第34話−東へ






 バハラタの町の南部を流れる川のほとりに腰掛けて、ユイはひとり溜息をついた。
「収穫なし。か…エルのほうも、多分駄目でしょうね。」
 ユイはゆっくりと町のほうを振り返る。今は昼間だというのに外には殆ど人がおらず、緊迫した雰囲気が町全体を包んでいる。
 三日ほど前、この町に人攫いが現れたらしい。
 人攫いはたまたまこの町に立ち寄っていた旅の僧侶の少女を連れ去っていったらしいが、次は自分かもしれないという恐怖から、人々は家の中に篭りっきりになっているのだ。

「ユイ。」
 振り向くとそこには待ちわびた相棒の姿があった。
「遅れてしまって申し訳ありません。」
「別に構わないわ。それで、どうだった?」
「やはり誰も人攫いが何処に去ったのか見た者はいないようです。」
 それから、と周りを気にしながら声を潜めてエルは続ける。
「攫われた少女のことなのですが…」
 周囲に誰もいないことを確認し、ユイの耳元で囁く。
「教会で聞いた話では、何でもエルフの少女だったらしいですよ。」
 ユイは軽く目を見開き、顎に手を当てなるほどね。と呟いた。
「それじゃあその人攫い達はその子を狙って来た可能性が高いわけね。」
 妖精族であるエルフが人里に現れることは少ない。おそらくその人攫い達は裏のルートでそのエルフの少女を高額で取引するつもりなのだろう。

「カンダタ…じゃあないと思うわ。あたしの知っている限りあいつはそんなことはしない。」
 ユイの集めた情報が間違っていなければ、彼女の追っている盗賊カンダタはこのバハラタ近辺に潜んでいるはずだ。 その事を考えれば人攫いがカンダタであるという可能性を消すことは出来ないが、彼はこれまで義賊として活動しており人身売買などの悪事はおこなっていない。
 ユイはカンダタを追う側の立場だが、彼がそんな極悪非道な行動を行うとは思ってはいないのだ。
「まあ、カンダタだろうがそうじゃなかろうが、あたしの前で悪事を働いたからにはとっ捕まえてやるから覚悟してなさい!」
 ぐっと拳を握り締め仁王立ちするユイをエルはじっと見つめている。
(本当に正義感の強い人だ。)

 三年前、ダーマで出会った彼女は勇者として旅に出るための修行をしていた。
 結局、その任を放棄してエルと共に旅立ったユイは、普段は羽目を外して騒いだりふざけたりする事も多いが、 困っている人を見たり悪事を働く者達を見つけるなど何らかの事件を発見した時には、ユイは必ずその事件に首を突っ込み、それを解決している。
 本人はあまり良く思っていないがやはり勇者の血を受け継いでいるのだ。
「それじゃあエル。あたしはもう少し回ってみるからそっちもよろしくね。」
「あまり無茶はしないようにしてくださいね。」
「ええ。心得ておくわ。」



 ヒュンっと風を切る音と共に繰り出された蹴りに毒蜂類の魔物―ハンターフライが地面へと叩きつけられた。 蹴りを放った張本人―ティルは、その魔物が地に伏すのを見届けることなく次の魔物へと向かっていく。
「はっ」
 短く発した声と共に掌底を放ち吹き飛ばすと、短剣を手にしたシキがすかさず吹き飛んだ魔物を切りつける。
「二人ともっ!下がれ!!」
 その声に反応して二人は瞬時にその場所から飛び退く。
「――ニフラム!」 「――べギラマ!!」
 聖なる光が魔物たちを包み、激しく渦巻いた灼熱の炎が魔物たちを襲う。
 やがて光が静まり、炎が収まって、そこには最早生きた魔物の姿は見受けられなかった。

 荒くなった息を整えながら、ティルは額の汗を拭った。
「大丈夫?」
 そう言ってそばへと駆け寄ってくるユウの表情にも疲労の色が深く根付いている。
「うん。ユウこそ大丈夫?しんどそうだけど…」
 ユウは苦笑を浮かべた。
「うん…魔法は、あんまり得意じゃないから…」

 ユウ本人の言う通り、彼は後ろから魔法を使って戦うよりも前に出て剣で戦うことを得意としている。 それなのに何故彼が後衛に徹しているのかというと・・・
「お〜い。ユウサン回復〜」
「あっはい。」
 彼等がいるのはアッサラームから、開通したトンネルを抜けた大陸の東部地方。
 東部地方には今まで旅を続けてきた西部地方よりも強い魔物が多く生息している。
 敵が強くなれば必然的に怪我を負う事も増える。それならばこの中で唯一回復呪文を使うことが出来るユウを後衛に回し、 誰かが傷を負った際、すぐに回復に回る事が出来るようにしてはどうか。 というレオの提案により、ティルとシキが前衛で敵と戦い、その隙にユウとレイが呪文を唱え、 中衛に立ったレオが後衛の二人を守りつつ呪文が発動する際に前衛の二人に知らせる。という今の戦闘隊形となったのだ。

 傷を癒す聖なる光が治まり、ユウは深く息を吐いた。数日にわたってあまり得意ではない魔法を酷使してきているので疲労は頂点に達している。
「休むか?もう少しでバハラタの町に着くけど…」
 レオに問われ、ユウは首を横へと振った。
「大丈夫です。もう少しなら…」
「…そうか。」
 その時、傍にある茂みががさがさと音を立てた。
「っまた!!」
 素早く戦闘隊形をとって静止する。その間も茂みからは音が響くが魔物が飛び出してくる様子はない。
「!!」
 レオがスッと目を細めた。多い茂る草に視界を邪魔されはっきりと確認することは出来ないがあの影は――
「人だ!あそこで戦ってる!!」
 その声を聞くや否や、ユウたちはそちらへ向かって飛び出した。

 数対の魔物とそれに囲まれた人影を見た瞬間、ユウは疲労を忘れて剣を引き抜いた。
「ユウはそっちをお願い!」
「うん!」
 隣を駆けるティルに頷き返し任せられた魔物の側へと駆けると剣を横向きに薙いだ。
 新たな人間が現れたことに驚き一瞬静止した魔物はその剣を直に受ける。ユウはその魔物にもう一度剣を振り下ろすと振り返った。
「大丈夫ですか!?」
 振り返ると、その人物はなぜか驚いた様子で此方を見つめている。
(えっ!!?)
 相手の顔を見て、ユウも驚き大きく目を見開いた。
「ユウ…?」
 剣を握るのと反対側の手を持ち上げてゆっくりとこちらを指差す相手に、 ユウは一瞬魔物の存在も忘れ同じような動作を返した。
「姉さん…?」


 残った敵を退けて彼女の顔を見てティル、シキ、レイの三人は、ユウ同様に驚いて見せた。
「ユイさん?」
「お久しぶりね、ティルちゃん。助かったわ。」
 いち早く我に返ったユイが先程まで戦闘をしていたとは思えない笑顔を見せる。
「え〜と…誰?」
 一人ユイとの面識がないレオが訊ねる。
「あたしはユイ。そこのユウの姉よ。あなたは?」
「オレはレオ。ユウサンにはポルトガから同行させてもらってるんだ。よろしく。」
「ええ。こちらこそ。」
 レオが差し出した手をユイは握り返す。やがてどちらともなく手を離すと、ユイはユウへと向き直った。
「それにしても貴方までこっちに来るとは思わなかったわ。彼の言葉からしてポルトガには行けたようだけど。」
「うん、そうなんだけど、ちょっと頼まれごとで…」
 そう言って苦笑を浮かべるユウに変わってシキが訊ねた。
「そっちこそ、カンダタには会えたのか?」
「それがちょっと行き詰ってて……」
 ユイがはっとしてシキを見つめた。シキはそれに怪訝そうに眉を寄せて見せた。
「ねえ…シキ君。あなた確か盗賊だったわよね。」
「ああ。」
 困惑しつつも答えるシキに近づきそのの両肩にユイは手を置いた。
「なら、悪事を働いた後の同業者なんかが隠れ家にしそうな場所とかって解らない?」
「……相手によるな。」
「そう。」
 短く答え肩から手を離しニッと笑顔を見せるユイにシキはそれとは分からないほど小さく表情を引きつらせた。

「それじゃあ、手を貸してくれない。」
   




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  ユウが回復役に回ってたというのは実話です。
  勇武盗商のパーティだと魔法を使えるのが勇者しかいないので薬草を買いだめしてましたけど…








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