第40話−vsカンダタ 決着






 正面から駆け込むユイにカンダタは戦斧を振り下ろす。それを右側に、出来る限り最低限の動きでかわしたユイはぐっと体を縮めた。
(一撃目っ――振り上げて――今っ!!)
 ユイはカンダタの薙ぎ払いにも似た斬撃が繰り出されるのと同時に、その斬撃の方向に出来る限り身を低くし転がるようにして攻撃をかわした。
 戦斧があと皮一枚で届くようなすれすれの場所を掠めるがユイは全くそれを気にしない。
「!!」
 むしろ、それにギョッと目を見開いたのはカンダタの方だった。
 捨て身のユイの攻撃にカンダタは青ざめ動揺を隠せなかった。そしてその動揺は隙を生む。
 それはもともとあった隙に相乗され、決定的な一瞬を作り出した。
「もらったぁ!!!」
 足をばねのようにして、起き上がると同時にカンダタへと飛び掛りながらユイは吼えた。
 体全体の体重をかけた体当たりは、隙を見せ体勢を崩したカンダタをすぐ後ろの壁に叩きつけるには十分の効果があった。

 壁に激突した衝撃で緩くなった手から戦斧を弾き出し、ユイはカンダタに剣を突きつけた。
「はぁ…はぁ……あたしの勝ちね、カンダタ!」
 この時、ユイがなにを考えているのか、汗を滴らせながら満足そうに微笑するその顔を見て聴くまでもなくカンダタは理解した。 『ざまあみろ。』と、まさにその表情は語っている。
「……そうだな。」
 そう言うと、カンダタは剣を突きつけられた状態のまま可笑しそうに微笑した。
「しかし、容姿や言動はアリア嬢の方に似ていると思っていたがその無茶な行動っぷりはまさにオルテガ譲りのものだな。」
「なんっ!!」
 絶句するユイ。しかしカンダタの言葉に驚いたのはユイだけではなかった。
「なんで…母さんの、名前を…!?」
 目に見えて狼狽するユウにカンダタは楽しげな視線を向けた。
「知りたいか?オルテガの息子。そういうすぐに感情を見せるところはオルテガにそっくりだな。」
「いい加減にしなさい!!」
 カンダタは絶対的不利な立場に立たされているというのに尚もユイたちをからかい続ける。その業を煮やさぬ態度にユイは激昂した。
 そんなユイの反応もカンダタは楽しんでいるのだと知りながらも、ユイは怒りを抑えることが出来ない。 そして、ユイがそうした反応を見せるごとにカンダタは口元を吊り上げる。
「ふざけてなんかいないぜ。言っただろ?俺に勝てたら俺がオルテガを知っている理由を教えてやるって。」
「…あたしは、どうでもいいと言った筈よ。」
「俺はアリアハンの出身でな。」
 ユイの言葉を全く無視してカンダタは言葉を紡ぎ出す。反応を見るために周囲への気配りは続けながら。
「オルテガとは幼馴染の間柄だ。」
 その言葉にはユイやユウだけでなくティルやエルも驚愕した。
「……いま、なんていったの…!?」
 一瞬の沈黙の後、我に返り訊ね返したユイの表情は若干引きつったものへと変わっている。
「オルテガとは幼馴染だって言ったんだよ。昔はムトと一緒にいまのお前達にやってるようにオルテガをからかったなぁ。」
(…おじさんの、名前まで…)
 昔を思い出ししみじみと語るカンダタ。どうやら嘘は吐いていないらしい。
「――本当にガキの頃のオルテガはお前みたいな猪突猛進なやつでな。そのうえ考え無しなもんだから、やつの尻拭いは大変だった。」
「ちょっとっ…!」
 最早突きつけられた剣の存在も忘れているのかというほどにカンダタの表情は晴れやかなものだった。 寧ろ呆気にとられたユイの方が手に込めた力を緩めつつある。だが、それでもカンダタは身じろぎ一つしようともせず一言一言ユイに言い聞かせるように語っていく。

「――だが、単純熱血馬鹿ではあるがあいつは家族をなによりも大切にする男でな。」
 ピクリ。とユイの眉が動いた。相手に押されて崩れかけていた緊張が戻り見る見るうちに表情が険しいものへと変わっていく。 何時しかカンダタの表情も真剣なものに変わっており二人は睨み合うようにしてお互いを見つめていた。
「とても家族に嫌われるようなことをしでかすような奴じゃあなかった。」
「…だったら何だって言うの?」
 ユイが低い声で言い放った。
 カンダタはふっと肩をすくめた。
「俺がお前の前に現れた理由、もう解ったんじゃあないのか?」
「………
 あたしが『勇者オルテガ』を嫌っている理由を、聞き出しに来たわけ?」
「ああ。」
「関係のない人を、巻き込んでまで!!?」
「ああ。」
「――っ!!」
 ユイの表情に、仕草に、今までにない怒気が孕む。
「ユイ!!」
「姉さん!!」
 そんな彼女の変化を察し駆け寄ろうとして声を上げたのはエルとユウがほぼ同時。そしてその直後。
「だめっ!止めて!!」
 聞いた事のない高い声が、切羽詰った制止の声を上げ、ユイは、いや、そこにいた全ての者達が静止した。

 一拍の間を置いて、その場にいた者達は皆一様に奥へと続く通路の方向を見た。
 そこには森色の目と髪、尖った耳の少女が悲痛な表情を浮かべて立っている。
「……あっ」
 少女―エミリは皆の視線に――特にその中に含まれる一対の鋭い視線に――たじろぎ一歩後ずさりかけるもなんとかその場に踏みとどまった。
 この少女が、攫われたという者だろうか。四人がそう考えるなか、カンダタだけが驚き声を上げた。
「っ!! 嬢ちゃん、どうして!!」
 その声音は、とても攫ったものに対する声とは思えない。唖然とする者達の耳にもう一つの声が届いた。
「俺が鍵を開けた。」
 その少女の背後から見知った人影が姿を現す。
「シキ!レイ!!」
 シキと、その斜め後方を歩くレイを見、ユウは歓喜の声を上げる。
「お前は…!」
 その直後、カンダタは軽く目を見開いた。
「ユウ!ティル!」
「レイ!無事だったんだね。」
 レイはすぐさまユウたちの側へと駆け寄りそれにシキが続く。シキと、その隣に肩を並べたティルに目をやりカンダタは呆然と声を上げた。
「…! そうか、お前等は…!」
 そうして、カンダタは再び視線をシキへと送り微笑を浮かべる。
「…成程。あのガキの技はしっかりと受け継いだというわけだ。」
「あんたには関係ない。…それより――」
 シキはユイを見据え、レオと共にカンダタとユイを横から見据える位置に残った少女エミリを視線で示す。
「そいつの話し、聴いてやれよ。」
 ユイが険しい瞳をシキからエミリへと移す。その視線にゴクンと息を呑んだ少女の背を優しくレオが叩いた。
「……違うんです。」
「なにが?」
「もともとここに居たのは、わたしをここに連れてきたのは、その人たちじゃあないんです。」


「…うっ」
 薄暗い石壁に囲まれた部屋の中で、エミリは目を覚ました。
「ここは…?」
 石壁の小部屋、四角い部屋の一面だけが石壁ではなく鉄格子に覆われている。世間知らずなエミリだが、そこが牢の中なのだと理解するまでには時間を要さなかった。
 見張りは居ない、拘束具もつけられていないし魔力を封じられてもいない。だが鍵のかかった鉄格子を抜け出す術をエミリは持っていなかった。
『今日は大収穫だ!まさかあの町にエルフがいるとは思いもしなかった!』
 何処かから声が響く。その言葉にエミリは自分のおかれている状況を理解した。
(わたしは、人売りに攫われた…!?)
 大昔に、人間がエルフを捕らえ売り物にしてきたことはエミリとて知っていた。しかしそれは知識としてのことで、エミリは人間に対して警戒の念など毛ほども抱いていなかった。 なぜなら、彼女もまた人間の血を引く存在だからである。
 しかし、その迂闊さが仇となった。
 もしもほんの少しでも警戒の念を抱いていたならばこんなに簡単に捕まることはなかっただろう。
(どうすれば…)
 陽気な笑い声を聞きながらエミリは目尻に涙を溜めた。なんとか抜け出す方法を考えようとするがいい方法など一つたりとも思いつかない。
『なっ! 何だお前たちは!!』
『俺たちは『黒き翼』だ。手前らを捕まえに来た。』
 突如、喧騒と同時にその会話が聞こえてきたのはそれから暫く後のことだった。

 喧騒が終わるまでにはたいした時間は掛からなかった。
 その様子を見ることは出来ないが、自分を捕まえた方の男達が一方的にやられているらしいということは、耳に届く物音や声だけでも十分に察知することは出来た。
 エミリは安堵の息を吐いたが同時に敵か味方か解らぬもう一方に不安を覚えた。
 しかし、その不安は杞憂だとエミリはすぐに知ることが出来た。
「おい、大丈夫か?」
 その声には聞き覚えがあった。先程『黒き翼』と名乗っていた人物の声だ。
 物思いに耽っていたエミリははっとして声の主を見上げた。
 戦斧を担いだ巨漢の男がそこにいた。
「大丈夫か?すぐに出してやるからな。」
 そう言って巨漢の男は奪い取ったのだと思われる鍵を鉄格子の鍵穴へと突っ込んだ。
「怪我はないか?俺はカンダタてんだ。嬢ちゃんの名前は?」
 格子戸を開きながら男は言った。
「あっ、はい。エミリといいます。」

 そうして、この洞窟を拠点にしていた人攫いたちを捕らえた後、カンダタはエミリに言ったのだ。
「帰りたければ帰っても良い。ただ、少し協力してくれるとありがたい。」と。


「だから、この人たちは何も悪いことはしていないんです。」
 最後には目いっぱいに涙を溜めながらもエミリは最後まで言い切った。
「だからお願いします。その人に、それ以上ひどいことをしないで下さい!」
「……」
 エミリの言葉にユイは沈黙する。しかしその目の鋭さは衰えていない。
「…悪いけど、事情が解ったからといってはいそうですかと終わらせられるほどにこいつとの因縁は浅くないの。」
「そんなっ!!」
 悲痛な叫びを上げるエミリを尻目にユイはカンダタに向き直る。
「…この勝負、あたしの勝ちよね。」
「ああ。そうだな。」
「だったら、このあとあたしが貴方をどうしようがあたしの勝手よね。」
「ああ。」
「それじゃあ…」
 淡々と繰り広げられる会話に誰も声を挟むことが出来なかった。その間に、切っ先はカンダタに向けたまま、ユイの剣が引かれた。
 それは剣を鞘にしまうための動きではなく突きの前動作。
「姉さん!!」「ユイ!!」
「やめてぇーー!!」
 静止を求める声を完全に無視してユイは真っ直ぐにカンダタの首筋に狙いを定めた。
「好きにさせてもらうわ!!」
 叫び声と共に勢い良く剣が突き出された。

 ガッと音を立て、剣はカンダタの首筋から僅かに数ミリ離れた石壁に突き刺さった。
 しんと静まり返った空間の中にユイの荒い息だけが響く。
「父さんが、オルテガ=ディクトが嫌いなんじゃあないわ。ただ、約束を破った『勇者オルテガ』が許せないだけ。」
 それは、長い間胸の奥に仕舞い込んでいた本音・・・。




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