第39話−vsカンダタ4






 剣と戦斧が十字に交わり火花を散らす。二つの武器は一瞬の間押す力が拮抗し静止する。
 だが、その拮抗は長くは続かなかった。
 ユイは女にしては長身で女子の平均身長よりは男子のそれに近いがカンダタはそれを大きく上回る巨漢である。力で適う筈がない。 さらには武器の違いも関係してくる。ユイは比較的軽めの剣を利用しているのに対してカンダタは重量のある戦斧を利用している。 カンダタの攻撃がユイのそれを圧するのは当然の結果だった。
「くっ!!」
 ユイは相手の攻撃の重さに顔を顰め、すぐさま剣の切っ先を変える。 そうしてなんとか受け流したユイをからかうかのようにカンダタは緩い斬撃を放った。
 戦斧の軌道から身を逸らしその勢いを殺さずバックステップで距離を取り剣を中段に構えなおす。 カンダタはその間追撃をしようともせず余裕の表情でユイの様子を窺っている。

「――っはぁ。」
 大きく息を吐いたユイの表情は不機嫌そうに歪められている。
(…この期に及んで……)
 ユイは軽く息を整えながら恨めしげにカンダタを睨み付けた。
「まだ、手加減するのね、あんた。」
「人を傷つけるのは俺のポリシーに反するからな。」
 まるで質問を予測していたかのようにカンダタは即座に返答を返す。だが、
「ふざけないで!さっきから、あたし程度簡単に倒せるくらいの実力持ってるくせになに考えてるのよ!?敵に塩を送られたって、嬉しくもなんともないわ。」
 憤激するユイに対してカンダタは尚も表情を崩さず片目を閉じる。
「生真面目だねぇ。落ち着けよ。まだ終わっちゃあ面白くないだろ。」
「…………そう、」
 ユイの相貌が一瞬前髪の影に隠れる。
「後で後悔しても、知らないわよ…!」
 鋭い眼差しがカンダタを射止め、それと同時にユイは地を蹴った。


 相手の剣を杖で受け止めエルはその場から飛び退いた。間髪いれずにそれに続いて鎧の男は次の一撃を繰り出す。 再び杖で受け止めて、今度はそれを弾き返す。木製の杖ではこうはいかないだろうがエルが手にしているのは鉄の杖。そう簡単に折れはしない。
 男はすぐに体勢を立て直すと再び踏み込んでくる。
 神官服を身にまとったエルは誰が見てもすぐに僧侶だとわかる。僧侶は魔法使いと同じく呪文を扱う。 この男はエルに呪文を唱える隙を与えまいとして連続して攻撃を繰り出しているのだ。
 ただ、相手にとっての誤算はいくら一人で挑んできたといってもエルは僧侶であるから体力はそれほどないはず高を括っていたことである。
 確かにエルは鎧の男ほどの体力は持っていない。しかし一般的な神殿や教会などに勤めている僧侶などよりは遥かに高い体力を持っている。
 それに連続して攻撃を繰り出す男とは裏腹にエルは防御に専念している。 攻撃と防御では攻撃の方が体力を使うので防御に徹していたエルは男ほど疲れを感じていない。
 既に荒々しく肩で息をしている男と多少息を荒げてはいるもののほぼ規則的に呼吸をしているエルとではどちらに体力が残っているのかは歴然としている。
 ここで、男は一瞬攻撃の手を止めた。
 一度大きく息を吐き出し剣を構えなおして再び攻撃に出ようとしたのだが、男より先に動いたのはエルだった。
 ここに来て初めて、エルが自ら攻撃に転じたのだ。
 男はそれに驚きつつもすぐさま剣でそれを防ぐ。
 杖の中心を握ったエルは杖が剣に触れた瞬間に杖を反転させて男を狙う。
「くっ――!!」
「神よ、彼の者を眠りへと誘え――」
 男が咄嗟に飛び退いて攻撃をかわすのとほぼ同時にエルは声になるかならないか程度の小さな声でそう唱えた。
「――まさか!!」
 そうして十字を切ったその時驚愕した男の声が響いた。
「――ラリホー。」
 呪文を唱え終えると同時にエルはすぐさま男との距離を縮めた。
 ラリホーは相手を眠らせる呪文だが持続時間はそう長くはないし、相手の実力が高いときや相手が確固たる意思を持っているときには失敗することも多い。
 エルは男が眠気にふらついた一瞬の隙に思い切り剣を弾き飛ばした。
「……やられた。」
 その衝撃に尻餅をついて座り込んだ男の首筋には鉄の杖がぴたりと付けられていた。


(今だ!!)
 男が自身の間合いに踏み込むよりも僅かに早くユウが剣を振るった。
 男は即座に足を止め攻撃から防御に切り替えたが無理な体勢で受けた攻撃により剣はいとも簡単に弾かれた。
 男は緩んだ手に力を入れなおし素早く体勢を整えようとするが、それよりもユウの追撃が繰り出される方が速かった。
 男の手から剣が離れ、剣は男の手が届かない位置に音を立てて転がった。
 それから二人は動かなかった。いや、動けなかった。
 男は隙あらば剣を拾おうとユウの様子を窺い、ユウは剣を拾わせまいとじっと男を見続けた。
 暫くの睨み合いの末、先に動いたのはユウだった。
 あろうことかか構えを解き剣を鞘へと治めたのだ。これには男も呆気に取られた。
「お前…なにを……?」
「僕の勝ちですよね?」
 本当に剣の稽古でもしているのかといった様子で確信を持って尋ねるユウに、男は呆れかえった。
「いや、お前…お前が背中を向けた瞬間に俺が剣を拾って切りかかったらどうするつもりだよ…」
「そのときはそのときです。でも、あなたはそんなことはしないでしょう?」
「…どうしてそう思う。」
 一応質問の形を取っているがユウはこれを確信している。男もそれを感じ取り訊ね返した。
「最後に僕が剣を振るったとき、あなたは切りかかるのを止めたでしょう。 あの時あなたが振り切っていれば僕は大怪我をしていたかもしれない。だから攻撃するのをやめたんでしょう?」
 男は頑丈な鎧を着込んでいる。対してユウは町人が着るものよりは多少丈夫な布を使った旅人用の服を身にまとってはいるが鎧などを身に纏ってはいない。 あのまま剣を振るっていればたとえ先に剣が届いたのがユウだったとしても、傷を負い勝負に敗したのはユウのほうであっただろう。
「…お前、そこまで解っていて、あの時剣を振ったのか?!俺が斬りかかっていたらどうするつもりだった!?」
「さっきから、大怪我をするような箇所に攻撃するのを避けてたのは分かってたから、そんなことはしないと思ったんです。」
「……甘いよお前、これから先、そんなんでやって行けるのか?」
 男は苦笑し、嘆息する。既に戦意は喪失していた。


 もう何度目かになる相手の攻撃をティルは難なくかわす。
 一応右手はいつでも腰に下げた黄金の爪を装着できるように構えてはいるがティルはそれを抜くかどうか思案している。
 相手にこちらを傷つける意図は無いようで、繰り返される斬撃の中で少なくとも致命傷を狙った攻撃は一度もない。 戦闘に勝つことよりもどちらかといえば時間稼ぎの要素の方が強いのではないかとティルは考えている。
 やりにくい。とティルは思う。
 もしも相手が死さえ厭わないような冷血非道な人間ならばこちらも容赦なく叩きのめすことが出来るのだが、 手加減されているとなるとどうもそうすることは憚られる。同時に加減されていることに対して怒りを覚えもするのだが・・・
 一応、決定打を与えられそうな方法は思いついてはいるのだがどうにもそれをすることに戸惑いがある。 少なからず、相手が手を抜いているのにこちらが力を入れるのは癪だと思う気持ちもあるが。
 ティルは相手の攻撃をかわしつつ視線を動かし周囲の様子を窺った。 ユウとエル、二人の戦闘が終わりを迎えたのを見て取るとティルは小さく息を吐きスッと目を細めた。
 その気になれば結末が訪れるのは早かった。
 持ち前の素早さで相手の背後へと回るとティルは思い切り身を屈め相手の足を払った。
 足を覆う鉄板を蹴った反動で自身の足にも痛みが走ったがティルはそれを省みず勢いに乗って起き上がると バランスを崩した相手の背中へと靴底で思い切り蹴りを入れた。
 重心を崩した状態で背後から加わった衝撃に耐えられず相手は前のめりに倒れながら吹き飛ばされた。
 その直後、ゴゥンと鈍い音が響きティルは目を見開いた。
 見ると蹴り飛ばした男はうつ伏せに倒れたまま動こうとしない。
「あー……」
 どうやら当たり所が悪かったらしい。駆け寄るほかの二人の男を見ながらティルはばつ悪そうに顔をしかめた。


 無謀にも思える打ち合いのなかでユイは決定的な一瞬を探していた。
 力で勝てないのなら頭脳で勝てばいい。それがユイの戦い方である。
 幸い、重量のある戦斧を操るカンダタには隙も多い。その中でも最も効果的なものをユイは探しているのだ。
 こちらを傷つける意図は無いとはいえ負けるつもりはないらしいカンダタは避けられるか避けられないかのすれすれの攻撃を繰り返してくる。 それを時にはかわし時には受け流しながらユイは思考を続けていた。
 そして、攻防を繰り返していくうちにユイはカンダタの動きの中にある一連の動作があることに気がついた。
 真正面からの振り下ろし。それをユイが右側に避けた時にのみやや斜めに持ち上げてその位置から斜めに振り下ろす。 そしてその連撃の後には必ず大きな隙が出来た。
(これだわ!)
 念のため他の攻撃を入れながら確認するとやはり予想通りの動作を見せた。
(いける!!)
 ユイは一度大きく後退し間合いをあけた。カンダタはそれを追う事はせず自身も一歩身を引いた。
 息を整えながらユイはカンダタと、その周囲を見渡す。
 最早戦っているのはユイとカンダタだけで後の者達はその戦いの邪魔にならぬよう壁際に集まってこの戦いを観戦している。 ユイとカンダタの間には十数歩分の距離。カンダタの数歩後ろには部屋を囲む石壁がある。
 ユイは大きく息を吐く。そして剣を片手でしっかりと握り直した。そして、
「はっ――!!」
 短く息を漏らしてユイは飛び出した。




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