第32話−王の頼み事






 アリアハンで暮らすユウの母―アリアのもとにある人物が訪ねてきたのは突然のことだった。
 いつものように夕食の支度をしていたアリアは突如背後から感じた視線に身を硬くした。
「…誰?」
 慎重に背後を振り返りそこにいた人物に驚き目を見開いた。
「カンダタ!?」
「よお。アリア=ファクト=ダーマ嬢。」
 何処から侵入してきたのか椅子に腰掛け我が家のようにくつろぐ男に呼ばれた名に、アリアはムッと顔を歪めた。
「その名前で呼ばないで頂戴。今はただのアリア=ディクトよ。」
 その言葉を聞き、カンダタはフッと笑みを浮かべて見せた。
「流石は親子だな。同じようなことを言う。」
 『親子』と言われ、アリアは一瞬考える。ユウではないだろう。あの子は呼ばれ方など大して気にはしないだろう。となれば――
「…ユイに会ったのね。」
 三年前、ダーマへと修行のために向かって以来、一度も顔を合わせていない娘の姿を思い浮かべる。
「『オルテガの娘』と言ったんでしょう。あの子は昔からそう呼ばれることが嫌いだったもの。」
 そう呼ばれて怒る様を容易に想像でき、アリアはクスリと笑みを漏らした。 確かに『ダーマの大神官の娘』と呼ばれることを極端に嫌っていた自分と似ているのかもしれない。
「まあな。息子の方にも会ったぜ。」
「ユウにも?!」
 アリアは改めてカンダタを見て、彼が何か面白いものを見つけたときのような表情をしていることに気が付いた。
「…なにを、たくらんでいるの?」
「別に何も。ただの里帰りさ。」
 その言葉とは裏腹に、彼の表情は何か企み事があるのだと語っている。
「なにも、な。あんたが心配するようなことはしないさ。アリア嬢。」
「…その呼び方は止めて頂戴。」
 顔を歪め、アリアが深く嘆息した。




  6.大盗賊と秘めたる心



「ふむ、船がほしいとな。」
 王座の上から此方を見つめるポルトガ王にユウは「はい。」と頷いた。
「無理な頼みだということは分かっています。それでもどうしても船が必要なんです。」
 ポルトガの国の造船技術は世界切ってのものである。ユウたちはその船を求めてこの国へとやってきたのだ。
 しかし船一隻を手に入れようとすると莫大な金額が必要となる。 もちろんユウがそんな大金を持っているはずもなく、こうして無理を承知でポルトガ王へと船を譲ってもらえるよう頼み込みに来たのだ。
「……いくらロマリア、イシスの認めた勇者であろうとも無償で船を渡すことは出来ぬ。」
 ユウに同行し、彼の後ろに控えているレイを一瞥しながらポルトガ王は告げる。
 その言葉にユウは目に見えて落胆した。
「…そうですか。」
「そのかわりに――」
「儂の頼みを聞いてはくれまいか。」
 ユウはキョトンと目を見開いた。


 王城を出て暫らく、沈黙していたレイがはぁっとあからさまに嘆息し、苦笑を浮かべた。
「思いっきり、良いように使われてる気がするわ。」
「……レイ。」
「…まあ、船をくれるって言うんだからありがたいと思ってるわよ。」
「うん。」
 レイの言葉にユウは頷いた。まさか本当に船を用意してくれるとは思わなかった。その代わりに突きつけられた条件には驚いたが・・・
「護衛…か。」
 大陸東部のバハラタという町の特産である黒胡椒をもっとこの国に取り入れたい。 その為の交渉人としてある商人を雇ったのでその者を無事にバハラタまで送り届ける護衛をしてほしい。それがポルトガ王の頼みというものだった。


「それにしても…『レオ』ねぇ…」
 城で聞かされた商人の名前を思い出しレイは呟く。
「知ってる人?」
「…そうかもしれない。」
 その名前にレイは聞き覚えがあった。
「イシスで話したでしょ。わたしが憧れているっていう商人のこと。」
「うん。確か町を創ったって人だよね。」
「ええ。その人の名前が『レオ』というの。」
 ユウはその言葉に驚き暫らくぽかんとしていたが、やがて明るい笑みを浮かべてレイに言った。
「それじゃあ、その商人、レイの憧れの人かもしれないってこと!?」
「まあ、そういうことになるわね。」

 カツン。とわざとらしく靴を鳴らした音にユウとレイは同時に背後を振り返った。
 彼等の後ろに着く様にして歩く青年と目が合った。
 若干青色の混ざった金の髪のユウよりも背の高いその青年はわざとらしく笑みを浮かべてユウを見下ろした。
「おっと、悪い。話の邪魔をしちまったみたいだな。」
「いっ、いえ…こちらこそ…」
 ユウは驚きながらも青年を見上げて返答する。隣にいるレイの様子に気付かずに。
「悪かったな、本当に…いやな――」
 青年は一度言葉を切り、わざとらしく浮かべた笑みをさらに濃くする。
「オレの名前が聞こえたもんでなにかと思ってね。」
「えっ??」
 素っ頓狂な声を上げるユウの隣でレイが驚きに目を見開きゆっくりとその青年を指差した。
「…レオパークの…創造者……レオ…?」
 ご名答。と言わんばかりに青年はレイを見て堂々と頷いて見せた。


 北東の大陸に新しい町が出来たらしい。と噂が広まったのは三年ほど前の話である。
 それまで、先住民の一族以外に住む人間が居なかった場所に創られたということと、 その町造りの指揮を執っている者が当時17歳の少年だということが話題性を生み、噂は瞬く間に世界中に広まっていった。
 かつて、ただ草原だけが広がっていたその土地は、現在では大国の城下町にも劣らないほどの賑やかさを持つ大きな街となっている。
 その町はいつしか街の創造主の名をとってレオバークと呼ばれるようになっていた。


 麻で作られたその服は長年愛用されているのかたいそう傷んでいて、所々がほつれている。 首からは赤白二枚の鳥の羽がペンダントにして下げられていて、胸元でひらひらと揺れている。 腰の辺りには細長い紐が二重に巻かれていて、必要最低限の物すらも入らなさそうな小さな道具袋が括りつけられている。 肩にはおそらく手製であろう木の弓と矢筒が掛けられている。
 そんなレオの格好をまじまじと見つめユウは思った。
(そんなにすごい商人には、見えないなぁ…)
 そんなユウの考えに気付いたのかレオはニッと笑みを浮かべてユウに向かって訊ねる。
「なんに見える?」
「えっと…狩人とか?」
 答えてユウははっとして申し訳なそうにレオを見上げた。
「ごっ、ごめんなさい!」
 レオは気分を害した風もなく笑みを浮かべたままで返答を返した。
「気にすんなって。オレだって商売する時にはこんな格好してねぇし。なっ?」
「えっ!?」
 いきなり話を振られてレイは素っ頓狂な声を上げた。
「前に会った時はもっといい格好してたでしょう?」
 軽い口調はそのままに、語尾だけを丁寧にして語りかける。
「えっ…ええ。」
「三年ぶり…だっけ?お久しぶりデス、イシスの――」
「ちょっ、ちょっと!!」
 いくらなんでもこんな大衆の面前で自分の正体をばらされては困る。 慌てて止めようとするレイにわざとらしく驚いた様子を見せてレオは口をつぐんだ。
「おっと悪い。こんなところで話すことじゃあなかったな。」
「………確信犯…三年前より随分と性格が悪くなっているような気がするけど。」
「まぁ、汚い世界もいろいろと見てきたもので。」
 さらりと言ってのけるレオに、レイは彼に対する評価を若干改める。それに気付いているのかいないのか、 レオはユウに向き直ると落ち着いた場所で話そうと提案している。 勿論ユウは直に承諾し、三人は宿へと向かうこととなった。
 しかし、後から訊けばいいと分かっていても、気になるものは気になるもので、
「…ところで貴方、どうしてこんな所にいるの?」
 レイは自分の好奇心に正直に、尋ねた。
「ん〜、お前ら他に仲間はいないのか?」
 全く関係のない返答にレイは少々ムッとする。
「あと二人いますけど。」
 そんなレイとは対称的に気にする様子もなくユウが答えた。
「んじゃあその二人と合流してから話すことにするよ。何度も話すのは面倒だからな。」
 レオは悪びれる様子もなく答えた。  




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  カンダタ編第二弾です。








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