第46話−ダーマ神殿






 ダーマ神殿の大神官はダーマの一族に代々口伝で伝わる人の内側に眠る潜在能力を引き出す秘術を扱える人物である。 その秘術によって潜在能力を引き出し新たな道に進むことを人々は転職と呼び、新たな道を進みたいと考える者たちはその秘術を求めダーマ神殿を訪れる。
 それはダーマの一族が遥か昔から三大賢者一族として果すべく使命とされている。


 翌朝、一人大神官との面会のために神殿を訪れたレオは客間へと招かれ大新館の到着を待っていた。
 その間、レオは胸もとの二枚の羽根を片手で持ち上げジッとそれを凝視していた。神官の一人――おそらくダーマ一族のものなのだろう――がこの羽根を見、 大慌てでこの客間を用意したのはつい先程のことである。
(…特別扱い、しなくていいのになぁ)
 スーではなくダーマで賢者になるための試練を受けるということは、賢者一族の出身であることは関係なく他の賢者を目指す者達と何の違いもない。少なくともレオはそう思っている。 そのために、本当はこの羽根を下げてダーマを訪れることにも些か抵抗があった。オストや先程の神官のように知っているものが見ればそれだけでスーの一族の出身だと名乗ることになるからだ。
 それでもこれはレオにとっては大事なものであるし、何よりダーマの一族を訪ねるならば一族の代表としてスーの一族であることを示す証として着けておくようにと 族長始め一族の有力者たちに強く念を押されたためである。不本意ではあったが町創りの件といい色々と我侭を通してきた身としては従わざるをえなかった。
(こんなことで、威厳を取り繕っても無駄なのに…)
 現在、スーの一族はダーマの一族ほど賢者一族として強い力を持っていない。とはいえ他大陸の内陸部に籠もりきりで連絡すらも取っていない一族の内情などダーマ側には知る由もないのだが、 それでも一族のお堅いお偉い方は威厳を示しておきたいらしい。尤も、そんな威厳を取り繕ってやる気などレオには微塵もないのだが。

「待たせたの。」
 扉が開き老年の一人の男が入室する。レオはその男に深く頭を下げた。
「初めまして。レオと申します。」
「ようこそレオ殿。レオ殿の噂はこのダーマの地まで届いておりますぞ。」
「お褒めいただき光栄です。」
 その肩書きにあった威厳に満ちた大神官の聡明な顔つきにレオは微笑の下で息を呑んだ。
「それで、本日はどういったご用件でお越し頂けたのかな?」
 挨拶もそこそこに本題に入る大神官にレオは表情を引き締めた。
「はい、賢者になるための修行をこのダーマで受けさせて貰いたいのです。」
 レオの言葉が意外だったのだろう。大神官は軽く目を見開き一拍の間を置き口を開いた。
「うん? それは、どういう事か…修行をするための環境はスーにも整っているはずでは…?」
「確かにその通りです。しかし…」
 レオは言葉を止め目を瞑ると大きく息を吐いた。
「数十年前、エジンベアの兵を名乗る一団が我々の住む村を侵略してきたことがあるのです。 抵抗したスーの民とエジンベア兵との間に紛争がおき、一応は勝利を収めたものの沢山の魔道具を持ち去られてしまいました。」
 スーの賢者は魔力の籠った道具を造る技術を代々受け継いでいる。そのため村には造り置かれた魔道具が沢山存在していた。 エジンベアの兵達は扮装に乗じてそれらの魔道具を略奪して去っていってしまったのだ。
「その時に悟りの書も消失してしまったのです。」
「なんと…!」
 流石の大神官もこれには驚き絶句した。
 悟りの書は過去に名を馳せた賢者達が書き残したもので、賢者として認められるために絶対に必要な書物である。 その書の中に書かれた全てを理解したとき初めて人は賢者と名乗ることを認められる。
「当時の族長が副書にあたっていたのですがその方も高齢のため息を引き取られ、現在のスーには賢者と呼べる存在のものがいないのです。」
 悟りの書は賢者が自身の魔力と共にその知識を書き写すことで完成する。賢者がいない今、スーの一族だけの力で悟りの書を完成させることは不可能なのだ。
「ですから、スーの一族を救うため、賢者となるための修行をさせて頂きたく参上しました。力を貸して頂きたいのです。」
 これまで、スーの民達は他の賢者一族に対して借りを作るのを恐れて事実をひた隠しにしてきた。 しかしレオは自分が賢者となることで一族を救えるのならば借りになろうとなんだろうと構わないそう考え深く深く頭を下げた。


「これ、古代イシス王朝の古文書じゃない!」
「これは! 1800年前ランシールの聖地で書かれたという古代聖書の原本…!」
 レオが大神官と面会している間、ユウ達はオストの借り受けた部屋を訪れていた。元々はティルとシキが向かおうとしていたところに便乗させてもらったのだ。
「この魔道書、幻とまで言われたとても貴重なものじゃない!! こんなもの一体何処で!?」
「さあ、それは俺のじゃないから…」
 凄まじい剣幕で訪ねるレイにオストは苦笑を浮かべて返す。
「見るだけなら構わないと思うけどね。大事に扱えよ。」
「……師匠、これは?」
「それはジパング産の神酒(の空き瓶)だよ。」
 オストやルイたちがダーマに来た際に使用していて、半永久的に借りられているというこの部屋には貴重品からがらくたまで様々なものがあふれている。 珍しい本も沢山そろっていて、レイとエミリは先程から本棚に釘付けになっている。
 そんな中、ユウは無造作に寝台の上に置かれた太い本を見つけ拾い上げた。
「『魔物生態全集』…?」
 一般の人間ではまず見なさそうな本の題名にユウは姉さんなら喜びそうだと感想を浮かべる。
「ああ、それはユーラ、シキに盗賊技術を教えた奴の本だよ。というかここにある本の半分はあいつのもんだな。何かと多才な奴でな。 それはティルとシキを送り出してすぐ位かな、いきなり持ってきた。」
 最後はシキに向き直りオストは言った。シキはそれに嘆息した。
「…あいつ、今度は何をやってるんだ。」
「さあ、暫く連絡無いからなぁ。」
「それって、笑い事じゃないんじゃ…」
 ユウの言葉にオストもシキも眉一つ動かさず首を振った。
「そう簡単にくたばるような人間じゃないよ、あいつは」
「……同感。」
 二人の様子にティルが乾いた笑みを浮かべる。
「それより、ユウはよかったの? 大神官様のところに行かないで。」
「そういえば――」
 本から目を離し、レイは記憶を遡る。
「ユウのお母様のお父様なのよね?」
「そうなんですか!?」
「…一応。」
 ユウの母アリアはこのダーマ神殿の大神官の娘である。つまり、大神官はユウの祖父にあたる。 しかし祖父といってもユウは大神官とは生まれてすぐという記憶にない頃に一度会ったことがあるだけで、それ以降はなんら面識がない。 どのように接すればよいのか戸惑ったユウは、彼との面会を後回しにしてしまったのだ。
「レオさんに、今度伺います。って伝言を頼んでおいたんだけど…」
「ふぅん。珍しいね。」
 ロマリアでもイシスでも町に着いて直ぐに国王に挨拶に伺っていたユウである。 大神官のところへ行かなければならない義務があるわけではないが、祖父でもある大神官に直ぐに会いに行かないことはユウにしては珍しいと、 ユウの心情など知る由もないティルは率直にそう零した。
 そんな彼等の会話を聞き、オストが突然口を開く。
「…珍しい云々については知らんが、まあ、会わなきゃならんだろうな。お前に魔王討伐の意志があるというのなら。」
「えっ…?」
 意味あり気なオストの言葉にユウは言葉の真意を訊ねた。
「いんや。こっちの話だ。」
 しかし、やはり意味あり気な笑みを浮かべたまま、オストはそれ以上の追求を許さなかった。




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