第30話−炎の瞳








 階段の先には細い一本の通路が延びていて、壁には昔のイシスの人々の暮らしを表したものだろうと思われる絵が描かれている。その先に祭壇を見つけティルがその上に駆け上った。
 祭壇の上には大きな箱―棺であろう―が置かれていて、ティルがそっとその蓋に触れた。
「…あっ!」
「どうしたの?」
 突然声を上げたティルにユウが訊ねたその時、ズゥン。と大きな音を立てて蓋が棺の上から落ちた。
「なんてことを…」
 レイが顔を青くして口元を手で覆う。
「わ、私だって、故意でやったわけじゃない!!」
 慌てて取り繕うティルの顔色も若干青い。これは死者への冒涜になってしまうのだろうか。そう考えつつ、ティルは棺を見やった。
「…あっ!」
 ティルは、棺の中のとあるものが目に入り、再び声を上げた。ゆっくりと、恐るおそるといった様子で棺の中に片手を入れ、すぐにその手を引き抜く。 引き抜かれたその手には黄金に輝く爪が握られている。ティルはそれを握ったまま、思案気に振り返った。
「…これって、持っていったら駄目かな?」
「……それ、持って行くつもりなの?」
 ユウが驚いて声を荒げる。
「うん。強そうだし、持っていきたいなぁなんて思ったりするんだけど、拙いかなやっぱり…」
 苦い表情で答えるティルにレイが呆れた様子で呟いた。
「……こういうところにあるものって、持ち主の怨念が籠って呪われているとかって、相場は決まってるわよね。」
 その時だった。祭壇の上から再び、ズゥン。と大きな音が響いた。不思議に思い振り返ると外れたままになっていたはずの棺の蓋がもとの位置に戻っている。
「なっ!!」
 驚いて絶句する彼等に、頭に直接響くような声が響き渡った。
『黄金の爪を持つものに災いあれ。』
 背筋に悪寒が走ったのと周囲に変化が起きたのはほぼ同時だった。
「なっ!モンスター!!」
「今までなにも居なかったのに!!」
 沸いて出るようにして突如魔物の大群が表れたのだ。まっすぐに此方へと向かってくる魔物達を見て、 レイは急ぎ駆け寄ってくるティルに対して思い切り叫んだ。
「だから言ったじゃない!!どうするのよティル!!!!」
「とりあえず、戦いながら戻るしかないな。離れるなよ。」
 冷静に答え、武器を取り出すシキの影に、レイはそっと身を隠した。

 倒しても倒しても押し寄せてくる魔物達と戦いながら、ユウはふと魔物の多くがティルの方に向かっていっていることに気が付いた。
(…?ティルの方に向かっていく魔物が多い…でもどうして…………もしかして!!)
 魔物たちの狙いに気が付いてユウが叫んだ。
「ティル!!この魔物たちはその爪を狙ってるんだ!…それを元の場所に戻せば…」
「そんなこと言っても…」
 ティルは先程まで黄金の爪が置かれていた祭壇の上を一瞥する。そことは既に結構な距離が開いてしまっている。
「今さら遅い!!…っユウ!!」
「え?……っ!!」
 考え事をしていたのと今までの戦闘の疲れが重なって背後から迫る攻撃への反応が遅れた。咄嗟に防ごうと剣を前に出す。
(だめだ、間に合わない!)
 そう思ったその時突如魔物が絶叫をあげその場に倒れた。驚いて凝視すれば魔物の背に短剣が刺さっているのが見て取れた。 その短剣―アサシンダガー―の刃に塗られた毒が魔物の体に回っているのだろう。その魔物は既に絶命している。
 ユウは慌ててその短剣の持ち主であるシキを見た。
「ぼけっとするな!構えろ!!」
「うっうん。」
 ユウはハッとして剣を構えなおした。
 ティルは周りの敵を一蹴するとユウの傍へと駆けつけた。
「大丈夫?」
「なんとか…」
 それを聞きつつティルは魔物の背に刺さったアサシンダガーを引き抜くと、シキに向かって躊躇いなく投げつけた。
「シキ!!」
「悪い。」
 シキが投げられた短剣を難なく受け取ったのを横目で見、ティルはユウに背を預けて構えた。
 

(このままじゃ…やられる…)
 シキやティルの腕は一流だしユウもそれには劣るがかなりの腕前をしている。しかしこうも多勢に無勢で攻められてはいくらなんでも体力が持たない。
(わたしも、なにかしないと…)
『旅に出たとして、貴女に何が出来るというのですか?』
 脳裏に母の声が蘇る。旅に出たいと言ったときに言われた言葉だ。
 確かに今も今までも自分は何も出来ていない。レイは必死で考える。今自分が出来ることは何なのか。
『同じラーの加護を受けた者の張った結界なら、ラーの加護を受けた者なら破れるんじゃないのか。』
(でも、わたしは肝心の魔法が使えない…)
 どうすればよいのかと悔しげに表情を歪めるレイの脳裏にもう一つ、過去に母に言われたある言葉が過った。
『攻撃呪文が使えないのは貴女がどこかで自分の力を恐れているからではないのですか。』
 レイはハッと目を見開いた。それはレイが今よりもう少し小さかった頃、使えもしない魔法の練習をしていた時に言われた言葉である。
(そうかもしれない…もし失敗したらどうなるかとか、考えるとすごくこわいもの…)
 恐れるのは魔力の暴走。攻撃呪文は敵を倒す際には便利だが、一度その魔力のうねりが自身や仲間へと向かえばと思うとぞっとする。 特に、レイは太陽神の加護を受け、生まれつき他の人より強い魔力を持っていると云われているのだから、その被害を考えずにはいられなかった。
(…でも、このままじゃ……!)
 レイは顔を上げ、戦っている仲間たちの様子を見る。目の前でシキが自分を庇いながら一人で大勢の魔物の相手をしている。 少し離れたところではティルとユウが互いに背を預けて戦っている。 ティルは既に疲労の色濃い様子のユウをフォローするように動いているが、そのティルやシキにも疲労の色が見え隠れしている。
(失敗することを恐れたらいけない。今わたしがやらなくちゃ、みんなが助かるかわからないじゃない。)
 レイは即座に、失敗することの恐ろしさやこの場に魔法封じの結界が張ってあり自分がそれを破れるかどうかといった不安をかき消した。
 レイは瞳を閉じて深い集中に入る。自然と頭に浮かんだ文を唱え口ずさむ。
 今なら今まで成功したことのない炎の呪文を使うことが出来るような気がした。

「炎よ――」
 突然響いた澄んだ声に三人は一瞬動きを止めた。それはこの場では使うことの出来ないはずの呪文を唱える声。
「レイ!」
 結界の張られたこの場所で、しかし彼女はゆっくりと確実に魔法の構成を完成させていく。
 レイは閉じていた瞼を開いた。その奥からのぞく瞳が炎のような真紅の色に輝いている。
(お願い、応えて!!)
「――ギラッ!!」
 声と同時に、迸る炎が迫り来る魔物の大群を焼き尽くした。


 何年もの間、扱うことの出来なかった力が、いま、彼女の前に具現してその威力を示している。
「でき…た…。」
 その力――迸る炎を呆然と見つめレイはポツリと声を漏らした。
 自らの中に駆け巡る力の大きさに興奮し、心臓の鼓動が速くなっているのがわかる。
(これが、私のちから……?)
「レイ!!」
 魔法を放ったままの体勢で静止していたレイは、その声に我に返った。周囲を見ると離れたところにいたはずのユウとティルが随分と近くまで駆け寄ってきている。
「なっ!!」
 そのさらに奥を見て、レイは絶句した。先程まで対峙していたのと同じかそれ以上とも思えるほどの量の魔物が凄まじい勢いでこちらへと押し寄せてくる。
「レイ!リレミト、唱えられる?」
 傍で立ち止まったティルが早口に訊ねる。軽く息を整えながらも彼女は向かってくる大群に備え隙なく構えている。
「分からない。けど、やってみるわ。」
 レイは再び真紅の色をした瞳を閉じた。
「深き迷宮に在りし意思よ。我等を外へと送りたまへ――」
 ゆっくりと確実に、レイは呪文の構成を編んでいく。
(大丈夫…絶対に。)
 大きく息を吸い込んで、レイは呪文を解き放った。
「――リレミト。」

 呪文が発動した瞬間に辺りの景色が大きく歪んだように見え、次の瞬間には四人は砂漠の中に立っていた。
 背後に在るピラミッドから、魔物が追ってこないのを確認し、四人は誰からともなく安堵の息をついた。
「…たすかった。」
 胸を撫で下ろし呟くレイに、ユウは微笑んだ。
「レイのおかげだよ。ありがとう。」
 礼を述べられ実感が湧いて来たのかレイは大きく息を吐き出し胸を押さえた。興奮が収まらずまだ心臓が早打ちしている。
「わたし…出来たのね、火の魔法。」
「うん。」
 危機に陥ったことで、そこから皆を助けたいと思ったことで、レイの中に眠っていた力が目覚めたのだろう。
 ティルの短い肯定を聞き、レイは安堵してその青い瞳を細めた。
「そう。…よかった…」
 そう言ってふらりと傾いた体を咄嗟にシキが手を伸ばして受け止める。
「レイ!!」
 驚くユウに気を失ったレイを抱き上げながらシキが冷静に答えた。
「今まで使えなかった魔法をいきなり使ったんだ、それも結界を破ってな。疲れが溜まったんだろう。」
 ほっと胸を撫で下ろすユウの隣で、ティルが荷物の中からキメラの翼を取り出した。
「戻ろう。はやく休ませてあげないとね。」
「うん。」
 ほぼ半日ぶりに見る砂漠の空に、ティルはキメラの翼を放り投げた。




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  黄金の爪を持つものに〜はうる覚えです。ゲームと文が違っているかも。








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