第43話−謎の旅人






 高い山々と深い森に囲まれ存在する聖なる地、ダーマ神殿。 三大賢者一族の中のひとつである一族が取り仕切るこの神殿には転職の儀を受けるため日夜多くの旅人達が訪れている。
 その神殿の一角にある宿の食堂は訪れた旅人達で日夜賑わっている。
 そんな食堂の隅の席に、この場はそぐわない人物が一人座っている。
 十代前半の幼い顔立ちをした少年で、長く伸ばした黒髪を三編みにして結わえている。 稽古着を着込み、長い黒帯で腰を結んでいる。 その帯には掌大の澄んだ透明の玉が吊るされていてとても大切に扱われているのかその玉には小さな傷一つ着いていない。
 この食堂を利用している他の旅人達は、その場違いな少年の存在に気付いていないかのように彼の方へは見向きもしない。
 そんな少年の方に近づく一つの影があった。
 森の色をした長い髪、尖った耳、膝下まであるゆったりとしたワンピースを着込み、背丈の倍ほどもある長い杖を手にした少女である。
 少年と同様に周りの人々はその少女にも気付いていないのか少女のことを目に留める者はいない。
 やがて少女は少年の前に腰を下ろした。


「お久しぶりです。」
「ああ、久しぶり。…飲むか?」
 少年は目前に置いていた徳利を軽く持ち上げた。その動作に少女はやんわりと首を振って返す。
「結構です。」
「そうか。」
 そんな少女の対応を予想していたのか少年はさして残念そうな様子もなく徳利から中身を自身のコップに移す。
「で、子育てはもう終わったのか?ルイ。」
 少女―ルイは静かに頷いた。
「ええ。遅くなりましたがわたしも復帰しようと思います。」
「そうか。」
 短く返答し、少年は若干申し訳なさそうな表情をルイへと向けた。
「俺は暫く抜けるから、その間はお前達だけで頼む。」
「仕事ですか?貴方の。」
「ああ。俺の仕事だ。」
 少年が頷くのを見てルイはそうですか。と小さく呟いた。それから少年の持つ徳利に目を向ける。 細々と繊細な文様の描かれたそれは明らかにこの場には不釣合で、おそらく本来は何かの儀式に使用するためのものであろうと予想をつける。
 そんなルイの視線に気付き少年はもう一度徳利を持ち上げた。
「飲むのか?」
「いいえ。」
 きっぱりと否定すると少年は先程と同様にそうか。とさして気にした風もなく答えた。
「…随分と珍しいものをお持ちのようですがそれは一体…?」
「ジパング産の神酒。こないだ仕入れてきたんだ。」
 『ジパング』という地名を聴きルイは少年が此処にいる理由を理解した。ジパングはこのダーマから南東に位置する島国である。 古くから鎖国が続いており余所者を受け入れない性質のあるその国の様子を少年は近場であるダーマから窺っているのだろう。
 そうでなくとも彼等はこの場所を拠点として扱ってはいるが、世界中を飛び回っている彼等はこの場所に居ないことのほうが多い。 待ち合わせをしているわけでもないのにばったりと落ち合うことはそれなりに珍しいことであった。
「……盗んできたのではないでしょうね。」
「まさか。断りなら入れてきたさ。」
 冗談じみたふざけた問いに少年も微笑しながら返す。それを聴きルイは苦笑と共に息を吐いた。
「あまり、無理はしないように。『彼女』が心配しますから。」
 少年の『仕事』に係わらないことはルイたちの中で暗黙の了解となっている。危険である等理由は多々あるのだが何よりも彼が係わられることを望まないからだ。 だからルイは何時も通り励ましの言葉を送るだけに留まった。
「わかってるよ。」
 『彼女』という言葉に悲しげに苦笑を浮かべながら少年は頷いた。


 暫くの時間がたち、ルイが唐突に口を開いた。
「そういえば…金の目の子に逢いましたよ。貴方の弟子の子でしょう。」
「ああ。」
 少年が優しく微笑し頷くのを待って、ルイは言葉を続けた。
「暫く前にあちらで会いましたので、そろそろこちらに来るのではないかと思います。」
「へえ、それで?」
「貴方とわたしは似ているそうですよ。オスト。」
 オストと呼ばれた少年はそれを聞き、目を見開いて一拍分静止した後苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「…ごめんだね。」
「全く持って同感です。」
 オストの言葉に頷き返し、ルイははたと閃いたもう一つ疑問を投げかけた。
「そういえば、彼は?」
「…半年ほど前から音信不通。」




  7.賢者の書眠る竜の塔



 そろそろ黄昏時も終わろうかという頃、ユウは火の番を続けながらもう何度目かになる溜息を吐いた。
「…相変わらず、まだやっているのね。」
 呆れたような声音に振り返ると薪にするのに手ごろな枝をいくつか抱えたレイがやはり呆れ半分といったような表情である一点を見つめている。
「うん。」
 頷き、ユウはレイと同じ一点を見つめた。
「なあ、頼むよ。ダーマでの修行が終わったら。」
「ですから、それが何時になるのかは分からないのですから、今言われても困ります。」
 手を合わせ頭を下げるレオとそれに苦笑を浮かべて答えるエミリ。もう数十度に及ぶ会話にユウとレイは顔を見合わせ肩をすくめた。

 バハラタで起こった人攫い事件が解決した後、数年にわたり隠し続けた本音を明らかにした姉は「近いうちにまた会いましょう。」 という言葉を残して相棒のエルと共に旅立っていった。変わりに新たに旅の仲間に加わったのがこのエミリというハーフエルフ少女だ。
 世話になったので恩返しがしたいというエミリの言葉にレオがそれなら賢者になるための修行を手伝ってほしい。と返したのが事の発端だ。
 それを二つ返事で承諾し、一時パーティに加わったエミリが旅の目的の一つがなくなったと漏らし、それを聞いたレオが自身の創った町に移住を進め始めたのが昨日のことだ。
 そもそも、レオは既にレオパークの今後の発展を他の者に委ねた身であるし、エミリは目的の一つを失ったからといって旅を辞めるつもりは毛頭無い。 双方とも初めは冗談半分の遣り取りであったのだが何度も繰り返すにつれだんだんとレオが本気の勧誘を始めだしたのだ。
 初めのうちは熱心だなぁと感心していたユウたちであったが、本気になったレオは何処までもしつこかった。
 彼は移動中も休憩中も野宿の準備の途中でさえもエミリに勧誘を続けていた。流石に戦闘中には静かになるがそれ以外の間は寝ている時以外は常にエミリと向き合い勧誘活動を続けている。
 これには誰もがうんざりした。だが、当のエミリだけは全く気にした様子もなく、寧ろ真剣にレオの話を聴いていた。
「ですが、わたしには種族間の――」
「差別を無くしたいってんだろう。」
 種族間の差別をなくす。それは種族の隔たりが原因で両親を亡くしたエミリにとって至極当然の願いであった。
「でも、漠然と世界全体で考えるよりも小さくても一箇所から始めたほうが効率的だと思わないか?」
「………」
 流石に凄腕の商人というだけあってレオは言葉巧みににエミリの意思を切り崩していく。しつこい誘いに断りもいれず嫌な顔ひとつせず真剣に耳を傾けるエミリはレオたち商人にとって滑降の餌食であった。
 そして、そろそろレオが大詰めに掛かろうかと動き出したその時、

「へぇ、お前がルイの養い子か。」

 突如発せられた聞き慣れない声に四人はハッと息を詰めた。
 声の元はレオの真後ろ、距離にしてほんの二、三歩ほどの位置。そこまで傍に寄られていたというのに誰一人としてその存在に気付かなかったのだ。
 そして、声の主を見た一同はさらに驚き絶句した。
 そこにいたのは人当たりの良い笑みを浮かべたユウの肩ほどまでしか背のない何処から見ても十代前半の少年だった。

 




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  バハラタ編とは裏腹にキャラが暴走しすぎて話の収集がつかない事態に…何回も書き直しました…
  主人公どころかメインパーティ誰にも出番がありません。








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