第55話−大神官の言葉






 地獄の騎士が去った後、森の中は完全に普段の平穏を取り戻し、魔物たちもなりを潜めた。 オストを筆頭に三人は軽く森の中を探索しそれを確認しながらダーマへと帰還を果たした。
 ユウにしてみれば森の中に姿を消したティルの事が心配で、彼女をこのまま放っておいて帰還する事は躊躇われたのだが、 指揮を取る魔族も去り魔物たちが落ち着きを取り戻した今であれば大した心配はいらないというオストの言葉に渋々納得した。 因みにその間シキはというと我関せずといった態度を決め込みながら相変わらず不機嫌な雰囲気を放っていた。
 ダーマに戻ると既に件の騒ぎは治まったようで、人だかりは見事に消え失せ、怪我を負った男の姿も仲間たちの姿も無い。
 ユウは騒ぎの中にいた冒険者を見つけ出し彼等がどこに行ったのか知らないかと聞き出そうとしたが、直前でオストに止められ、彼に連れられるがままに宿の一室の扉をくぐる。
 そこには姿を消していた皆と神官らしき一人の老人の姿があった。

 ノックもなしに開かれた扉に部屋全体から注目が集まり、ユウたちの姿を認めると皆はホッとしたように表情を緩めた。
「皆、無事だったのね!」
 レイは嬉しそうに表情を綻ばせてそう言ったが、入室した全員を見渡し不安げに表情を歪めた。
「…ティルは?」
「えと、ティルは…」
 ユウは横目にシキを見遣った。シキは既に怒りはある程度収まったのか不穏な空気だけは晴れたものの相変わらず我関せずといった様子で普段通りの無表情を貫き顔を合わせようともしない。
「まさか、何かあったの!?」
 あの出来事をどのように説明すればよいのかと戸惑うユウ。その沈黙は別の憶測を呼んでしまった。
「いや、そういうわけじゃ無いんだけど、その…」
 まさかストレートにティルとシキが喧嘩――というには語弊があるような気もするが――したと告げるわけにもいかず言い淀むユウに、見兼ねたオストが溜息を吐きながら答えた。
「何でも無いよ。ほっとけばそのうち戻って来る。」
「…まさか彼女一人置いて来たのか?」
 疑うような視線を向けるレオにオストは平然と返す。
「既に招かれざる客は去った。問題いらない。」
「問題大有だ!魔物の出る森に女の子ひとり置いて来るとはどういうことだ!!」
「…お前それ本人の前で言ってみろ。はっ倒されるぞ。」
 その意見にはレオ本人も含め満場一致で同意。ユウに至っては、恐らくは先程のシキの二の舞だろうななどと考え苦笑を洩らす始末である。
「とにかく今は虫の居所が悪いんだ。明日の朝には元に戻ってるだろうから放っておいてやってくれ。」
 それでもやはりティルのことが心配な面々に対して、オストは無遠慮に続けた。
「それより此方の現状が知りたいんだが。なんでこんなところにあんたみたいなのが直々に来てるんだよ。」
 オストはそれまで事の経緯を見守っていた神官風の老人を見据えて尋ねた。それにレオがギョッとして目を見開く。
「お前っ!なんて口の効き方を――!!」
「よいのだレオ殿。」
 慌てて窘めようとしたレオを老人本人が止めた。それでも納得せぬ様子のレオを宥めつつ、老人はオストへと向き直った。
「此方のレオ殿に頼まれてましてな。それにこの地で起きた大事であれば私が出向くのは当然のこと。私としては貴方が動いた事の方が意外でしたが。」
「他の人間なら放っておこうかとも思ったが、不肖の弟子共が関わってたからな。」
 相変わらず態度を改めようとしないオストにレオが若干青ざめた表情で会話の行く末を見守っている。
 ユウはそんな彼らの様子を見遣りながら思考していた。
 オストの「直々に来ている」という言い回し、それにレオの改まった態度と老人の言葉。一つの可能性に行きついてユウは思わず声を漏らした。
「…もしかして、大神官様?」
「ってユウ!分からなかったの!?」
 仮にも身内としてはあんまりな反応にレイは思わず声を上げた。だがそれに反して大神官は穏かな微笑を浮かべている。
「うむ。生まれたばかりの頃に一度会ったきりであったからの。覚えていろという方が無理な話だろうて。じゃが、 此処は公の場でないのだから大神官様などと他人行儀な呼び方は止めてもらいたいのう…」
 ユウは激しく戸惑った。身分なる相手に初対面に近い状態でこのような事を言われたのでは無理も無い。それでも希望されたからには呼ばないわけにもいかず、
「えと…お爺ちゃん?」
「うむ。良い響きだ。」
 恐る恐る呟いたユウに大神官は満足のいった様子で笑みを返した。

「…おい、本題を忘れるなよ。」
 あまりに和やかな雰囲気にオストは思わず悪態を吐いた。
「おお、そうであった。」
 大神官はそう言って手を打つとシキへと向き直った。目の前の会話にも我関せずを貫いてきたシキであったが流石にこれを無視するわけにはいかず大神官へと視線を合わせる。
「無事で何よりであった。久しいの、シキ殿。」
「…どうも。」
 だが頭を下げながらも何やら複雑な表情を浮かべ直にまた視線を逸らしてしまう。
「知り合いなのですか?」
「うむ、何年か前に少々、ありましたのでな…」
 レイの問い掛けに頷きながらも言葉を濁す大神官。シキはそんな彼等から背を背けた。
「シキ?」
「…俺がいる必要はないだろ。悪いけど先に休ませてもらう。」
「あ、それなら隣の部屋もとってあるから、そっちを使ってくれ!」
「わかった。礼を言う。」
 振り返り礼を告げるとシキは扉をくぐろうとした。そこに大神官から声が掛る。
「待たれよ、シキ殿。」
 シキは足を止めるが振り返ろうとはしなかった。それを気にせず大神官は続ける。
「ダーマを代表して私から礼を言わせてもらう。貴方がたのお蔭で犠牲者を一人でも少なくする事が出来た。ありがとう。」
 シキは漸く僅かに振り返り、陰りを帯びた様子で口を開いた。
「いえ、俺たちは、殆ど私情で動いたようなものなので、礼を言われるような事はしていないです。礼ならオスト師匠とユウに言って下さい。…失礼します。」
 言うや否や早足に部屋を出たシキの様子にオストはふんと鼻を鳴らした。
「あの野郎、逃げたな。」
「そう言いなさるな。やはり傷は癒えぬということか…」
「…だが、何時までもそうしているわけにはいかないぜ。あいつらは戦う道を選んだんだからな。」
 恐らくシキとティルに関する話題なのであろう。何やら深刻な様子で話すオストと大神官。蚊帳の外に置かれてしまったユウたちは、二人のあまりに真剣な様子に肩を竦める。
「おっと、悪い。こっちの話の途中だったな。」
「あの、僕たちも席を外しましょうか?」
 漸く此方に意識を傾けたオストに遠慮がちに尋ねるユウ。それに大神官は首を振った。
「否、ユウ、お前さんにも関係のある話じゃ。聞いていきなさい。」
「えっ…でも――」
 オストと大神官の二人の様子から察するにこの話はティルとシキが話していない、ユウが、二人が自分から話してくれるまで聞かないと告げた部分にまつわる話なのだろう。 だとすれば本人たちのいないところで勝手に話を聞く事は憚られる。
 ユウがそれを伝えると大神官は思案するように唸った。
「ふむ、では話の切り口を変えるとしよう。」
 どうやら話さないという選択肢は無いらしい。それでも躊躇するユウであったが、大神官の次の言葉に選択の余地はなくなった。
「三大賢者一族の一つ、ダーマの一族の長から、勇者に伝えておきたい事があるのだ。」




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  没案↓
  ユウ:「…もしかして、大神官様?」
  大神官:「如何にも。じゃがそう他人行儀名呼び方ではなくもっと別の呼び方で呼んでほしいのう…」
  ユウ:「あっ…」
  大神官:「さあ!親しみを籠めて『お爺ちゃん』と!!」
  オスト:「阿呆か!!」
  大神官:「いいではないか!ユイも最後まで『お爺さま』と呼んで態度を崩そうとしなかったのだ!
       私とて一度はオルテガ殿の父君のように親しみを籠めて『お爺ちゃん』と呼んでもらいたい!!」
  オスト:「余所でやれ!この爺馬鹿!!」
  ギャグならこういう展開。
  本編が無駄にシリアス続きなせいかこういう展開ばかり思いつく今日この頃・・・
  後、シキの敬語にこの上なく違和感が・・・








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