭を外し、構えながら前方を指す。
「お客さんだぜ。」
「げっ!!」
 群れを成して此方に向かってくるミイラ男やその上位の魔物に当たるマミーを見てティルが露骨に嫌そうな態度を示した。
「…別の道とかいっちゃだめなの?!」
「残念だが上に行きたいなら階段は奴らの先だ。」
 シキは鞄の中を探ると鎖鎌を取り出しティルに投げ渡した。
「爪が嫌ならそれでも使ってろ。」
 ティルはしばらくそれを眺めていたが、やがて飛び出そうとしているシキに悪態をついた。
「…こんなの持ってるならもっと早く出してほしかった。」
「さっき思い出したんだよ。」
 ユウがそれを覗き込んで訊ねる。
「鎖鎌…ティル、使えるの?」
「……剣よりはまし。ユウの呪文の詠唱時間くらいは稼げるよ。」
 ティルは浮かない顔をしながらもシキに遅れて飛び出すと、お世辞にも上手いとは言えない動作で分銅の先に付いた鎌を投げつけミイラ男を切りつけた。 少なくともこれなら直接触れることはないだろうとの判断からか、その動きは先程までよりも幾分か軽い。
 魔物たちの足止めを二人に任せ、ユウは先程と同じよう、退魔の呪文の詠唱に入った。




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