第29話−魔法の鍵






「えっ。」
 三階への階段を上りきり、今までとは違う神聖な雰囲気に驚いてユウは立ち止まった。
 階段のあたりは多少開けた場所になっていて、ある程度周囲の様子を見渡すことができるようになっている。そこから周りを見回してみたが魔物の姿は一つもない。
「ここには魔物がいないみたいだね。」
 ティルが同じように周囲を見回し三方に伸びている通路のうちの一番大きな通路の奥を指差した。
「ユウ。あれ。」
 石造りの巨大な扉がそこにはあった。
 一人や二人ではとても動かせそうにない。
「シキ…開けれそう?」
 シキが扉を睨むようにして観察すし、首を振る。
「今のままじゃ梃子でも開きそうにないな。多分どこかに仕掛けがあって、それを解除すれば開く仕組みなんだと思うが。」
「魔物もいないみたいだし、分かれて探す?」
「そうだね。」

 それから暫らく、ユウたち四人は石造りの扉の前で白紙の紙に即席で書き込んだ三階の地図を囲んで腰を下ろしていた。 殴り書き程度に大雑把に書かれているが、これを見ればこの三階は左右対称な造りをしていることが伺える。
 三又に別れた通路のうちの残りの二つ通路の先に、其々二つずつ丸印が付けられている。
「他にそれらしいものはなかったし…あのボタンがこの扉を開く仕掛けってことだよね。」
 二手に分かれて進んだ通路の先で見つけた合計四つの真ん円な形のボタン。 中央にあるこの扉を開けるための仕掛けであることは一目瞭然だが罠が仕掛けられている可能性も高いため迂闊には手を出せない。
「うん…どれか一つが本物で残りが罠か…」
「ある順番で押すと扉が開くか。だな。」
「後者だとすると間違った順番で押すと罠が発動するかもしれないから適当に押したりは出来ないし…」
 一同が難しい表情で腕を組むなか、レイは何かを手掛かりがないかと記憶を振り返る。
「……四つのボタンで、扉が開く、のよね………それって!――シキ!!」
 レイがふと何かに気付いたようで、勢いよくシキへと向き直った。
「このボタンってもしかして東側と西側にあるの?」
 シキはピラミッドの入り口のあった方角と今までに進んだ道のりを照らし合わせすぐさま答えた。
「ああ。このフロアではこの扉が北側にある。」
「レイ?なにか分かったの??」
 ユウに頷きレイは目を瞑り短い歌を歌った。
「『まんまるボタンはふしぎなボタン。まんまるボタンでとびらがひらく。東の西から西の東へ、西の西から東の東。』イシスに住むものなら誰でも知ってる童歌よ。 昔聞いたことがあるわ。この童歌にはピラミッドの秘密が隠されているって。」
「それだ。」
 シキは頷くとすぐさま立ち上がり、ティルもそれに続く。
「シキ…ティル…」
「他に当てがあるわけじゃないからな…」
 確かに、この状態で可能性があるなら試すより他にない。
「じゃあ、私は西側に行ってくるから、合図よろしく。」
「ああ。」
 二人はすぐさま東西で役割を分担するとボタンの備え付けられた壁へと向かって行った。


「――西の西から!」
「押したよ!!」
 フロア全体に響き渡るよう大きく息を吸って吐き出したレイの声に、すぐさま此方も大きな声で返答が返る。
「最後よ!東の東!!」
「押したぞ!」
 シキからの返答の直後、ユウとレイの後方で、ズズッと重い石壁が動く音が響いた。
「開いた!?」
 ユウは目を瞬かせながら、此方へと戻ってきているであろうティルとシキにも聞こえるように大きく叫んだ。

 重い石造りの扉の先には祭壇があり中央に綺麗に装飾された小さな宝箱が置かれていた。シキがそれを拾い上げて中身を取り出す。
 皆に見えるよう差し出された掌の中にあるのは造られてからの長い年月を感じさせない銀色に輝く一本の鍵。
「これが、魔法の鍵…?」
「間違いないわ。少しだけど、この鍵から魔力を感じるもの。」
 シキは少しの間そうして差し出していたそれを、腰に着けている小さなポーチの中にしまいこんだ。
「…もう少し見せてくれてもいいじゃない。」
 呟くレイを一瞥しシキは踵を返す。
「後でな。いつまでも此処に居るわけにもいかないだろ。」
「……またあいつらのいるところに戻るのか…」
 あからさまにうんざりとした表情を見せ、ティルが嘆息する。取り敢えずの目的は達したところで、一同は踵を返し、再び魔物の出る階下へと向かって行った。


 それから暫く、シキは上階から降り注ぐ光を恨めし気に見やりながら息を吐いた。
「……開けたところの中央には近づくなと、言わなかったか?」
 半眼で睨みつけるシキにレイは必死で反抗する。
「あの場合仕方ないでしょ!あなたじゃあるまいし魔物と戦いながら罠をよけるなんて器用な真似が出来るわけないじゃない!!」
「…とりあえず、過ぎたことは忘れて早くここから出ようよ。」
 諦めたように呟くティルに頷きユウはシキと同様に高い位置にある天井を仰いだ。天井には穴が開いていて、上階からの光はそこから注がれている。 今、彼等は薄暗い地下の空間に転落してしまっているのだ。

 運が悪かった。としか言いようがない。もうすぐ出口だというところで魔物の群れと遭遇してしまったのだ。
 戦おうにも逃げようにも罠が多い場所なので迂闊に身動きが取れない。 魔物の一体が火の息を吐き、レイが咄嗟にそれを避けようと背後へ跳び退いた次の瞬間、四人のいた場所の足場が崩れ、彼等は階下へと転落したのだ。 誰も怪我がなかったのは不幸中の幸いだと思う。
 持っていた携帯用のランプに火を灯しティルは辺りを伺う。どうやらここは四角形の形をした大きな部屋になっているようだ。
 半歩だけ前に踏み出した足に硬いものが当たる感触にティルは足元を照らした。その場に転がる数個の骸骨に驚いてサッと足を引いて仲間たちの方を振り返る。
「ねえ…ここって……」
 皆も同じものを見たようで、レイが身震いしながら答えた。
「むかし、王家に仕えていた家臣たちじゃないかしら……ピラミッドが造られたころには、 王が死んだら王があの世で困らないよう身の回りの物や……人を…一緒に埋葬していた…らしいの。」
 レイは体が震えるのを抑え、手を合わせ黙祷する。
 それに三人も続き、しばらくして顔を上げ、シキがユウに訊ねた。
「ユウ。脱出呪文は…まだ習得していなかったな。」
「ごめん。それに使えたとしてももう魔力が残ってないよ……」
 申し訳なさそうに告げるユウ。そもそもそんな呪文が使えたのなら、魔法の鍵を手に入れた時点でさっさとこの罠と厄介な魔物の多いピラミッドから脱出している。と、
「あ、私使えると思うわ。」
 突如レイがそう切り出した。
「…使えるならもっと早くに言ってくれ。」
「わ、悪かったわよ!」
 悪態を吐くシキに反論の余地なくレイはむっとしながらも謝罪の意を述べた。はっきり言って、彼女は脱出呪文の存在を失念していたのだ。 今までの旅の中で、それを使うことが無かったのだから無理はない。
「深き迷宮に在りし意思よ。我等を外へと送りたまへ――リレミト…――えっ?」
 レイの魔法が発動しようとしたその時、集束した魔力が一気に霧散した。
「どうして…成功すると思ったのに…」
「まさか…」
 シキは嫌な予感がしてユウに向き直った。
「ユウ。メラくらいなら打てるか?」
「うっ、うん。」
 ユウは答え、すぐさま詠唱へと移る。それを一瞥し、シキは自身も深く目を瞑り集中する。
「――メラ。」
 しかし、やはり魔力はかき消され、本来現れるはずの小さな火の玉は影すらも見られない。
「シキ…そっちは?」
 ティルが訊ねるのとほぼ同時にシキは目を開き首を振る。
「だめだ。盗賊呪文も使えない。」
「そんな…」
 押し寄せる不安を押し切るように、ティルは一歩前へと踏み出した。
「とりあえず、出口を探そう。造った時に使ってた出入り口とか、一つくらいは残ってるでしょ。」
 そうであってほしい。それは四人の中の誰もが望んでいることである。

 落ちてきた部屋を抜けると似たような部屋に続いており、誰からともなくため息が漏れた。
 慎重に歩を進めながら、シキがぽつりと呟いた。
「魔法封じの結界か…どうにかして破れたれ楽なんだがな。」
 そんなシキをレイが横目で一瞥し返答した。
「無理よ。この結界がピラミッドの造られた当初からあるのだと考えれば、この結界を張ったのは太陽神ラーの加護を受けた王が張ったものだと思うわ。」
「…同じラーの加護を受けた者の張った結界なら、ラーの加護を受けた者なら破れるんじゃないのか。」
「……悪かったわね、魔法を上手く使えなくて。」
 睨み付けるレイを気にも留めず歩を進めていたシキは、ふと何かを感じたのか足を止めた。
「シキ?」
「……」
 不思議そうにこちらを見る仲間たちを無視してシキは足元の砂を軽く払いのけた。するとその場所に、蓋をするように置かれた厚みのある木版が置かれていた。
 シキが無言でそれを持ち上げその奥をティルがランプで照らした。
「…階段…下に続いてるみたい。」
 狭い通路になっていたそこを覗いたティルが振り返りユウとレイを見上げる。
「行ってみよう。」
「えっ…うん。」
 ユウは不安そうに頷いた。




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  文化とかはあんまり詳しくないのでかなり適当です。









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