第36話−追跡






「あれ?」
 通りをこちらへと向かってくる二人を見てユウは首を傾けた。
「よお、ユウ。どうしたんだ?呆けた顔して。」
「いえ、珍しい組み合わせだなぁと思って。」
 レオと、その隣を歩くシキを順に見て、ユウはぽつりと漏らす。
「そうか?」
「え〜と、はい。」
 ティルやレイと共にいるのならばともかくシキとレオが二人で行動しているというのは意外である。 はっきり言って気が合うとはとても思えない。
「まあオレ達もたまたまさっき会ったばっかりなんだけどな。」
「そうなんですか。」
「オレは先に用を済ませちまおうと思って胡椒屋に行ってみてたんだ。んで、シキサンはお前の姉ちゃんの頼まれごとで動いてたんだと。 それで、ユウサンは?」
 ユウは脇に抱えた小袋を示した。
「薬草がなくなって、だから買い物に…それでレオさん、黒胡椒は買えたんですか?」
 レオは目を伏せ首を横に振って見せた。
「人攫い騒動が解決するまで休業だとよ。…あの胡椒屋ビビッて店を閉めやがって、商人ならもっと商売に命を賭けやがれ!」
 苦笑を浮かべながらユウはシキへと視線を移した。
 いつもと変わらぬ無表情だがいつもよりも若干まとう空気が刺々しい。
「シキ…?」
「しっ!」
 不思議そうに首を傾けるユウにレオは周囲に気を配りながら人差指を突き立て口元に押し当て注意を促した。
「実は一緒に行動しているのにはちょっとした理由があってな――」
 声を潜めるレオの隣でシキが目を鋭く細めた。
 シキは予備動作もほとんどなく前方に向かって短剣を投擲した。
 投げられた短剣は傍にある民家の影に吸い込まれそれに一瞬遅れてそちらからガサガサと草を踏む音が響いた。
「…つけられてるみたいなんだよね〜。例の人攫いさんらしき人に。」
 その草音を聞きながら、レオは平然と言ってのけた。
「隠れてるやつ、出て来い。」
 鋭く其方を睨み付け言い放つシキに、しかし相手はそれに答えようとはしなかった。
 代わりに聞こえた草を踏み締めながら遠ざかる足音にユウはホッと息を吐いた。


「ユウ、他のやつらはどうしてるんだ?」
 先程までのふざけた様子は微塵も見せずに顎に手を当てレオが訊ねた。
「えっと…僕が宿を出たときには姉さんとティルが一緒に出掛けてて、レイとエルさんが宿で留守番しているって言ってました。」
「ふうん。ならオレたちは宿にダッシュだな。」
「えっ!?」
 ユウは思わず声を上げた。他の者達のところにも人攫いが向かっているのだとすれば危険なのは宿にいるエルやレイではなく むしろ外出しているユイやティルのほうではないだろうか。
 ユウのその疑問に答えるようにレオが口を開いた。
「何処にいるのか探さなきゃならない二人よりまずは宿の二人と合流するんだよ。」
 それに・・・とレオは続ける。
「あの二人は人攫いなんかに負けそうにないしな。」


(つけられている。)
 背後に忍び寄る気配を感じ、ティルは隣を歩くユイへと目配せした。
 ユイはそれに小さく頷き返し、追跡者に聞き取れぬよう小さな声で囁いた。
「次の角、曲がるわよ。」
「はい。」

 二人に続き角を曲がり、追跡者の男は驚きに目を見開いた。 さほど距離を開けてはいなかったし彼女等に気付かれたような様子はなかったというのに角を曲がった途端に彼女達は忽然と姿を消していた。
「人を尾行するときはね、」
 焦り驚く男の耳に高い女の声が聞こえた。
「もっと距離をとってちゃんと気配を消しておくものよ。ド素人さん!」
 背後からの声に男が振り返るより先に声と共に送られた強烈な一撃に男は撃沈した。

 タンッと軽い音を立てティルは登っていた木から飛び降りた。
「どうだった?」
 眼を鋭く細めて訊ねるユイとその横に倒れる男とを見比べティルは答えた。
「ちゃんとした数はわかりませんけど、2、3人近くに潜んでいました。」
「そう。」
 ユイはその答えに動揺することもなく、しゃがみこみ気絶したままの男を見据えた。
「とりあえずこいつを連れて帰りましょう。何か縛れるものでも持っていないかしら……っ!!」
 唐突に、その場に煙が巻き起こった。ティルとユイはなす術もなくその煙に包まれる。 煙は一瞬にして大きく広がった後、寸分としないうちに掻き消えた。
「ケホッ……やってくれるじゃない。」
 ユイが不敵な笑みを浮かべて見せた。
 先程まで男が倒れていた場所には、誰もいなかった。


「ティル!姉さん!!」
 宿へと続く道の途中、ユウたちはティルとユイと合流した。
 弟の慌てた様子を見てユイはなにがあったのか察したようで、確認の意を篭めて訊ねた。
「その様子じゃあ、そっちも何かあったみたいね。」
「ああ。そっちはなにがあった。」
 情報交換のために言葉を交わしながらも足は休めず早足に宿へと向かう。
「つけられていたの。返り討ちにしてやったわ。」
「逃げられたけどね。」
「お互い様だ。」

「だが、分かった事はある。」
 レオの物言いにユウを除いた三人が相槌を打つ。
「町のいたるところに見張りが潜んでいる。ということは相手はかなりの数の集団と見て良い。」
「それも殆どの連中が完全に気配を消している。大人数でそれだけ技量の高い盗賊団なんてそう多くはない。」
「まあ、中には技量の低い奴もいるみたいだけどね。」
「………」
 多人数で、技量の高い盗賊団にユイには一つ心当たりがあった。
(…カンダタ)
 カンダタ率いる盗賊団『黒き翼』は有名なだけあって数も多いし技量もそれなりに高い。 だが、彼等は義賊であるということに誇りを持っていたはずだ。誘拐や人身売買に手を出すとは思えない。 ユイはカンダタのことを好いてはいないがその程度には信用している。
 それに、ユイには今日の町の様子に違和感があった。
(昨日まで、あんなやつらはいなかった。)
 昨日町に入ったユウたちには解らないだろうがそれよりも前にユイはこのバハラタに来ていたのだ。 町に入ってから今まで人攫いのことを調べ上げてきたがその仲間のものらしき怪しげな視線や気配など一度たりとも感じなかった。
(昨日と今日でなにが変わったっていうの…)

「きゃぁぁあああ!!」
 突然響いた叫び声にユイは現実に引き戻された。
「今の…!」
「レイの声だ!!」
 驚きティルと目を合わせ、ユウが叫んだ。


 宿にある部屋へと駆け込んでユウは壁際に座り込み顔をゆがめる青年を見た。
「エル!!」
 すぐさま駆け寄ろうとするユイを苦痛の色を浮かべたままのエルが静止させた。
「ユイ…、レイさんが…追って下さい!」
 エルは開け放たれた窓を指差して言った。
 ユイはすぐにその意味を察し、返事の変わりに躊躇なく窓から部屋を飛び出した。


 まだあまり距離は開いていないのだろう。僅かに聞こえる草を踏み分ける音を頼りにユイは木々の合間を抜けて盗賊たちを追っていった。
 途中追いついてきたティルとシキが隣に並ぶ。ティルは追いつきざまにユイへと話しかけた。
「エルさんは、ユウとレオさんが見てます。」
「そう。」
 実のところ、ユイはエルのことに関してあまり心配していない。
 見たところ外傷は無いようであったから、大方突き飛ばされて壁に叩きつけられ強い衝撃で動けなかったというところだろうと目星をつけている。 仮にどこか怪我をしていたとしても回復呪文が使えるのだから心配は無用であろう。
 問題はむしろ此方である。なんとしても前を行く逃亡者を見つけなければならない。
「…シキ君。」
「なんだ。」
「…今ここで、あいつらを見逃してしまったとして、拠点を見つけられる?」
 足音は少しずつ大きくなっている。だが、そう易々と追いつかせてくれるとは思えない。
「……一度見つけられれば追えると思う。」
「そう。」
 答えを聞き、ユイはもう一度追うことだけに集中する。

 暫く走り続けると先程までより若干視界が開けた場所に出た。
 そこで目に付いた一人の男の後姿。背中には赤髪の少女が背負われている。
「見つけたぁっ!」
 ユイは素早く落ちていた石を拾い上げその背に向かって投げつけた。 しかし、その石は途中で叩き落とされ再び地面に転がる。
「ちっ」
 ユイは舌打し腰に下げられた剣を抜き放った。 それを待っていたかのように辺りから盗賊たちが飛び出してくる。
「シキ、いける?」
「ああ。」
「ならそっちに専念して。」
 周りを囲む盗賊たちにティルはシキを庇うようにして構える。
「来なさい!」
 ユイが叫んだ。
 その声を合図として、盗賊たちが一気に襲い掛かった。

 遅れてやって来たユウたち三人は目の前に広がる光景を見てそろって目を丸くした。
 一言で言うと、ユイたちは戦っていた。多くの盗賊たちと。
 そのこと自体は特に驚くほどのことではない。人攫いの犯人を追っていたのだからその仲間と戦闘になったとしてもなんら驚くことはない。
 何時もとは違い前には出ずに防戦――というよりはただ単に反射的に攻撃を避けているだけのように見える。――に徹しているシキと、 時より彼を庇いながら自分よりも一まわりも二まわりも大きな男を次々と倒していくティルとユイの姿を除いては。
 男達が次々と薙ぎ倒されていく様をユウたち三人は唖然として見送っていた。
「…女って怖ぇ…」
 最後の一人が倒れるのを見届けてレオがぽつりと漏らした声にユウとエルは顔には出さず心の中で頷いた。

 二人の猛攻にしばし唖然として固まっていたユウは彼女たちが最後の一人を倒し終わった後、ハッと我に返ると彼女たちのもとへと駆け寄った。
「姉さん、ティル!レイは!?」
「…連れて行かれたわ。」
 ユウに目をむけ剣を鞘に収めながらユイは平然と言ってのけた。
「そんな!!」
「待って、ユウ!!」
 ティルは慌てて駆け出そうとしたユウの腕を掴んだ。
「今から追いかけても間に合わない!危ないだけだよ!!」
「でもっ、早くしないとレイが!!」
「落ち着けユウ!見失ったわけじゃない!」
 突然割り込んだ声にユウはその声の主を見た。
 声の主であるシキはユウを気にする様子もなく俯きある一点を集中して見つめているように見えるがその実目の焦点が合っていない。
「シキ…?それってどういう…」
 シキは先程の戦闘時と動揺に心此処に在らずといった様子ではあるが、ユウの問いかけにははっきりと答えた。
「いま、俺が追っている。呪文でな。」
 疑問符をあげるユウに替わり今度はレオが口を挟んだ。
「…盗賊呪文か?……確かにあれは探索呪文が主だそうだが追跡に使える術があるなんて聞いたことがないぞ。」
 その問いかけに、今度はシキは答えなかった。その代わりに「こいつに聞け。」と言わんばかりに顎でティルを指す。 一同の視線が集まる中ティルは苦笑を浮かべ軽く頬を掻いた。
「え〜と、『鷹の目』の応用らしいです。滅多に使わないから私もよく知らないけど…」
 鷹の目は本来『自身を中心として空中からその周囲を見回し町や洞窟の位置を調べたり現在位置を確認する』ものだ。 しかしシキが今現在行っているのは『特定のものを中心として空中からその周囲を見回すことで動いている標的を気付かれない位置から追跡する』ということらしい。
 本来とは用途の違うこの方法、特定のものを中心とすることや長時間維持しその視界を動かすことに並々ならぬ集中力が必要となる。
「つまりシキサンが上の空な感じがするのは鷹の目の応用呪文を駆使している結果ってことだな?」
「はい。だから暫くはシキの集中を乱すようなことはしないようにして下さい。……大丈夫だとは思うけど…無駄に器用だからね、昔から。」
「直ぐにでも追えるのかしら?」
 その問いにティルが頷いたのとシキが足を動かしたのはほぼ同時のことだった。




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