第49話−堕ちた竜






 ユウ達三人が漸く酔いから醒めたころ、三人の元に戻ったレオは片手を上げてにこやかに告げた。
「上に続く道、見つけたぜ。それと――」
 表情を険しいものにしてレオはユウに向き直った。
「多分ユウサンの感じた視線と同じものを、俺も感じた。」
 はっと息を呑む三人にレオは表情を戻して続けた。
「まっ、殺気は感じなかったし、ここで考えてても仕方ない。とりあえず行こうぜ。」

「あそこだよ。」
 塔の裏口を出、離れの部屋を指差してレオは告げた。
「あそこに階段があった。ついでに、視線を感じたのもあそこだけど。」
 レオの言葉にユウは無意識に辺りを見渡した。だが、先程と同じようにやはり何者の気配も感じられない。その時、
「グルルルル……」
 獣の唸り声のようなものが響き四人は目を見合わせた。その四人の頭上にぬっと影が差し、四人は嫌な予感を感じつつゆっくりと上を見上げ、目を見開かせた。
「なっ!!」
「うそっ!!」
「げっ!!」
 空中から橙色の竜が凶暴に目を煌かせてこちらを覗いている。竜は一瞬、身体を縮込ませたかと思うと、凄まじい勢いで此方へと降下を始めた。
 ものすごい勢いで差し迫る橙色の竜の姿にレオは舌打し、叫んだ。
「急げ!逃げるぞ!!」
 レオの言葉を合図に四人は塔の離れへと一目散に駆け込んだ。

 階段を駆け上がるとレイは座り込み荒い息を繰り返しながら悪態をついた。
「はぁ、はぁ、 なんで、こんな所で竜に襲われなくちゃならないのよ…!」
「同感です。竜族はよほどの理由がない限り、他の種族を襲わないと聞いていたのに。」
「それ、誰の情報?」
「ルイさまです。」
 荒く息を吐き出しながらレイとエミリが会話を繰り広げる中、階下の様子を探りユウは安堵の息をついた。
「よかった。建物の中までは追ってこないみたいだ。」
「全くだ。出来れば竜とやり合うのは避けたいからな。」
 竜族は四つの種族の中で最大の戦闘能力を有している。かといって、竜ならば全部が人間よりも強い。というわけではないし、古の時代にはとても強大な竜を人間が打ち倒したという話もある。 必ずしも勝てないという訳ではないのだが相手の実力が見数値である以上、やはり全体的に強い戦闘能力を持つ竜との戦闘は避けて通りたい道である。
「しかし、なんでこんなところに竜が…?」
「これも修行とか?」
「それはないだろ。竜が人の修行に手を貸す意味がないし、それならあんな目はしていないと思う。」
 先程の竜は人を襲う魔物達と同じような眼をしていた。気配や人の表情に人一倍敏感なレオはああいった眼がどういったものが浮かべるものか知っていた。
「あれは、人を襲うことを楽しんでいる眼だった。」
 改めてそう告げられ、一同はごくりと息を呑む。
「大体、殺気は感じなかったんじゃなかったの?」
「…悪い。だけど、さっき感じた視線は、あの竜のものとは違ってた。」
 レイの言葉に素直に謝るレオ。しかしそれでいて難しい表情を浮かべ思考を開始する。
「どっちにしても、戦うのは避けたいのは確かだね。」
 腰の剣に手を遣り呟くユウに全員が頷いた。


 オストは、橙色の竜が現れた地に佇み、塔の合間から見える空を険しい顔つきで見上げていた。
 その場所に、先程ユウ達を襲おうとした橙色の竜の姿はない。飛竜はオストの気配を察すると機敏に身を翻し、颯爽と塔の影へと消えていった。
「…スカイドラゴン」
 オストは眼を伏せ飛び去った竜の種としての名を呼んだ。それに答える声はなく、オストの声は虚しく空気に溶け込んで消える。
 彼の背には、銀色に輝く羽があった。追う事は出来た。その気になれば簡単に、追いつくことも出来ただろう。だがオストはそれをしようとはしなかった。
「……」
 オストは背中の羽を二三度閃かせ、それを直ぐに止める。そして無表情に呟いた。
「…魔に堕ちた、竜。」
 竜という存在は聖にも魔にも染まりやすいのだ。そして魔が力を増すこの時代では魔に堕ちることは珍しくもなんともない。
 そして魔に堕ち理性を失った竜はこう呼ばれるのだ。魔に従うもの――魔物、と。
 下級の魔族と同じこの呼び名を与えられることは誇り高き竜にとっては不名誉なことである。だが、そうなってしまった竜をオストはもう何百と見てきた。
 一度魔に堕ちた竜が元の存在に戻ることは殆どない。そして魔に堕ちた竜は理由なく他の種族を襲う。これは竜族にとって最も重い罪であり、放っては置けないことである。
 そのために、竜族の中には罪を犯した同胞を裁くべき存在がある。
「仕事が増えたな。」
 自信の爪を見下ろし、嘲笑にも似た笑みを浮かべて言いながらも、オストは暫くその場から動こうとはしなかった。


 一難さってまた一難。まさにその通りだとレオは思った。この塔を設計したものは、悟りの書を求めるものにどんな修行をさせたいと思ったのか。 そんなことを考えながら、レオは前に出した右足にゆっくりと体重をかけていく。右足の置かれた縄は、ピンと張られた状態で一切揺れを感じさせない。レオはホッと息を吐いた。
「大丈夫だ。縄にそれなりの太さもあるし、ちゃんと固定されてる。レイサンやエミリでもちゃんと渡れるよ。」
 背後を振り返り微笑みを見せレオは告げた。ユウがホッと息を吐き、レイが引きつった笑みを浮かべ、エミリがごくりと息を飲み込む様を見て、レオは二つの尖塔が繋がれた縄の上をするすると移動していく。
(まさか賢者の修行で、森で鍛えたバランス感覚が役に立つなんて夢にも思ってなかったよ。)
 そう溜息を吐きながら、レオは向かい側の塔に足をつけ後ろを振り返った。ユウに促されて進むレイの表情がなんでこんな所で綱渡りをしなければいけないのだと語っている。
(そんな顔しないで下さい。俺だってこんな修行想像してなかったんだから…)
 レオが身を乗り出し、危なげに渡るレイの腕を掴んで引き寄せるとレイはほうっと長い息を吐いた。向こう側では続いてエミリがロープに足を掛ける。
 レイと同じように近づいたエミリを身を乗り出し引き寄せると、彼女もまたほっと安どの表情を浮かべる。
「おつかれさん。二人とも。よく頑張ったな。」
「もうこんなのは無いんでしょうね?」
 訊ね返すレイにレオは申し訳なさ気に苦笑を浮かべた。
「…悪い。分からない。」
 最後に残ったユウは慎重でゆっくりではあるが彼女達ほど危なげもなくレオの助けなくこちら側まで辿り着き、彼もまた、肺の中の空気を空にするほどに長い息を吐いた。
「緊張したぁ。」
 呟いたユウに同感だと言わんばかりにレイとエミリも頷きを見せる。
「悪かったね、付き合わせて。」
 そんな三人にレオは苦笑を浮かべて言った。
「悪いついでにもうちょっと付き合ってもらうけど、構わないかな?」
「もちろんです。」
 レオの問いにユウは額に浮かんだ汗を拭いながら笑顔を見せて頷いた。




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