第53話−迫る危機






 騒ぎの中心に近付くにつれ、喧騒の中から重要な声を拾えるようになってくる。
「酷い状態だな!何があったんだ…!?」
「どうやら森で魔族に襲われたらしい。よく無事だったな…」
「おい!早く!!誰か回復呪文が使える奴はいないのか!!?」
 緊迫感のある叫び声に、エミリは騒ぎに集まってきた人々を押し退けてその場へと向かった。 大人しい彼女からは考えられない行為に若干呆気にとられつつも、ユウたちがそれに続く。
「わ、私、多少なら回復呪文が使えます!!」
 若干息を切らしながらも騒ぎの中心へと駆け込んだエミリは、そこに蹲る人影にに息を呑んだ。続いて辿り着いたユウたちもそれを見て絶句する。
 蹲っているのは商人風の男で、体中傷だらけ泥だらけの状態で、小刻みに震える体を抱え放心している。
 幸いにも男は深い傷こそ負っていないが、恐怖に染まった男の表情には冷静さなど一欠けらも残っておらず、本当に魔族に襲われたというのなら逃げて来られたという事が奇跡である。
 僅かばかりの間を置いて、我に返ったエミリは男の傍に駆け寄り手を翳した。
「大丈夫ですか?すぐに傷を癒しますから。」
 優しい声音と共に掌から傷を癒す聖なる光が漏れ男の体を包み、ゆっくりと男の負った傷を癒して行く。 我を失っていた男はその声と呪文の効果にハッと目の焦点をエミリに合わせた。
「うっ……こ、此処は……?」
「此処はダーマ神殿です。もう大丈夫ですよ。」
「そ、そうか…助かったのか。……――!!」
 内心の焦りを感じさせないよう注意を払い優しい微笑で告げたエミリに男は安堵の息を吐いたかと思うと、突然目を見開き只ならぬ様子で華奢なエミリの肩を掴んだ。
「きゃっ!!」
「おい、あんた!!」
 思わず声を上げたエミリや慌てる外野を余所に、男は必至の様子でエミリの肩を揺さぶった。
「おっ、俺はいい、早く、あの子たちを…!!!」
 何事か叫びつつがくがくとエミリの肩を揺さぶる男を慌てて駆け寄ったレオが引き剥がした。
「落ち着け!!彼女が怯えてるだろうが!」
 強い口調で怒鳴りつけると、男は呆気に取られて僅かばかり冷静さを取り戻した様子で、レオとエミリとを見比べ肩を落とした。
「す、すまない…」
「とにかく、何があったのか説明してくれ。」
 レオが先程より落ち着いた口調でそう尋ねると、男は小刻みに体を震わせながら硬い表情で告げた。
「こ、子どもが、二人、俺を庇って……!!」
 まさか…。嫌な予感がユウたちの脳裏を過った。確かめなければとユウが口を開こうとしたその時、

 ドゴッ

 地を揺らさんばかりの勢いで鳴り響いた物音と、同時に膨れ上がった身を震わせるような威圧感に、その場にいた全員、半ば以上冷静ではなかった傷を負った男すらもが一瞬、動きを止めた。 一拍後、一同の視線がゆっくりと一点に集まる。その先には、先程までひとり傍観に徹していたオストが、全てのものを委縮させてしまうような凄まじいまでの存在感を発して仁王立ちしていた。
 オストは凄みのある視線で男を捕え、一歩一歩ゆっくりと男の元へと近付いて行く。 人々はオストが近付くと誰からともなく指示されたかのように統一した動きでその進行方向から退き、オストが男の目前に立ち止った時、その後方には数人が並んで優に通れるほどの幅の直線の道が出来上がっていた。
「その子どもってのは、」
 オストは相手の怯える様子を全く気にした風もなく、男を見下ろし、辺りの人々の存在はないかのように彼以外の人々には見向きもせずに口を開いた。
「金の目の二人組か?金髪と銀髪の。」
「あ、ああ…。」
 男が壊れた機械のようにこくこくと首を振り肯定すると、オストは表情を険しくし、肺の中の全ての空気を吐き出さんばかりの勢いで深々と嘆息した。そして、
「……あの馬鹿ども」
 地の底から唸るような声音でそう呟くと、もはや真っ青を通り越し色の無い顔面で座り込んだままの男の胸倉を掴み上げた。
「ひっ!」
 見た目十代前半の子どもにはあるまじき力で男の腰を浮かせると、オストは怯える男の様子など気にも留めずに尋ねた。
「何処だ?」
 決して逆らう事を許さぬ威圧的な雰囲気でたった一言の問い掛け、男はがちがちと震える口を動かして懸命に答えた。
「も、森の、…南…東……!」
「そうか。」
 オストはそれだけ聞くと途端にその男から興味が失せたと言った様子で男を乱暴に解放すると、独り外へと向かって歩き始めた。 再び彼の進路から人々は退き、オストはあっという間に扉に到着する。すぐにでもひとり飛び出さんとするオストにユウは思わず声を上げた。
「あ、待って!!」
 オストはそこで初めてユウを振り返ると、全く表情を変えることなく言い放った。
「着いて来るなら来ればいい。だが、遅れれば容赦なく置いていくぜ。」
 漆黒の瞳を銀に煌めかせて告げるオストに、ユウははっきりと頷いた。
 それを認めるや否やオストは一瞬挑発的な微笑を浮かべると、扉を開け放ち、タンと軽快な音を立て地を蹴ると風のように姿を消した。
 あっという間の出来事に唖然とする人々の中、ユウは素早くオストの後を追おうと駆け出した。
「ユウ!あたしも!!」
「皆はその人のことをお願い!」
 共に行こうとするレイにそう言い残すと、ユウはすぐさまオストの後を追って森へと向かった。

「……ユウ…ティル、シキ…」
 取り残されたレイは胸の前で手を組みじっとユウたちが消え去った扉の向こう側を見詰めた。
(みんな、どうか無事で!)
 祈るように見詰めるレイに、隣からレオが硬い表情で告げる。
「と、とにかく、俺たちは俺たちに出来る事をしよう。」
「…そうね。私、上に行って空いているベッドを貸してもらってくるわ。」
 レイはレオに向き直りそう告げると早足に上階にある宿へと向かった。
「俺は神殿の方に行って神官たちにこの事を知らせてくるから。エミリ、その人のこと頼むな。あんたらも、彼女の事を頼む。」
 レオのその言葉に、いち早く我を取り戻していた冒険者たち数人が頷き、各々出来る事を見つけて動き始める。
 エミリはオストによって最早抜け殻のような状態になってしまった男に向き直り、優しく声を掛けながら残りの魔力を振り絞り治療を始めた。



「――はっ」
 アサシンダガーで急所を突いて一撃で獲物を仕留めると、シキは素早く息をつぎその場から跳び退いた。 間髪いれずにその場に突進してきた別の魔物を今度は反対の手に持つ鞭で薙ぎ払うと、木の幹に背中を合わせて汗を拭い、手早く辺りを見渡す。
「はぁ、はぁ、…くそっ!」
 荒れた呼吸を無理矢理に整え、舌打ちを交えながら再び獲物へと向かう。初めより大分数は減らせたものの、まだ手強い敵は残っており、此方は既にかなりの体力を消耗している。 初めのうちは出来る限りティルと背中合わせで戦っていたが、最早目の前の敵を捌くので手一杯で、気付けば互いの背中を守れる様な状況ではなくなっている。 それでも森の魔物たちだけなら持ち前の素早さと技量で捌き切れる自身はあるが、問題は彼らを指揮する魔族の存在である。
 六の腕を持つ魔族の騎士は、気配を絶って突然にシキとティルに襲いかかっては深い霧の中に姿を隠す。それも的確に此方の隙を突いた攻撃を仕掛けて来るのだから性質が悪い。 今のところ辛うじて凌ぎきっているが、これからさらに戦闘が続き消耗していけばその刃を凌ぎきれなくなるのは時間の問題だろう。 そうなる前に他の魔物たちを片付け、ティルと合流して二人で魔族と対峙する必要があった。
 ティルの方も考えは同じで、攻防の合間にしきりに視線を合わせてはいるのだが、無理な立ち振る舞いが出来ぬ状況で魔物の群れを相手にしながら合流を図るという事はなかなか困難な事であった。
 とにかく今は何処から現れるか解らぬ敵に気を配りながらも目の前の敵に集中し、とにかく数を減らしていかなければならない。 戦いは、戦闘に慣れた二人でも息を切らし、疲労を覚えるほどに長期に渡っているが、一向に気の抜けない状態が続いている。 それでも気を奮い立たせ、漸く殆どの魔物を倒し終えたかという頃、シキの背筋に寒気が走り脳裏に大きく警鐘の音が響いた。
(来るっ!!)
 直感からそう判断し、魔物を仕留めながら周りの気配を探ったシキは、相手の殺気が自分に向かっているのではない事に気付き、身を強張らせた。
「――っ、ティル!!」
 出せ得る限り最大の声量で叫ぶと、ティルはすぐさまその意味を理解し目を見開くが、彼女は自身より一回りも二回りも大きな豪傑熊に攻撃を仕掛けた直後で、予期せぬ方向からの攻撃を捌けるような状態ではない。
 そんな彼女の状態を、我が事のように手早く感じ取ったシキは、防御を捨てて目の前の敵を薙ぎ払うと、他には目もくれずティルの元へと掛けた。
 霧の中から六本の剣を構えた地獄の騎士が怪しく空の瞳を煌めかせ飛び出してくる。
「――っ!!」
 ティルがそちらに目を遣り避けに動くが無理な動きに状態が崩れ避けきれない。
(くそっ!間に合えっ!!)
 後もう少しで相手の得物がティルに届こうかというところで、シキはティルの目前にその身を滑り込ませると渾身の力で彼女を突き飛ばした。
「っ、シキ!!」
 鋭利な切っ先が迫るぎりぎりの局面で、シキは背中からの悲鳴を耳に、得物を握る腕を振るった。
 思う事はただ一つ。
(絶対に、守る。)
 それが『彼』と最期に交わした絶対の約束でありシキ自身の望みである。
 その為なら、例え自分の身がどうなろうとも構わない。  




  back  1st top  next

  








inserted by FC2 system