第37話−拠点潜入






(ここ、どこ…)
 ぼんやりとした視界に映る見慣れない石造りの天井を見て、はっきりとしない思考でそんなことを考える。
(……わたしは、たしか 攫われて…)
 ゆっくりと起き上がり周りを見ると直ぐに鉄格子が目に入った。
(牢…?)
「あのう。…大丈夫ですか?」
「えっ?」
 逆方向から声が聞こえレイは驚き振り返る。その声の主を見てレイは驚愕の表情を浮かべた。
 長く尖った耳、腰上辺りまである長い髪と心配そうにこちらを見つめる瞳は澄んだ緑―森の色をしている。 その少女と似た姿をした種族にレイは会ったことがある。
「エルフ…!!」
 どうしてこんなところに!そう叫ぼうとしたレイの脳裏にある言葉が浮かび上がった。
『攫われたのは、どうやらエルフの女の子らしいわ。』
 昨日説明を受けた際、ユイは確かそう言っていた。
「あなたも、あいつらに攫われて来たの?」
「あっ…わ、わたしは……」
 おろおろと口ごもる少女の様子にレイは首を傾ける。
「違うの?」
「……」
 少女はなにやら言いにくそうに上目遣いにレイを見た。
「…あの、信じられないかもしれませんが、聞いてもらえますか?」
 恐る恐る訊ねる少女にレイはこくんと頷いた。


「これで俺たちの居場所は解るだろう。早く来いよ…」
 薄暗い石造りの部屋の中で男は一人呟いた。
「…オルテガの娘よ。」
 男――カンダタはそう言い終えると口元を吊り上げた。


 薄暗い洞窟の中をユウ、ティル、ユイ、エルの四人は進んでいた。
 バハラタの北東に位置するこの洞窟は石造りの人工洞窟で、数十年前にある悪党が造ったもので、それ以来悪党たちの住処となっているらしい。
 現在ユウたちはその洞窟の地下一階にいた。
 流石は悪党がアジトにするために造っただけあって侵入者が迷いやすく造られている。 この洞窟、入って直ぐの場所から同じような小部屋が繋がってできているのだ。
「うわっ…また同じ部屋…。」
「これで何度目でしょうか…もとの場所にも戻れるかどうか。」
「来た道はちゃんと覚えてるから大丈夫だけど…」
 三人は溜息を吐き前を行くユイを見た。
 打倒人攫い討伐を掲げ勇ましく先陣を切る彼女は果たして正しく先へと進む道へと進んでいるのだろうか・・・
「三人とも、呆けてないで行くわよ!!」
 三人の脳裏を過ぎる不安をよそにユイは次の小部屋へと足を進めた。


「…なあ、あんたよくこんなところを上手く進めるね。流石盗賊」
 狭い通路を身を屈めて進みながらレオは前を行くシキを見た。
 子供一人ならぎりぎり立って歩けそうな程度の狭く暗い通路の中を二人は進んでいた。 正規の入り口の少し離れた位置で見つけた隠し通路、どうやら緊急時の脱出に使われるものらしい。
 それを見つけたシキにユイは指を突き立てて、
「シキくん。そこから入って奥にいるレイちゃんたちを助けて来なさい!」
 と命を下したのだ。 因みに、奥に通じていなかったらどうするのかというシキの問いに対してユイは「その時は自分で何とかして。」と無責任な返答を返した。
 レオはそれに便乗しシキと共に行動していた。
 幸いこの道はほぼ一本道で迷うことは無いのだが、なにぶん狭い。その上に道が曲がりくねっているのだから普通の人間が根を上げるのは当然のことだった。
(これで深部まで繋がってなかったら恨むぞチクショウ。)
 ひとり愚痴るが着いて行くといったのが自分である手前ここで引き下がるわけにも行かなかった。
「ここまで長いとは思わなかった。それにしても流石盗賊、隠密行動慣れてるねぇ。」
「そういうあんたも、まるきりの素人というわけじゃあないだろう。」
「うん?どうしてそう思う?」
 すぐさま返答が返ったことに驚きつつもレオはそう訊ね返した。
「歩き方や声の抑え方。素人がそんなに上手くできる筈が無い。」
 無駄口が多いことを除いてはレオの動作はこの場において文句のつけようの無いほどに完璧なものだった。 今までの道のりで足音は一度たりとも立ててはいないししきりに上げる声もシキに聞こえるぎりぎりの声量が保たれている。
「成程。」
 レオはニッと口元を吊り上げ得意気な顔を見せる。
「こんなことしたのは初めてだけどさ。スーの村は自給自足の生活をしてるからさ、気配の消し方とか足音の殺し方とかは狩をしてて自然に身についたんだよ。 まさかこんなところで役に立つとは思ってもいなかったけどな。」
 なんでもやっておくものだな。と呟き、レオは脳裏によぎった疑問を続けた。
「…そういうあんたは、どうしてだ?」
「なにがだよ?」
「盗賊なんてやってる理由だよ。あんた、金の目の一族のもんだろう?」
 一瞬、シキの放つ雰囲気が鋭いものへと変わった。その変化に気押されながらもレオは探るような視線で返答を待つ。
「…別に。」
「おいおいそれはないだろ!?」
 何事も無かったかのように探索に専念しようとするシキに、レオは不満の声を上げる。
「あんたに話す謂れはない。」
「うっ…そりゃそうだけど…」
 レオの視線を黙殺し、シキははたと足を止めると視線だけを彼に送った。
「無駄な話はここまでだ。」
 そう言ったシキの前方の通路が今までよりも若干明るくなっている。
「…漸く着いたか。」
 話の途中であったのだが、ついてしまったものは仕方がない。レオは大きく息をつき気合を入れた。

 ガァンッ。と大きな音を立て、ユイは扉を押し開けた。
「ユイ……」
 もう少し静かにと注意を促そうとするエルをよそにユイはつかつかと奥へ進んでいく。 迷いに迷った挙句漸く地下二階へと辿り着いたはいいが、あまり気の長くないユイは完全に切れていた。 そんなユイの後ろを三人はやや疲れの混じったような表情で数歩離れて着いて行くのであった。
 ぴたり。とユイが大股で進んでいた足を止めた。
 じっと前を見据える視線の先には巨漢の男の姿がある。
「やっぱりあなただったのね。カンダタ。義賊であることはやめたのかしら?」
「まさか。俺は自分の主義を崩すつもりはねえ。今回だけはすこしばかり例外だがな。あいつらに危害を加えるつもりはないぜ。オルテガの娘。」
 先程までの怒りをあらわにした表情からは打って変わって微笑を浮かべたユイに対してカンダタは不敵な笑みを返した。
 しかし、ユイのその目は笑っておらず、二人の間には氷のように冷たい空気が漂っていた。




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