第42話−目指すものは






 バハラタの町に戻ると、ユイはまず初めに宿の主人に人攫いたちは追い払い、二度とこの地に戻ることは無い。という旨を伝えた。
 それは噂となり、一刻とかからぬうちにバハラタの町全体に広まった。家を閉め切り籠もっていた人々は外に飛び出し、閉じていた店は開き、町は完全に元の活気を取り戻した。
 ユイは一度部屋を引き払い二人部屋に借り直し、荷物を移すと早々にエルを引き連れ何処かに行ってしまった。
 レオはレオでこの期に乗じて安値での取引をこぎつけようと勇んで黒胡椒屋へと出掛けて行った。
 その結果、宿にはユウたち四人と助け出された少女エミリの五人が残ることになったのだ。

「ふぅ…」
 漸くくつろげる場所に戻るとユウは疲労感を露にベッドに座り込んだ。
 それから一拍を置いて、マントと金冠を外すと軽く荷物の整理を始める。 洞窟一階でユイのせいで道に迷った際に見つけ袋に詰め込んだ道具やゴールドが主だが無理矢理持たされたこれらをユウはありがたく頂戴しておくことにした。
 少しの休憩の間を挟んで直ぐに女部屋の三人――因みに、ユイも含め二人ずつに分かれている――食堂に集まることになっているので、出来るだけ手早く済ませると直ぐに剣の手入れに取り掛かった。
 同室のシキも上着を脱ぐとそのなかから数本の短剣を取り出し一本ずつ素早く且つ念入りに刃こぼれが無いか確認している。
 そうして暫く黙々と互いの作業に没頭していたが、やがて変わらぬペースで手を動かしながらシキがユウに呼びかけた。
「ユウ。」
「なに?」
 こんな時にシキの方から話しかけてくることは珍しいのでやや驚きながら、ユウは手を止め顔を上げシキを見る。
「さっきの女、」
 その言葉が誰を指したものなのかユウが理解するまでに一瞬の時間を要した。 そしてそれが先程会ったばかりのエルフの少女を指すものだと気付いた時、シキが続きの言葉を発した。
「エミリ。という名前だそうだ。」
「へぇ。」
 そう流しかけ、ユウははたと気が付いた。その名前に聞き覚えがあるということに。
『アンの娘、名をエミリといいます。今旅をしている筈ですのでもし会うことがあればこのことを伝えてあげてほしいのです。』
 脳裏にノアニールで出会ったエルフの少女の言葉が過ぎった。
「!! もしかして、それってルイの言ってた…!?」
「ああ。多分な。」
「…そっか。」
 ユウの表情が悲しみに陰る。
「じゃあ、あのこと、話さないといけないね。」
 知れば少女は悲しむことになるだろうけれど・・・


 旅を再会する準備のために市場へとやってきたユイは背後から感じるピリピリとした空気に自身の行動を悔いていた。
(はぁ、宿において来た方がよかったわね。)
 その雰囲気を放っているのは旅のパートナーであるエルで、その空気はユイに対してのみ向けられている。
 理由は容易に考えられるがその解決策についてはひとつを除いてユイには到底考え付かない。
(仕方ない、か…)
 本当ならば避けて通りたいところなのだがユイは泣く泣くその解決策を実行することにした。
 市場を抜け、人気の無い脇道にそれるとユイは意を決して振り返った。
「…言いたいことがあるのなら、聞くわよ。」
 唯一の解決策というのはこれである。エルがこのような雰囲気を発する時というのは十中八九ユイの行動に対して言いたいことがあることなので彼女がおとなしく説教を受けておけばそれが今後の行動に響くことは無くなる。 そしてその説教の内容は常に同じである。
「では言わせていただきますが、自身のみを省みないような危険な行動はしないで下さい。」
 やっぱり。そうユイは思った。
 エルがこのように叱責を飛ばすのは何時も力量の高い強敵との戦闘のあとである。
 ユイは強敵との戦闘の際、相手の動きをよく観察し、思考を巡らせ最も相手に強力な一撃を与えられる手段を編み出すが、その際に自分が負うことになるリスクについては全くといっていいほどに考え無しなのである。
 そうして傷を負うごとにエルは傷を癒しながらユイに言い聞かせるのだが、ユイは何度言っても聴こうとはしない。
「いいじゃない。こうして怪我も無く無事で済んだんだから。」
「いいわけありません!!」
 エルの剣幕にユイは肩を震わせた。
「カンダタの最後の一撃、見ているこちらの心臓が止まるところでした!」
 それほどに、カンダタの斧はユイの間近を掠めていた。カンダタ自身にユイを傷付ける意思が無かったとしてもあとほんのもう少しカンダタが振るう斧が下を通っていれば、ユイがほんの一瞬でもタイミングを違えていれば、 ユイは大怪我を負っていたであろう。そう考えるだけで、エルは心臓が締まりそうになる。
「どうしてっ!もっと自分の体を大切に出来ないんですか!?」
 切実なエルの訴えにユイは顔を俯ける。こういう自身の身を案じる物言いにユイはすこぶる弱いのだ。
「………悪かったわよ。」
 意気消沈するユイだがそれが今後に反映される事がないであろうということをエルは身をもって知っている。 それでもエルはユイの危険を省みない行動を見逃すつもりは無い。何かあってからでは遅いのだということをユイに気付かせるまでは。


「…そうですか。お父さまとお母さまが…」
 ユウたちの話しを聴き、エミリは深く深く息を吐いた。話し始めた直後にはやや驚きを見せていたものの、両親の死を伝えた時にはその表情に思ったほどの変化は見られなかった。おそらく、彼女自身も大体の予想はついていたのだろう。
 エミリは青ざめた顔つきのまま、無理矢理に微笑みを浮かべて見せた。
「…知らせてくださって、ありがとうございました。…っ失礼します。」
 立ち上がり頭を下げるとエミリは逃げるようにしてその場を去った。
「あっ…!」
「ユウ、放っておいてあげよう。」
 慌てて追おうとするユウにティル言った。
「きっと、今は一人にしてあげた方がいいんだよ。」
 その言葉にはっとしてユウはエミリの出て行った扉の先を見つめた。そう遠くはない、ほんの数歩ほどの距離なのにその距離がとても遠く感じられた。
「…そうだね。」
 そう言いながら、ユウは中腰になっていた腰を完全にあげた。そして自分の泊まる部屋の方向に体を向ける。
「ユウ?」
「ごめん…僕、部屋にいるから。」

 部屋へと戻る廊下の途中、ユウは先程のエミリの背中をあるものと重ねていた。
(…あの時の姉さんも、一人で泣いてたのかな…)
 父オルテガが死んだとアリアハンの城で報告を受けたとき、その途中で姉は嘘だと叫んで一人城から駆け出して行ったのだ。 一人暗い雨の中に駆け出してそのまま次の日の朝まで帰ってこなかった姉の背中。それは先程のエミリのものと酷似していた。
(僕は結局なにも出来なかった。今も、姉さんのときも…)
 父の死後、暗くなったユイに明るさを取り戻したのはエル。母もユウも聞きだすことの出来なかったユイの本音を引き出したのはカンダタである。
(僕は、誰かの支えになれるのかな…?)
 寝転び、なにもない天井を見つめながらユウはそう自問した。




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