第38話−vsカンダタ3






「あなたは、どうしたいの?」
 少女の話を聞き終えると、レイは少女にそう訊ねた。
「えっ?」
「わたしの仲間の人たちはここにいる人攫いたちを捕まえに来るわ。」
 その言葉に、少女はハッと目を見開いた。
「でも、捕まっていたあなたの言い分なら、聞いてくれるかもしれない。」
 少女の話でレイはここにいる盗賊たちの親玉がカンダタであることを知った。 この件に関して主権を握っているユイは元々カンダタを追っていたのだから、彼女はカンダタを見逃しはしないだろう。
 しかし、もしも被害者の頼みであればもしかすれば今回ばかりは見逃してもらえるかもしれない。この少女の話が本当ならば今回の誘拐事件で裁かれるべき者はカンダタではない。
「わ、たしは…」
 少女は俯き小さく口を動かした。しかしそこから漏らした声は到底レイには届かない。
「えっ?」
(もしもここでわたしが動けば、あの人たちは助かるのかもしれない。)
 こんなところに閉じ込められてはいるけれども、少女はカンダタたちに対して怒りの感情は持っていなかった。むしろ感謝さえしているほどだ。 自分が恩を感じている人間に捕まってほしくないと思うのは至極当然のことである。
 少女は意を決し顔を上げた。レイの顔を真っ直ぐに見据え、決意が揺るがないように見張りに注意しながらもできるだけ大きな声で言った。
「わたしは、あの人たちに、捕まってほしくありません!!」

「わかったわ。」
 そう言って、レイは少女に微笑みを見せた。少女は不安げな眼差しでレイを見返す。
「ここを出ましょう。何とかして。 わたしはレイ、よろしく。えっと…」
「あっ…」
 少女は自分がまだ名乗っていないことを思い出し、慌てて自身の名を述べる。
「わ、わたしはエミリといいます。よろしくお願いします。」
(…? エミリ…?)
 なんとなく、その名に聞き覚えがあるような気がしてレイは首を傾けた。
(何処で聞いたのかしら…)
 記憶を遡ろうとして、今はそれど頃ではないことを思い出す。
(…まあ、後で思い出せばいいわよね。)
 一人でそう結論付けて、レイは意識を現実に引き戻した。

「でも、どうやってここから出ましょう?」
 レイとエミリは牢の入り口にある鉄格子を見た。もちろん鍵が掛かっているし女の力でどうにかできるような造りはしていない。
 名案が浮かばぬままに訪れた沈黙のなか、レイがぽつりと呟いた。
「……メラ系の呪文で溶けたりしないかしら…」
「止めとけ。無理に実力以上の強力な魔法を使ってみろ。暴走させたら洞窟ごと崩れるぞ。」
 苦肉の策に対する静止の言葉は意外なところから発せられた。
「「えっ?!」」
 レイとエミリが驚き鉄格子の向こうを見ればつい先程までは誰もいなかったその場所に、レイには見慣れた銀髪の少年がいつも通りの無表情で気配を感じさせること無く立っていた。

「シキ!!」
 歓喜の声を上げるレイに目で答え、直ぐに視線を鉄格子の鍵穴に向けてシキは訊ねた。
「鍵は?」
「あっ、鍵は、お頭さんが持っています。」
 簡潔すぎるその問いにエミリは慌てて答えた。シキはその答えを既に予測していたのか、そうか。とだけ答えベルトに着けた小さな鞄から細い金属製の棒を数本取り出した。
 屈みこみ棒を鍵穴に差し込みその手元を動かしていく。
「どうやって此処に来たの? 一人で来たの?? 他のみんなは!?」
「裏から侵入した。レオも一緒だ。今は向こうを見張ってる。他のやつらは正面からこっちへ向かっている。」
 とても丁寧とはいえない口調でレイの問いに答えつつ手元は休めず動かし続ける。やがてガチャッと言う音と共に鉄格子の扉が開いた。


「随分と仲間の数が少ないようだけど、愛想つかされて逃げられでもしたの?」
 シャンパーニの塔のアジトでは大勢いたはずのカンダタの手下の盗賊たちだがこの場には彼を合わせて四人だけしか存在しない。
「逃がしたんだよ。バハラタの町を張ってた奴等は皆な。本当は全員行かせたかったんだが此処に居る連中はどうしてもと残ると言い張りやがったんでな。」
 そう言ってカンダタは周囲を囲む三人の部下にそれぞれ目配せするとユイに向き直りニッと口元を吊り上げた。
「怖気づいたか?」
 三人の部下達はとても盗賊とは思えない見るからに重そうな鎧を着込み、長剣を手にしている。まさに、完全武装。
「まさか。」
 ユイは即答した。すらりと剣を引き抜くと真っ直ぐにそれをカンダタへと向ける。
「あんたこそ、降伏するなら今のうちよ、カンダタ。」
「へっ! 俺がオルテガを知っている理由が知りたかったら俺を倒して聞き出してみな。オルテガの娘。」
「そんなことはどうだっていいわ。ただ、あたしに喧嘩売った理由の方はちゃんと勝って聞き出してやるから安心しなさい!!」
 その言葉が引き金となりユイとカンダタはほぼ同時に地を蹴った。

 カンダタが動き出したのと同時に、彼の三人の部下達も同時に動き出した。ただし彼等の向かう先はカンダタと戦うユイの下ではなく、
――キィィン――
ユイには見向きもせずこちらへと向かってきた三人のうちの一人が繰り出した攻撃をユウの剣が受け止めた。
「成程。私達をユイの元には行かせないつもりですか。」
 もとより此方はユイとカンダタの決闘を邪魔するようなことをするつもりはないのだがシャンパーニの塔で前科があるせいかおとなしく見物させてはくれないらしい。
 そう分析しながらエルは相手の攻撃を杖で危なげなく受け流す。
「三対三。どうしますか?」
 三人で協力して相手の三人を倒すか、一人ひとりに分かれて相手をするか。 前者ならば此方が協力して戦える変わりに相手も協力して向かってくることは避けられない。後者ならばその心配はないが誰か一人でも実力が劣っている場合に不利になる。 普通ならば後衛型であるエルがいることを考えると前者になるがしかし、
「一人ずつ相手をしましょう。」
自身の不利になりやすい方の選択をエルは選んだ。
「エルさん!?」
 驚きを隠さぬユウにエルはにこりと微笑みを浮かべる。
「私なら大丈夫です。こう見えて、剣術や棒術の方も心得ていますから。それに、」
 エルはそこで一度言葉を区切り、表情を真剣なものに戻す。
「相手がもしもあの装備でも素早く動くことが出来るのだとしたら、盗賊の素早いコンビネーションには対処し難い。」
 確かに、素早く動くことの得意なティルはともかくユウやエルにはその動きを見抜き攻撃を防ぐことは難しい。ユウは一拍の間を置いて答えた。
「わかりました。」

 ユウの答えを聞くや否やティルは相手へと飛び掛かり、相手の反応を待たずに素早く攻撃を繰り出した。
 相手を倒すための攻撃ではなく他の仲間たちから引き離すことを目的とした攻撃に、相手は彼女の思惑通り一歩また一歩と後退していく。
 ユウたちの戦闘位置から十分に距離をとったところで、ティルはたんと攻撃の手を緩めた。 相手もその変化に気付き、自身の動きを防御から攻撃へと切り替える。あっという間に攻守が逆転したがそれもまたティルの予測通りの動きであった。
 頑丈な鎧で体全体を包んだ相手に対して、ティルの武術では決定打を与えることは困難である。 幸い間合いの差は素早い動きでカバーできるがそれだけでは決定打を与えることには繋がらない。
(まずは相手の動きを見極める。反撃はそれから。)
 相手の攻撃をかわし、ときには攻撃を返しながら、ティルは相手の動きを集中して見定めていった。

「――っ」
 相手の剣を正面から受け止めユウは僅かに息を漏らした。
 直ぐに後退し間合いを取ると剣を正面に構えなおす。
 ティルにとっては厄介な鎧姿だが逆にユウにとっては戦いやすい相手であった。
 アリアハンに居た頃ユウはアリアハンの兵士長であるムトに直々に剣を教わっていた。旅に出る直前には一度だけとはいえ模擬戦で彼から一本取ったこともある。
 そんなわけでユウは剣術においてはそこそこ高い実力を持っている。それに相手は人間であるから魔物と対峙しているときほど予想に反する動きを見せることもない。 事実ユウは相手に遅れを取っていない。相手がたまに見せる素早い体裁きにさえ反応することができればこの勝負ユウの方に分があった。
 剣を中段に構えた相手がタンッと音を立てて地を蹴った。
(来る!)
 ユウはジッと相手を見据え、相手が間合いに入ったと同時に足を踏み込み剣を振った。




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  レオはスーに居た時には商売とは無縁の狩人生活を行っていました。
  ただしやたらと伝承とかの多い村なのでその手の分野に関しては博識です。








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