第44話−怪しい少年






「へぇ、お前がルイの養い子か。」
 そう声を発した少年の顔をエミリはレオに引かれて飛び退いた先からまじまじと見つめていた。
 三つ編みにした長い髪。麻色の草臥れたマントで体をすっぽりと覆っているがその隙間からは緑色の稽古着が覗いている。 エミリの育ての親であるルイと同様の幼い顔立ちで、彼女のことを知っている人物。そういった人物にエミリにはひとつだけ心当たりがあった。
「まさかっ、貴方は――!!」
 その続きの言葉を告げようとしてエミリは息を詰めた。
 エミリに向けられた少年の視線。一見するとただ無邪気な笑みを浮かべているだけのように見えるが、その少年から発せられている威圧感がその先を告げるなと告げている。
「エミリ、知り合いか?」
「え、ええと…」
 少年に対して警戒心をむき出しにしたままのレオの問いにエミリは一瞬言葉を詰まらせた。
 仲間たちが視線を集めるなか、エミリは慎重に少年に尋ねるための言葉を選ぶ。
「…ルイ様の御友人の方ですよね?」
 不自然な問いだとは自覚しつつも他の問い方が思いつかずにそう訊ねると少年は顔をしかめつつ頷く。
「…友人といわれるのは不本意だけど……お前が考えてることで間違いはないよ。」
 にっと自信満々の笑みを浮かべ少年は皆に向き直った。
「初めまして。俺はオスト。旅の武闘家だよ。お前等のことはルイから聴いてる。宜しくな勇者御一行。」

「こないだダーマに来てたんだよあいつは。お前のこと心配してたけど、無事でなにより。」
「ありがとうございます。あの、それで、ルイ様は…?」
「ああ…悪いけど行き先は聞いてないんだ。探せば直ぐに見つけられると思うが今はあまりこの辺りから離れたくはないんだ。悪いな。」
「いえ…これといって用があるわけではないので……ところで、貴方はどうしてこんなところに?」
「俺? 人に会いに来たんだ。」
 謎の少年オストとエミリの会話をレオは焚火を挟んで正面の位置から不機嫌そうに頬杖を付いて見つめていた。 何が理由でそんなに不機嫌なのかと今訊ねればレオはこう即答するだろう。あの少年に関わること全てだ。と。
 結局彼はオストという自分の名前と職業とルイというエミリの育ての親の知人であること以外なにも明かしてはいないのだ。 本人曰く『ダーマで修行中の旅の武闘家』とのことだが、それだけならばわざわざ気配を絶ったうえで自分達に近づく理由はない筈である。 そもそもあれほどの至近距離まで誰にも気付かれることなく忍び寄るなど熟練の盗賊でもそうそう出来るものではない。 これにはただ単純に気配を読むことに関しては自信が有ったので彼の気配が読めなかったことが悔しいという思いもあるのだが。
 おまけに外見年齢と精神年齢が明らかに合っていない。たまに歳相応にも見える無邪気な笑みを浮かべることはあるがその笑顔も何処かわざとらしい。  エミリやユウ達にとっては知人の知人とのことらしいが友人という言葉を本人が否定していたしどういう関わりがあるのかということは明かしていない ――エミリは何か知っているようだが――。 何処をどう取っても明らかに不審人物である。
 その不審人物が何故か自分達パーティの宿営地に居座っていて、おまけに自分以外の三人はそれを当然のごとく受け入れている。
(…お人好し三人組。)
 胸中で悪態をつき半刻ほど前食糧調達のため森へと入っていった二人の仲間に思いを馳せる。
(シキサンとティルサン、早く帰って来てくんねぇかな…)
 彼等ならこの状況をなんとかしてくれるのではないかという淡い期待は後に裏切られることになるのだが・・・


 ティルとシキが木々の合間から姿を現したのはそれから暫く後のことであった。
 二人はそれぞれ大小様々な木の実や食べられる草などを六人分の夕食と朝食としては十分な量抱えている。 特にティルは今にも零れ落ちそうなほどの木の実を抱えていて見かねたユウとレオは即座に二人の方に駆け寄った。
 だからレオは気付かなかった。二人の姿を見た瞬間に一瞬だけオストが不敵な笑みを浮かべたことに。
「悪い、遅くなった。」
「なかなか見つからなくて。」
「ほんと、もう少し早く帰って来てほしかったよ。」
 苦笑を浮かべるティルにレオは乾いた笑みを浮かべ呟く。
「? 何かあったの?」
「うん。お客さんが来たんだ。」
「客って言うか不審人物だよあれは…」
 木の実を受け取りながら返答を返すユウに頭を抱え嘆息しながらレオが小さく補足を入れる。
「レオさん!」
「事実だろ。簡単に人を信じすぎだぜ〜ユウサン。……ん?」
 ふざけたような物言いで割と本気の物言いをしたレオの耳に、ザッと草を踏み締める音が届いた。 それはユウもティルも同様のようで三人はそろってそちらを向いた。
「…シキ?」
 普段表情を表に出さないシキが驚愕に目を見開いて、更には一歩後ずさったような体制をしている。
「……うそ…だろ…」
 がくんと肩を落としながら呻くようにして言葉を紡ぐシキ。そんなシキに視線の先をティルは確かめるように追いかけた。
「…あっ!」
「…最悪だ。」
 ティルの歓喜に満ちた声とシキの何処か絶望を感じさせるそれが重なった。
 その二人の視線の先で、
「よっ。」
 と、オスト少年がにこやかな笑みを浮かべて片手を挙げた。そんな彼の様子を見て、ティルは驚きを露にそれでいてとても嬉しそうに叫んだ。
「師匠!!」
「「「「師匠ぉ!!??」」」」
 四つの口がティルの言葉を復唱のを見、オストは悪戯が成功した子供のように笑った。

「なんでこんな所にいるんですか?」
 先程の自身の疑問を代弁するかのようなティルの問いかけにレオはジッとオストを凝視した。
「別に。暇だったからそろそろお前等が来るんじゃないかというルイの予想を信じて迎えに来てみただけ。」
 暇つぶし。レオが疑いを持ったその行動はそのたった一言で片付けられた。
「それで、今度は何をした…」
 半眼になってシキが訊ねる。敬語を使うティルとは裏腹にシキは何時もの態度を崩そうとしない。
「今度はって…それじゃあ俺があいつみたいに何時も何かしら騒ぎを起こしてるみたいじゃないか。」
「………」
 事実だろうという言葉をシキは喉の辺りで押し止める。そんなシキの考えなど見透かしたようにオストは不敵な笑みをシキに向けた。
「…まあ、良いけどね。気配消して忍び寄ってみただけだよ。お前ら居なかったから暇つぶしに。まあ――」
 オストは一度言葉を切るとゆっくりとエミリに向き直った。突然のことにエミリはキョトンとして首を傾ける。
「まさかルイの養い子にまで会えるとは思ってもみなかったけどね。」
 そういうとオストは今度はレオに視線を移しシキに向けたのと同様の笑みを浮かべて見せた。
「それで、他に聴きたいことは?」
 見透かされている。そう思い顰めそうになる顔を今までの商売経験で培ったポーカーフェイスで押し止めてレオは口を開いた。
「……あんた、歳幾つ?」
 他にも、訊ねたいことは山ほどあった気がするのだがレオはとりあえずそう訊ねた。
「幾つって………お前は?」
 暫く考える素振りを見せた後、オストは逆に切り返した。
「二十歳。」
 それに素直に答えたレオに返されたのはレオの想像を絶する答えだった。
「じゃあ、その二十倍以上。」
 途方もない数字、信憑性は限りなく低い。
「………それ、マジ?」
「さぁ、どうだろうな。」
 いろんな意味で規格外なこの人物にレオは最早訊ねる気すら失った。途方もない疲労感に見舞われレオはがくんと項垂れた。 とりあえずこのオストという人物とは相容れそうにない。短い時間でレオはそれだけは理解した。




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