第48話−ガルナの塔






「ここだな、ガルナの塔。」
 ガルナの塔の入り口に立ち鼻歌交じりに言うレオの顔をユウはまじまじと見た。
「随分楽しそうですね、レオさん。」
「ああ。此処に来る事を楽しみにしてたからね。それに俺、こういう塔に入るの初めてだから。」
「えっ!!」
 驚いて大きな声を上げたのはレイだ。その隣でエミリも同じように驚きの表情を浮かべている。
「初めて、なの…?」
「意外です。」
「…あのなぁ。」
 二人の言葉にレオは口を一文字に引き結び頭を掻いた。
「俺、今商人なんだよ。半年ほど前まで町創りしてたんだぜ。商隊率いて商売に行く以外に旅の経験なんで殆ど無いんだけど。」
 確かに、彼が商人だということを考えれば、その台詞には納得できるものがある。 しかし、この一月ほど彼と共に旅をしてきた身としては素直に頷くことは出来なかった。
「でも、野宿の準備とか、結構慣れてたと思うんですけど。」
 野宿の際、シキとティルの熟練コンビに次いでてきぱきと準備を行っているのはレオである。
「それは商人になる前、猟師生活時代の経験のおかげだな。」
 因みに、レオはまだ、その猟で生計を立てている自分達の一族が三大賢者一族であることを明かしていない。
「本当、凄い経歴の持ち主よね。」
 呆れたような目でレオを見るレイだが彼に対する尊敬の念は一切変わっていない。
「お褒めいただき光栄です。オヒメサマ。」
 冗談交じりに片目を瞑りレオはレイの手を取った。
「じゃあ、行こうか。」
 ユウに向き直りレオは微笑を浮かべてそう告げるとレイの手を離し塔の内部へと進み始めた。ユウはそれに続こうとしてふと足を止めた。
「……?」
 ユウは怪訝そうに眉を寄せ背後を振り返った。
「ユウ、どうしたの?」
 レオに続いていたレイがそれに気付き訊ねる。
「なんか今、誰かに見られてたような…」
 その言葉に他の三人も後方を探るが人の影など見受けられない。
「…気のせいじゃないのか?」
 そう言いつつもレオの眼は先程とは違い真剣なものとなっている。だが、レオは直ぐに表情を戻し塔へと向き直った。
「まあ、気を付けていこうぜ。」
「…うん。」
 釈然としないものを感じつつユウは頷き前へと向き直った。

 そんなユウ達の様子を高い木の上に危なげなく立ち見下ろす影が一つ。ダーマ神殿で彼等を見送ったティルの師匠のオストである。 だが、ダーマで別れたときとは違い、彼の背には人間には決してあるはずのないものが見て取れる。
「へぇ。」
 銀の羽と尾を生やしたオストは、塔へと消えたユウを見て愉快そうに口元を吊り上げた。
「俺のの視線に気付くとはなかなか…」
 オストは羽と尾を消失させると一跳びで塔の目前に降り立った。
「期待してるよ。」
 不敵な微笑みを浮かべ、オストは塔を見上げた。


 ガルナの塔に入ってから暫く、レオは深々と溜息をついた。その目前ではユウ、レイ、エミリの三人が壁にもたれかかり蹲っている。
「…大丈夫か? 三人とも」
「だいじょうぶ、です。」
「私は、大丈夫じゃない…かも」
「…私も。」
 青い顔をして答える三人にレオは髪を掻き上げその原因を見た。
「う〜ん…こればっかりは、慣れるしかないしなぁ。」
 三人を苦しめている原因、塔のいたるところに配置された青く渦巻く旅の扉をレオは恨めしげに睨み付けた。
(ご先祖様が造ったって云われてるけど、もっと人に優しく造れなかったのかね?)
 ある一定の場所から繋がったもう一方の場所へと人の体を一瞬にして移動させる旅の扉。遥か昔に神々が造ったとも三大賢者一族が造ったとも云われている便利な空間移動装置である。 だがしかし、飛ばされる一瞬浮遊感や視界がぶれるなど人によって様々な反作用がある。要するに酔うのである。
 慣れてしまえばそんなことは無く便利な移動道具として扱えるのだが一度しか使ったことの無いユウ達には何度も連続で乗り継ぐことはきつかったようだ。 特に、初めて旅の扉を使ったというエミリは酷い眩暈に見舞われたようで一度目に旅の扉を使用した直後には倒れかけレオに支えられた位だ。 結局、それから暫く移動を繰り返した後、三人の体調を慮ってレオが休憩を取る事を提示したのだ。因みにレオ自身は何度か旅の扉を使用したことがあるらしく、体の不調など全く見受けられない。
「これだけ探したのに、まだ先へ続く道は見つからないの?」
 青い顔で訊ねるレイにレオは手元の紙を見た。休憩をとっている間に今までに通った道をマッピングした手製の地図である。旅の扉を示す丸印の上にはことごとくばつ印が施されている。
「そうだな…一階は大体見て回ったと思うんだけどな、まだ見落としがあるのかな…」
 レオの言葉にレイはげんなりとした表情を返した。
 流石に賢者の修行塔は一筋縄ではいきそうにない。
「…俺、ちょっと周り見てくるわ。」
「えっ でも…」
 その言葉にユウは瞠目した。幸い、一同が休息を取るこの小部屋には魔物は見受けられないが塔の中には魔物が闊歩している。一人で行動するのは危険である。
 レオは道具袋から聖水を取り出しそれを一口、口に含むと後の残りを頭から振りかけた。
「大丈夫。俺、気配読むのと消すのと逃げ足にはそれなりに自信あるから。皆はその間に身体休ませといてくれよな。」
 言うや否やレオは止める間もなく部屋を飛び出した。

「とはいえ、行ける所は大体見て回ったしな。」
 気配を消し、通路を歩きつつレオは一人愚痴た。手製の地図に眼をやりながら意識の半分では周囲を探り、 魔物の気配を感じればすぐさま物陰に身を潜めやり過ごしながらレオは先程も通った道を進んでいた。
「調べてないところといえば、後はこの先くらいだよな。…多分。」
 正面の入り口とは別にもう一つ外へと続く出入り口。裏口かと思い先程は無視して通ったのだが、見落としが無い限り後は調べていないのは此処だけだ。
 レオは一歩外へと踏み出し周りを見渡し、そこに、もう一つ小さな建物を発見した。それに沿って視線を上に上げれば二階で本体の塔と繋がっているのが見て取れる。
 レオはその建物の入り口に立ち、
「ビンゴ。」
 にっと口元を吊り上げた。

「…っ!!」
 次の瞬間、レオははっとして勢いよく背後を振り返った。背中に突き刺さるような視線を感じたのだ。
(いない…否、)
 早鳴りする鼓動を押さえレオは先程のユウの言葉を思い返した。
『なんか今、誰かに見られてたような…』
 一度ならず二度までも仲間内の誰かが視線を感じているということは。
(…気のせいじゃ、無い。)
 レオはもう一度注意深く周囲を探ったが、何者の気配も感じられない。
 レオは顎に手を当て思考を巡らせた。
(さっきの視線、殺気は籠もっていなかった。)
 強い視線ではあったが此方に対する害意は無かった。何処から誰が見ているのかは解らないがそれだけは確信できる。
「とりあえず、ユウサンたちと合流するか。」
 思考もほどほどに、レオは一人呟いた。




  back  1st top  next










inserted by FC2 system