第56話−剣と宝珠






「魔王が何処に居るのかは知っておるな。」
 徐に尋ねた大神官に皆ははっきりと頷いた。
 六年前、三百年の時を経て復活した魔王バラモスが何処を根城としているのかという事はある程度有名な話である。特に、町の外を行き来し常に危険と隣り合わせな冒険者や旅の商人や僧侶などの間では広く知れ渡っている。その場所は――
「イシス砂漠から山脈を隔てて南、ネクロゴンドの土地ですね。」
 忌々しげに眉を寄せながらレイが答えた。ネクロゴンド。かつては世界に名を馳せる王国が存在していた土地であるが、魔王復活と共に王国は滅び、以来その地は魔王の根城となり、魔族の実力者たちが集う危険な土地となっている。
 彼女の言葉通りネクロゴンドの地はレイの祖国イシスから高く険しい山々を超えた南、同大陸上に存在している。この事はイシスの国の中では大きな問題となっていて、イシスは他の国に先駆けて魔族の脅威に備え軍事力の拡大を進めている。
「うむ。では、今現在ネクロゴンドの国があった場所がどのような状態であるかは知っているかな?」
 その問いに一同は今度は顔を見合わせ首を振る。
 魔王復活の直後、ネクロゴンド地方では大きな地殻変動が起こり、それ以前の地図が全く役に立たないほどに地形を大きく変えてしまった。
 山越えを行うには険しすぎる山々によって他の地方から分離され、断崖絶壁によって海と陸は隔てられ、周囲の川や海は荒れ狂い、ネクロゴンド地方への上陸は極めて困難となっている。
 各国の連合調査団が唯一上陸可能な河口を発見したが、急な水の流れを突破して上陸を果たしたとしても次には魔族の実力者たちが待ち受けている。 それを突破できたとしてもその行く手を阻むように活火山がそびえ、そこから先に人々が立ち入る事を許さない。
 今現在その火山まで足を踏み入れる事が出来たのはユウの父、勇者オルテガのみと云われているが、そのオルテガも火口にて魔王の配下の魔族との戦いの後消息を絶っている。
 故に、ネクロゴンド地方の内部がどのような状態であるか知る者は人の中には存在しない。
「ルイ様が言っていました。人や妖精がネクロゴンドの地に立ち入ることは不可能に近いって。」
 荒い水流と険しい山々と魔族の妨害。人や妖精の身でそれに打ち勝つ事は困難である。尚且つ妖精族は魔の気に侵された汚れた地に弱いという種族的な特性がある。
「なら竜族にでも協力を頼むか?飛竜なら海や山なんかの地形は関係ないだろうし…」
 そう呟きながらもレオの顔色は悪い。竜族が魔族に味方しているという事は無いと思うが、ガルナの塔で襲われたばかりでは完全に否定は出来ない。 それでも打開策に繋がらないかと上げた案に、オストが首を振って見せた。
「止めておいた方がいいと思うぜ。竜だって、あんなところに近付けば正気を保っていられる奴は少ない。」
 妖精は聖の属性、魔族は魔の属性を持ち、相反する力に弱いのに対し、人と竜は中立の属性を保っている。しかし、中間に位置するという事は、そのどちらにも染まり得るという事でもある。 そして、種族に関わらず、その地を占める聖なる力と魔の力の割合によって、強い方の力に染まるものは少なくなく、竜は人と比べても聖か魔のどちらかに染まり易い。 つまり、ネクロゴンドの地の強い魔の力によって、魔に染まる可能性は大いにあるという事だ。
 普通それほど性急に魔の属性に染まるような事は無いが、現在は復活した魔王の影響により、世界的に魔の力に比重が傾いている状態であるため油断は出来ない。
「竜族は他種族と比べて強い力を持つものが多いからな。普段は正当な理由なく他の種族を襲わないという誓約を守って行動するようにと統治されているが、魔に堕ちた竜は簡単に他種族を襲う。魔物と化した竜の殆どは理性を失っているからな。」
 そのこと自体は竜に限った話ではない。人間や妖精にも当てはまる事である。殺人鬼やダークホビットなど、魔物と化したものたちは王の統治を超え簡単に他の者を襲う。 だが竜は他種族と比べて強い力を持つものが多い為、そうなると手に負えなくなる事が多いのだ。
「それでも良いなら止めないけどな。お勧めしないぜ。」
 大げさに首を振りながらオストが告げると一同はしんと静まり返った。
 このような話を聞いてまで、それを実行しようとは思えない。
「なら、どうすればいいっていうのよ…」
 苦々しげにレイが呟く。
 世界を平和にする為に魔王を倒さなければならないというのに、これでは魔王の元にすら辿り着けない。 それではこの旅自体が無駄な事になってしまうではないか。

 そんな一同の様子を見遣りながら、大神官は穏かに、それでいて真剣な表情で口を開いた。
「ネクロゴンドへの上陸、そして魔王の根城への突入。それを可能にするのが『ガイアの剣』と『オーブ』じゃ。」
 『ガイアの剣』と『オーブ』ユウはその言葉を反芻した。どちらも聞いた事の無いものであるが、『ガイア』という名だけは聞いた事がある。
「ガイアって、大地の女神様の名前ですよね?」
「うむ。ガイアの剣とはその大地の女神の加護を受けた剣だと云われておる。」
 母なる大地を生み出した女神の名は、太陽神と並んで有名である。その名を冠し加護を受けた剣というのは一体どのような力を秘めているのであろうか・・・
「『魔王の神殿を目指すもの、火山の火口にガイアの剣を投げ入れ、自らの道を拓くであろう。』随分と昔の話ではあるがとある高名な予言者が残した言葉じゃ。 ネクロゴンドの地に立ち入ろうと考えるのであればガイアの剣を探すと良いであろう。」
「分かりました。」
「……ガイアの剣の在処についてだが、アリアが知っておるかもしれん。」
 やや躊躇した様子の大神官の言葉にユウは目を見開いた。
「母さんが…!?」
「うむ…オルテガ殿達も、この予言を知りガイアの剣を探していたようだからな。…まぁ、本人にとってはあまり話したくない事かもしれんが…」
「……」
 その言葉に、母が昔の事をあまり話したがらない事を知っているユウは黙り込んだ。 たとえ手掛かりを知っていたとしても、聞いて良いものかと躊躇われる。大神官が言い淀んだのもそれが原因だろう。
「それから、『オーブ』についてじゃが、」
 とはいえ、何時までもその事に気を使って考え込んでいるわけにもいかず、続けられた大神官の言葉にユウは気を取り直して耳を傾ける。
「これについては詳しくはテドンの村で聞くと良い。」
 気を取り直したところにあっさりと話を締めくくられて、ユウはがっくりと脱力した。オストを除き他の皆も同様である。
「……『オーブ』とは、ルビス教の伝承に伝わる宝珠のことなのでしょう?」
 レオが肩を落としながら尋ねた。どうやら彼は何かを知っているらしい。
「うむ。その通りじゃ。」
「レオさん、知ってるんですか?」
「ルビス教の経典で読みかじった程度にな。まぁ出てきたのはオーブという名前くらいなもんで、何のために使われたものなのかってことは全く書かれていなかったけど。ルビス教徒の間じゃそれなりに知られたものだと思うぜ?」
 ユウの問い掛けにレオは肩を竦めて答える。
「…今此処で話して頂く訳にはいかないのですか?」
 大神官に向き直り、口を尖らせてレイが尋ねた。
 相手は三大賢者一族の一つ、ダーマの一族の長である。 オーブの伝承がある程度有名なものであるなら詳しい話を知らないわけが無いだろうと予測してのことだが、これに対して大神官はやんわりと首を振った。
「これについては私は伝言を頼まれただけなのでな。勇者にこの事を伝え、テドンに来るように告げて欲しいと。」
 誰からの伝言かという事は尋ねずとも想像がついた。
「レイアーナ様、テドンの一族は我らダーマの一族と同じく三大賢者一族の一つであり、貴女方イシスの方々が太陽神ラーの加護を受けるのと同様に精霊ルビスの加護を強く受ける一族。 オーブについての詳しい伝承は彼等一族の間に口伝で伝わっており、我々ダーマの一族には知り得ぬ事なのです。」
 そう言われればレイに反論の余地は無い。
「我等一族の領分は『転職の儀』により人々の可能性を切り拓く事。精霊ルビスの伝承についてはその領分を縄入りとするものには遠く及ばぬ知識しか持ち合わせておりません。 貴女方イシスの人々が他のどの一族よりも太陽神ラーの伝承に詳しいのと同じように。」
 尤も、それは対象を人間のみに絞った場合の話であるが、他の種族に明確なつてがあるわけではないのでこの際それは関係ない。 結局のところオーブについての伝承を聞く為にはテドンの一族を訪ねなければならないという事だ。
 それにしても、これまでの旅の中で何度か名前だけは聞いてきたが、三大賢者一族の一つであるという事は初耳である。
 とはいえ、その地に住む、両親と共に旅したという賢者については何度も話に聞いている。そしてその人物が、大神官に言伝を頼んだ人物なのだろう。
「…つまり、テドンの賢者のラデュシュさんに会えっていう事ですか?」
「まぁ、そういう事だの。……会えると良いのだがな…」
「?」
「いや、何でも無い。」
 何やら含みのある物言いにユウは疑問符を浮かべたが、大神官はすぐさま首を振りそれを否定した。
「…つまり、魔王の神殿に辿り着く為にも、オーブの伝承を聞きにテドンの村を訪ねなければならん訳だが、そうなると否が応でも彼等の事を知らなければならなくなる。」
「どういう事ですか?」
 彼等というのがシキとティルを指しているのだという事はユウたちにも理解できた。だがテドンの一族とのつながりが見えてこない。
 そんなユウやレイの疑問に意外な所から答えは返った。
「テドンの一族は別名、金の目の一族という。」
「っ、それって!」
 淡々と告げたレオに、ユウは驚きの声を発した。

 金の目、と言われれば思い当たる事は一つである。
 ユウたちはシキとティルの二人の金色の瞳を思い出し、視線を交わした。




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  妖精は悪しき力が働く地に弱く、魔族は聖なる力が働く地に弱い。
  人間と竜はそのどちらに弱いという事は無いが、どちらかの力に染まる事がある。
  聖なる力に染まれば聖なる存在となるが、悪しき力に染まれば悪しき存在になる。
  現在は魔王の力によって悪しき力の方が強く働いているので悪しき力に染まり易い状態である。
  長々と書いてますが要約するとつまりこういう事です。
  因みにレオさんは特に精霊ルビスを信仰しているわけではなく、単に雑学として知っているだけ。   








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