第47話−師の頼み






「こんなところにいたのか!」
 息を切らしたレオが仁王立ちになりオストの部屋の扉を開けたのは昼前のことだった。
「随分遅かったな。長いこと話し込んでたのか?」
「ふざけろよ…」
 オストの言葉にレオはわなわなと肩を震わせた。
「こっちは修行の許しを貰った後、書庫で悟りの書が隠されてる場所も探してきたんだ!それで帰ってきたら部屋はもぬけの殻とはどういうことだよ! かなり焦ったぞ!探し回ったんだぞ、俺は!!」
 必死で訴えるレオにユウ達は素直に謝った。それに納得したのかレオはころりと表情を変えユウに向き直った。
「分かればよろしい。ユウサン。大神官様がいつでも待ってるってさ。」
「えっ あぁ、ありがとうございます。」
「いえいえどういたしまして。さあ、飯食いに行こうぜ。」
 レオは先程のことなど全く気にしていないかのように険のない笑みを見せこう言った。

 昼食を済ませた後、一同は再びオストの部屋に集まった。集会を開く場所としてこの場を選んだ理由は借り受けている部屋の中でこの部屋が一番広いからだ。
 ユウ達が三人部屋を二つ借りているのに対してオストは一人で四人部屋を使用している。 拠点としてからだと言うが、中にある荷物を見ても押すとの話を聴いたところによっても、この場所を使っている仲間の人数はルイとシキの師だという人物を含めた三人だと思われる。 そのことについてユウが訊ねるとオストは何処か遠くを見るようにして悲しげな微笑を浮かべこう言った。
「四人なんだよ。…一人は、今は会えないんだけどな。」
 ユウはその微笑に追求に対する拒絶を感じその話題をそこで打ち切ったのだ。

 部屋の中央にどんと置かれた机の上にレオはこの近辺の地図を広げその地図の中央を指差した。
「ここが、今いるダーマ神殿。 で、」
 言い置いてレオは真北の方向へと真っ直ぐになぞるようにして手を滑らせ、連なる山脈を抜けた先で指をやや東側へと動かした。
「ここが悟りの書が隠されている修行塔、ガルナの塔だ。 あんた達にはこのガルナの塔で悟りの書を探し出すのを手伝ってもらいたい。」
「わかりました。」
 レオの真剣な眼差しにユウは深々と頷く。それを見てレオはふっと微笑を浮かべる。
「じゃあ、早速明日出発ってことでいいかな?」
 ユウは全員が頷くのを見て取ってから返答を返した。
「はい。構いません。」
 それで話は纏まったかと思われた。がしかし、
「悪いけど、その間ティルとシキを借りてても構わないかな?」
 部屋に戻ってから今までの間ずっと黙していたオストが突然そんなことを言ってのけた。

「……師匠、今なんていいました?」
「ガルナの塔に言ってる間、お前とシキに頼みたいことがあるって言ったんだよ。」
 にこやかに答えるオストにティルはがくんと肩を落とす。
「ふざけんな!この二人がパーティの最大戦力だぞ、抜けたら大変じゃないか!用があるなら後にしやがれ!!」
 ユウがなんともいえない表情になるのを無視してレオはオストに怒鳴りつける。だがオストはそれにも屈しない。
「無茶なことは言ってないよ。昨日お前等の戦いは見せてもらったけどティルとシキが抜けてもこの近辺の魔物に負けるような実力はしてない。だから頼む。」
 手を合わせて頭を下げるオストにレオが一瞬言葉を詰まらせると今度はシキが嘆息して訊ねた。
「それは、今やらないといけないことなのか?」
「ああ。大至急頼みたいんだ。」
 それを聴き、レイは疑心に満ちた表情でオストを見た。
「貴方、昨日は暇だって言ってなかった?」
「昨日は昨日、今日は今日。」
 平然とオストはそう言ってのけユウを仰ぎ見た。
「なあ、頼むよ。」
 それに便乗するようにティルが心底申し訳なさそうに表情を歪め呟いた。
「…ユウ、悪いけど断れそうにない。」
「うん、わかった。」
 思わず苦笑を浮かべユウはそれを承諾した。


 翌日の早朝、ティルは荷物を念入りに確認し満足そうに手を払った。
「よし。」
「随分と気合が入っているのね。」
 椅子の上で頬杖をついて言うレイにティルは微笑を返す。
「うん。二人旅は久しぶりだからね。」
 オストの頼み事というのは神殿から東に森を抜け、南東の方角に一週間ほど歩いたところにあるという宿場町に一通の手紙を届けてほしいということだった。
 これがロマリアやアッサラームならばキメラの翼を使って短時間で行って戻ってくることが出来たのだが、 流石の二人もダーマ周辺の森よりも東には行ったことがないらしく徒歩で移動しなければならなかった。 おまけに、ガルナの塔に行くよりも遥かに移動距離が長いので、少しでもその時間差を埋めるため二人はユウ達が塔へ向かうより早くに出発することにしたのだ。
 ティルは最後に鞄の中にキメラの翼とオストに渡された手紙を詰めると立ち上がりそれを担ぎ上げた。
「それじゃあ、私たちは行ってくるから。」
 立ち上がろうとするレイを手で制し、ティルは扉を開けた。
「あの、私たち、今回はルーラは使わないことにしたんです。」
「ええ。だから帰ってくるのは貴方達と同じくらいになると思うの。」
 距離だけを考えればガルナの塔には一日程度で辿り着けるが途中の山脈はとても険しく塔に着くまでにはは三日ほど掛かるだろうと予測される。 塔の攻略に余裕を持って一日を費やすとして計算し、往復分を合わせれば一週間。ティルとシキが宿場町へと辿り着くまでに掛かるだろうと予測した日数と同じになる。 彼等が此方を待たせることになり、焦ることが無いようにと皆で話し合った結果である。
 口々に告げるエミリとレイにティルは拳を作り、向けた。
「じゃあ、どっちが早く帰ってくるか勝負だ。」
 それにレイは微笑みを返した。
「望むところよ。」
「気を付けて下さいね。」
 それじゃあ。と、レイとエミリに軽く手を振りティルは静かに扉を閉めた。

 ダーマを出、見送りに出てきたオストが見えなくなるまで森を進み、ティルはシキに耳打ちした。
「師匠は大事な用って言ってたけど、本当にそうだと思う?」
「いや。」
 シキは即座にそれを否定した。
「もしそうだとしても、急ぎの用とは思えない。俺は只の口実だと思う。」
 ティルは同感と言わんばかりに息を吐いた。
「やっぱり――」
「ああ。見極めようとしてるんだ。」
 何をとはティルは訊ねなかった。訊ねるまでもなく自分の意見とシキの意見とが合致していることを知っている。
 ティルは木々の合間から空を見上げ一人の少年を思った。
(ユウ…)


「じゃあ、お前等も気を付けてな。」
 ティルとシキがダーマを発って一刻ほど後、オストは今度はユウ達を見送るために神殿の表に立っていた。
「はい。行ってきます。」
「つーかあんた、暇そうじゃん。」
 素直に頷くユウの隣でレオがじと目でオストを見る。しかし、やはりオストはそんなことでは屈しない。
「俺にはこれから大事な用があるんだよ。」
「あっそ。行こうぜユウサン。」
「あっ、うん。」
 そっけなく進みだすレオに続いてユウ、レイ、エミリも進み始める。オストはそんな彼等を満面の笑みで見送っていたが、四人が森の中に入るとその表情を切り替えた。
「さて――」
 どこまでも深く探るような眼でユウ達を見、しかしその口元は楽しそうに吊り上げられている。
「お手並み拝見といくか。」
 少年の声は誰の耳にも届くことなく空気へと溶け込んだ。




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  師匠様には誰も逆らえません。しかし相変わらずメインよりレオが目立ってますね…
  次で漸くガルナの塔に辿り着きます。








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