ユイに半ば強引に引かれるようにして辿り着いたバハラタの町は、まるで人気のない寂れた村のようにがらんとしていた。 「…ここって、いつもこんな感じなの?」 思わず声に出しそう訊ねたユウに対してティルは首を横の振って見せた。 「ううん。前に来たときはもっと活気のある町だったはずだけど…」 「ええ。ほんの3、4日ほど前まではそうだったらしいわ………げっ!」 ユイは前方にある教会の敷地内から此方へと向かってくる人影を見て顔色を変えた。 「あっ、エルさん。」 エルは立ち止まりこちらを見、人当たりのいい微笑みを浮かべた。 「皆さん。お久しぶりです。」 エルは会釈した後視線をゆっくりとずらしユイを真っ直ぐに見据えた。 「ユイさん?」 ばつの悪そうな表情を浮かべユイは一歩後ずさった。 「私は先程、無茶はしないようにといいましたよね?」 「え、ええ。」 「ユウ君たちと一緒に街に入ってきたということは町の外に出ていたということですよね?」 「そういうことになるわね。」 ユイは引きつった笑みを浮かべ明後日の方向へ視線を向けた。エルはそんなユイの様子に溜息を溢す。 「何故貴女はそうやって、無茶ばかりするのですか…って!」 エルが目を離した一瞬の間にユイの姿はその場から消えていた。 「ユウ!一時間後に町の一番東側にある宿屋に集合!!」 「待ちなさい。ユイさん!」 遠く離れたところで振り返って叫ぶユイをエルが追って行く。ユウたちはそれを呆然と見送った。 ユイとエルが宿に姿を現したのはそれからきっちり一時間後のことだった。 先程とは打って変わってすっかり意気消沈した様子のユイにユウは驚き目を見張った。 「姉さん…なにがあったの…?さっきまでと随分様子が違うけど…」 「30分も説教聞かされて平気な顔でニコニコしていられるわけがないでしょう。」 どうやら逃げ延びられたのは半分にも満たない時間であって、その後はぎりぎりまでエルに説教を聞かされていたらしい。 それでもこちらとの待ち合わせの時間には間に合っているのは流石エルといったところか。 「不覚だったわ。あんなところで捕まるなんて…」 「本題に入らないのでしたらまだ続けても構いませんよユイ。」 「はい。始めさせて頂きます。」 すっかり根負けした様子でユイは頷いた。 「その人攫いを捕まえるのに協力しろと。」 「そうそう。女の子ひとり攫われてるのに断るなんてしないでしょ?」 確信的な笑みを浮かべるユイにシキは溜息を一つ溢した。そんな相棒の代わりに、ティルが尋ねる。 「それで、何をすればいいんですか?」 「そうねえ…まあ要するにアジトを見つけてほしいわけなんだけど……」 ユイは弟やその仲間へと視線を巡らせる。 「あなたたちはとりあえずあっちね。」 指差された方を見てユウは疑問符を浮かべた。 「……壁?」 「そんなわけないでしょう…」 ユイはガクリと項垂れた。 「隣の部屋で休んできなさいっていってるのよ。特にユウ。ふらふらじゃない。」 深夜、扉を叩く音にユイは怪訝そうに眉を寄せた。 「誰?」 「僕だけど。ちょっといいかな…」 (ユウ!?) 驚きつつもユイはそっと扉を開ける。 「…あんたねぇ、今何時か分かってる?他の人なら寝てる時間よ。」 半眼になって睨むユイにユウはごめん。と申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。 「明かりが点いてるのが見えたから。」 「まあいいわ。入りなさいよ。」 「うん。」 椅子を出しユウに座らせ自身はベッドに腰掛ける。 「それにしてもユウ。あなたどうせラスティと剣の修行ばっかりしてたんでしょう。ティルちゃんに聞いたわよ。 さっきふらふらしてたのは魔法の使いすぎが原因だって。」 なかなか話を始めようとしないユウにユイは別の話を切り出した。 「…うん。」 「せっかく母さんみたいな良い先生がいたんだからもっとちゃんと練習しときなさいよね。」 「うん……」 (やっぱり、アリアハンのことか。) 懐かしい故郷の話題に対して弟の反応はぎこちない。 彼女に遠慮するように苦笑し、あまり多くは言葉を発しようとしないユウの様子を見てユイはそれを確信する。 二人の間に沈黙が走る。 「姉さんはさ…アリアハンに戻るつもりはないの?」 「戻ったらあたし、思いっきり叩かれるわよ。」 「そりゃあ、姉さんのこと責める人も、いるかもしれないけどさ…」 世界を救う勇者としての責任を放棄した臆病者が帰って来た。 アリアハンに住む人々の中の何割かは、確実にユイのことをそう言って責めるだろう。ユウもそのこと十分に理解している。 「他の人のことじゃなくてさ、母さんは姉さんのこと心配してるよ。」 「……」 「ラスティもムトおじさんも心配してる。姉さんは、帰りたくないの?」 ユイは無言で首を横に振る。 「別に、帰りたくないわけじゃあないわ。でも、今はまだ駄目。やることがあるもの。」 「人攫いのこと?それともカンダタのこと?」 ユウの問いかけにユイは頷いて返す。 「どっちもよ。悪事を働くような奴、許しておくことは出来ないもの。…それに、ここで逃げたらあたしの負けだもの。」 「え?」 「なんでもないわ。」 ユイは立ち上がり扉へと向かう。 「さあ、もう部屋に戻って休みなさい。明日は働いてもらうわよ。」 人を起こさないようにそっと扉を開けてユウを促す。 「うん。お休み、姉さん。」 素直に従い部屋を出るユウを見送ってユイはぱたんと扉を閉めた。 (『母さんは心配してる』か。もう三年も会ってないものね。) 強がっていても母は案外寂しがり屋だ。ユウも旅立った今、寂しさも増しているだろう。 (でも、もう少し時間がほしい…) 一人になった部屋の中でユイは硬く瞳を閉じた。 back 1st top next |