第45話−賢者一族






 月に照らされてた視界の中、レオは枝を削る手を止めある一点を見やった。そこには先程現れたティルの師だという少年、オストの姿がある。
 オストはレオの睨むような視線を気にする風もなく消えかけて燻る焚火を木の枝を使って弄り回している。
 夕方に現れた際に纏っていた麻色のマントは今は纏っていない。一刻ほど前就寝するに際して彼はそのマントを弟子であるティルに渡していた。 そして現在それはエミリが布団代わりに使用している。 オスト自身は朝までの見張り番をかって出て他の者を寝かせつけたのだが、レオだけはそれに従わずオストの向かい側に腰を下ろしてしきりに彼の様子を窺っている。
「…お前、寝ないのか?」
 レオが腰を下ろした時に一瞥して以来、無関心を通していたオストが唐突に口を開いた。
「ああ。」
 短く答え、それで会話が終了する。
 レオが手元に視線を戻すのとほぼ同時にオストがわざとらしく大きく溜息をついた。
「俺、そんなに信用できない?」
「職業柄、あんたみたいな怪しい奴は信用できないもんで。」
 即答してレオは手に持っていた短剣を置いた。削った枝の先端を確認し空いた手に弓を持ち完成した簡易の矢を合わせ感触を確認する。
「職業柄?」
「商人だよ。その道ではそれなりに有名なんだけど。」
「商人?お前が…?」
 心底驚いた様子で目を見開くオストにレオは若干口元を緩めた。
「なんに見える?」
 ポルトガでユウに訊ねたように自分が商人だという名乗りに驚きを見せる相手にレオは必ずそう訊ねる。 大抵の人間はレオの格好を見て猟師とか狩人とかと返答をかえすのだが、商人になる前の生活を考えればあながちこれは間違ってはいない。
あとは適当に言葉を濁す者が殆どで、だからオストの回答にレオは完全に虚を突かれた。
「賢者。」
「……はっ?」
 賢者。それはレオが目指している職業である。
 特別な修行を受けたものだけがなれるという伝説の職業。今のレオがそれと間違われる謂れはない。
「なんで…?」
「なんでって、スーの…三大賢者一族の一つの人間に逢って、それ以外の職を考えるか?」
 この言葉にレオは瞠目した。ポルトガで彼の弟子であるティルにスーの一族の出身であることを当てられた時も驚いたが、今度はそれ以上である。
 確かに、スーの一族は、これまでに多くの賢者を四に輩出してきた三大賢者一族の一つである。しかしそのことは、 スーの一族の中と他の三大賢者の一族の中のみに秘されたことである筈なのだ。 表向きには狩りで自給自足の生活を営み、その一方で賢者一族の一つとしての伝統の知識や技を語り継いでいることを知る者を一族以外で知る者は少ない。
 余談だが、スーの一族だけでなく、ダーマを除いたもう一つの三大賢者一族もその存在を公にはしていない。 何故そんなことを、自称一介の旅人である彼が知っているのか。
師弟揃ってとんでもない爆弾を落としてくれると内心で悪態を吐きながら、レオは探るようにオストを見た。そんな彼の様子など意にも介さずオストは続ける。
「それに、それは証だろ。スーの一族の中でもそれを持つ者はそうそういない。」
 言いながらオストはレオの胸元を指す。そこには首元から吊るされた赤白二枚の羽根が揺れている。
 レオは今度こそ絶句した。声を失うレオを見てオストは口元を吊り上げる。
「違うか?」
 自信に満ちたオストの言葉にレオは沈黙を持って返した。それは肯定を意味する。
 彼の言葉は何一つとして間違っていない。三大賢者一族の出であるということもそうだし、この羽根についてもそうである。
 レオの持つ羽根の首飾りは族長又は未来にその役目を担う可能性のあるものにのみ与えられる証なのである。 しかし、それを知るのもまた、彼等スーの一族のもの以外では他の三大賢者一族の者のみの筈である。
「…何故、知っている?」
「昔、スーの賢者に知り合いがいたんだ。それと同じものを持ってた。」
 遠くを見るオストの瞳に愁いが帯びているのに気付き、レオはその人物が既にこの世にいないであろうことを悟った。 そして思う。自分の二十倍以上生きているというのはあながち嘘ではないのかもしれないと。
「それで、信用する気になった?」
 打って変わってにこやかに話すオストをレオはじと目で見つめた。
 そして視線を鋭くしオストの方へ向けて弓を構える。
「ますます怪しいよ。」
 言葉と共に放たれた矢はオストの脇を抜け夜の闇の中に消え、数瞬の後遠くの茂みの奥から小さく獣の悲鳴が二人の耳に届いた。
「お見事。」
 小さく手を叩くオストに片目を閉じて返しレオは寝転び真上にある月を眺めた。


 ダーマ神殿までの行程の中、途中魔物と遭遇してもオストは戦闘に参加することは一切しなかった。
 一人木に寄り掛かり腕を組み戦況を見極め、ユウ達が戦闘を終え怪我の治療を済ませると先頭に立ち霧のかかった森の中を迷うことなく奥へと進んでいく。
「ねえ、ティル。」
 レイは胡乱気にティルに耳打ちした。
「あの人、貴女の師匠なのよね。武術の。」
「うん。」
 ティルは自慢げに頷く。
「…てことは強いのよね?」
「うん。信じられないくらいに、強いよ。」
「じゃあどうして戦ってくれないのよ!」
 先頭を行くオストには聞こえないようにあくまでも小さくレイは声を荒げる。
「それは…」
「多分、試してるんだよ。俺達を。」
 言葉を濁すティルに代わってシキが淡々と告げる。その言葉にユウは首を傾けレオは探るような瞳でシキを見た。
「それは、シキサンやティルサンの成長をってことか?それとも――」
 レオはシキから順にティル、エミリを見やる。エミリはレオと目が合うと露骨に視線を逸らした。
「…あんたら、何隠してるんだ?あいつ何者?」
 レオは言葉に相槌を打ち、レイも強い眼差しを三人に向ける。そんな中、ユウは渦中の人物に目を向けた。
「…あれ?」
「どうした、ユウサン?」
「…いない」
 先程まで目前を歩いていたはずのオストの姿がほんの数瞬目を放した隙に消えている。
「どこに…?」
「突然現れたり消えたり本当に怪しい男だな。」
 きょろきょろと周囲を見渡すユウの隣で頭の後ろで手を組みレオが悪態を吐いた。
「…レオさん」
 そんなレオにティルが呼びかける。その顔に哀れみの情が浮かんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「………なに?」
「…師匠は、目や耳が凄く良いから、悪口は――」
「全部聴こえてるよ。」
 突如間近から声が聞こえ、一同は目を瞬かせ視線を下に降ろした。
「――っ!!!」
「あんたっ、何時の間にこんな所に!!?」
 消えたはずの少年は六人の中心で無邪気な笑みを浮かべていた。
「ついさっきだよ。それと、余計な詮索ももう終わりだ。」
 一瞬だけ感じられた威圧感にレイは身を竦ませた。それに気付いてか気付かずかオストは微笑を浮かべユウに向き直り深い霧に覆われた前方を指差した。
「霧で見えないだろうけど、そこを抜ければ森はお終い。ダーマに着いたぜ。」

 オストが再び先頭に立ち歩き始めたのを見てシキはレオの肩を叩いた。
「なに?」
「……」
 シキは無言でオストとある程度の距離が開くのを待つとレオにだけ聴こえる声で告げた。
「よかったな。機嫌が悪くなくて。」
 その顔色は心なしか青い。
「……もし機嫌が悪いとどうなるわけ?」
「世の中、知らない方がいいこともあるんだ。」
 シキはうんざりとした調子でそう告げた。





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  何故かレオの出番が多くなるダーマ編。
  賢者話だからというのもあるけれど、一番の理由はオストに絡ませやすいからです。
  そして相変わらず予定したほど進まない・・・








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